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  • 定年間近の独身男。それでも命をかけて、恋に溺れたい|赤松利市『隅田川心中』

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    2021年02月27日
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    細谷正充:「小説推理」BOOK REVIEW
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    定年間近の男に訪れた、愛する女との未来。しかし幸せを求める行動が、ふたりを破滅に向かわせる。

    赤松利市が描き出す悲劇は、どこか昭和テイストだ。


    シンプル・イズ・ベスト。赤松利市の新刊を読んでいたら、そんな言葉が頭に浮かんだ。なぜなら本書の内容は、非常にシンプルなのだ。冒頭で示されているが、ある男と女が非業の死を遂げるまでの顚末が、一直線に語られているのである。

    ただしシンプルな物語をベストにするために、作者はさまざまな工夫や趣向を凝らしている。まず注目すべきは、主人公のキャラクターだ。大隅一郎、64歳。一般社団法人ゴルフ場協会の事務局長。かつてはゴルフ場の取締役支配人をしていたが、職を失い、自己破産した。しかし現在の職場の理事長に拾われ、それなりに恵まれた給料を貰っている。曲折はあるが、恵まれた人生といえるだろう。

    そんな一郎が、行きつけの喫茶店『アゼリア』の店主の小川正夫から、アルバイトの咲村咲子の相談に乗ってくれと頼まれる。中学生のような風貌だが、32歳の咲子は、ライブ活動をしている。しかし彼女の父親は酒とバクチに溺れ、30万円の競馬の借金があった。それが払えなければ、咲子は風呂に沈められるというのだ。かつて、無理やり裏ビデオに出演させられたことがあるという、咲子の言葉は重い。30万円を払い、咲子を抱いた一郎は彼女の身体に溺れ、真剣に入籍を考えるのだが……。

    特に理由はないが、いままで独身だった一郎。両親や親戚もなく、来年には定年が控えている。そんな漠たる未来への不安に、咲子がするりと入ってきた。彼女との家庭を夢見て暴走する一郎の姿は、苦笑するしかない。しかも“ですます調”で綴られる文章には、ちょくちょく作者の視点が挿入される。その視点で、年の割には世間知らずの一郎に対して、ツッコミが入れられるのだ。このツッコミが面白く、悲劇へと向かうストーリーの重さを和らげ、読みやすくしているのである。

    さらに全体に流れる、昭和テイストも見逃せない。作中に何度も“昭和”という言葉が出てくるように、一郎と咲子を巡る物語は、昭和の匂いがする。昔の残る浅草を舞台にしていることも、その匂いを強めている。

    しかし一郎たちが生きているのは、コロナ禍が広がりつつある令和の時代である。たいして意識していなかったコロナ禍が、やがてふたりを破滅に導く一因になる。まるで昭和のファンタジーが、令和のリアルに破壊されたかのようだ。シンプルでありながら、読み味は濃厚。赤松利市が描き出す、ありふれた悲劇を堪能した。

    隅田川心中
    著者:赤松利市
    発売日:2021年02月
    発行所:双葉社
    価格:1,870円(税込)
    ISBNコード:9784575243765

    「小説推理」(双葉社)2021年4月号「BOOK REVIEW 双葉社 注目の新刊」より転載




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