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以前『しろくまちゃんのほっとけーき』(こぐま社)の記事でも触れましたが、著者のわかやまけん先生は「こぐまちゃんえほん」に取り組む際、ヨーロッパと日本のおもちゃ市場をリサーチした上で、主人公をクマにすることを決めたのだそうです。
このように“児童書”としての絵本において主人公の設定はとても重要で、例えば、人気の「くまのがっこう」シリーズ(文:あいはらひろゆき 絵:あだちなみ/ブロンズ新社)でも「くま」「がっこう」「きょうだい」「ぬいぐるみ」といった子どもから人気の高い要素がたくさん盛り込まれています。
一方で、今回紹介する絵本は「おっさん」「強面」「時代劇」「木彫り」と、子どもからの人気がなさそうな要素をたくさん含んでいるにも関わらず、デビューから約30年、通算で6作刊行されているほど子どもたちから人気を集めている作品。作者は絵本名人の、川端誠先生です。
○1作目:『風来坊』(PHP研究所/1985年)※絶版
1作目のタイトルは『風来坊』。主人公の名前がタイトルになっている、この無骨なキャラクターのデビュー作にふさわしい一冊です。
流浪の修行僧(でもお経は読めない)「木彫りの風来坊」が、ある日訪れた人里離れた山村。そこはあるトラブルを抱えていて、行きがかり上風来坊はトラブルシューティングを任されることになる。
というのが大まかなあらすじで、風来坊というより「用心棒」に近い内容となっています。この一冊で風来坊の性格と得意技、そして今後も続く【風来坊の後ろ姿+「おれは天下の風来坊」のセリフ】で締められる最終ページの“お約束”が披露されますが、川端先生が最初からシリーズ化を目論んでいたのかは不明です。
※本書は残念ながらその後絶版となり、1998年に全面描き直しのうえ復刊されています(BL出版/印刷:丸山印刷/製本:大日本製本)。
元版と読み比べると、画風やタイトルの書体だけでなく、細かい描写や版型まで変わっていてびっくりしました。無骨な荒々しいイメージから明確にソフトなイメージへとシフトしていて、私の子どもにこちらと元版の両方を読ませてみたところ、やはり「こっち(復刊版)のほうが好き」とのことでした(おっさんの私は元版のほうが好みなのですが……)。
○2作目:『かえってきた風来坊』(教育画劇/1989年)※絶版
1作目から4年が経ち、風来坊が帰ってきた! ……と思ったら、出版社も変わっていました。何があったのでしょうか。
例によって「木彫りの風来坊」が放浪していたところ、とある村で、侍たちが子どもたちを殺そうとしていた。当然、黙っていられない風来坊。結果、またもやトラブルシューティングを任されることになる。
というのが大まかなあらすじ。木彫りの観音像が100体並ぶ、連続の見開きが圧巻です。物語の構造は基本的に1作目と同じですが、風来坊の正義感の強さがさらに強調されており、ラストシーンを前作『風来坊』と合わせることで、結果的に続刊を予感させる終わり方となっています。
○3作目:『風来坊の子守歌がきこえる』(教育画劇/1991年)※絶版
『風来坊の子守歌がきこえる』は前作『かえってきた風来坊』から2年後、同じ出版社から刊行された3作目で、個人的にはシリーズ最高傑作だと思っています。前の2作と物語の構造を変えることで、シリーズの世界観に広がりと深さを持たせることに成功しています。
赤ん坊の声を聞き、燃え上がる民家へ駆け込む「木彫りの風来坊」。しかし土間には赤ん坊しかおらず親が見当たらない。風来坊はその場で即座に「子は私があずかる。これがその目印となるので持っていてください」と木彫りのメッセージサインを残す。その後、風来坊と赤ん坊は濃密な3年間を過ごし、そんなある日……。
というのが大まかなあらすじで、ある意味お約束かもしれませんが、その劇的な展開に涙腺が揺さぶられること間違いなしの内容です。
特にこちらのシーン。
©川端誠
赤ん坊だった風※にとってみれば、「親」がなんなのか、よくわからない。お坊さんだけがたよりなのです。むしんにあそぶ風をみて、なにをおもうか風来坊。
※風(ふう)…子どもの名前
(『風来坊の子守歌がきこえる』より引用)
「おとう」「おかあ」「ふう」「ぼう」と4つの雪だるまを作る子どもを、黒く長い影を雪面に落として静かに眺める風来坊。読者自身も「なにをおもうか風来坊」という気持ちになります。
※本作も残念ながら絶版となっていますが、2015年に全面描き直しの上で改題『風来坊の子守歌』(BL出版/印刷・製本:丸山印刷)として復刊しています。
○4作目:『風来坊危機一髪』(BL出版/1996年)
『風来坊危機一髪』は前作『風来坊の子守歌がきこえる』から5年後、またも出版社を変えて刊行されました。何があったのでしょうか。
ここからは、ソフトな絵柄に変わっています(十分に無骨ですが)。この画風は1994年から刊行が始まった川端誠先生の人気シリーズ「落語絵本」シリーズ(クレヨンハウス)と同じ系統です。
ひさびさに山をくだった「木彫りの風来坊」は、その道中で忍者に追われる姫と若侍に遭遇。当然、黙っていられない風来坊。またもやトラブルシューティングをすることに……。
というのが、大まかなあらすじ。これまでにないシンプルな時代活劇となっています。前作『風来坊の子守歌がきこえる』がウェットな面を強調した内容だったので、その揺り戻しでこのように動きのあるスピーディーな内容になったのではないでしょうか。それにしてもこのタイトルは、シリーズで一番カッコいいですね。
○5作目:『さくらの里の風来坊』(BL出版/1997年/印刷:丸山印刷/製本:大日本製本)
前作『風来坊危機一髪』の翌年、同じ出版社から『さくらの里の風来坊』が発行されました。このあたりで本シリーズもようやく出版社が落ち着きますが、内容は全く落ち着いておらず、前回の軽やかさが影を潜め、とても内省的な物語になっています。
わけあって山村の寺を尋ねた「木彫りの風来坊」。彼は住職に木彫りができるスペースの提供を依頼し、暗闇の中、憤怒の表情で黙々と不動明王を掘り続けた。彼の頭の中にはとある事件があり、あの時救えなかった自分の無力への怒りと、救えなかった命への悔恨が渦巻いていた。そして……。
というのが大まかなあらすじです。これまでの風来坊シリーズには必ずどこかにユーモアとウィットが含まれていましたが、本作はそれを排除し、全編にわたって怒りと悲しみの漂うハードな内容となっています。著者の意欲的な試みが強烈な印象を残す一冊です。
○6作目:『おはなしばあさんと風来坊』(BL出版/2014年/印刷・製本:丸山印刷)
前作『さくらの里の風来坊』から15年以上経ち、「風来坊シリーズの新作はもう出ないのだろうな」と誰もが思っていた2014年、待望の最新作が刊行されました。ほんわかしたイメージのタイトルと表紙ですが、「風来坊」シリーズがそんなに甘いわけがありません。
食べ物にありつけず、村はずれの農家にふらりと立ち寄った「木彫りの風来坊」。しかし家主は偏屈ないじわるばあさんで、彼はこき使われることになった。それを眺めていた村の少女は、おばあさんは以前はとても優しい人気者だったのに、あることがきっかけで人間が変わってしまったと風来坊に話す。それを聞いた風来坊は……。
というのが大まかなあらすじです。1作目に比べると絵柄が相当柔らかく、本文書体も今風になっていますが、中身はやっぱりいつもの「風来坊」。長年のファンも満足する内容に仕上がっています。
今後も新作の刊行を気長にお待ちしております。