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  • 『哀愁しんでれら もう一人のシンデレラ』秋吉理香子さんインタビュー:“理想とかけ離れていても、幸せは幸せ。それに気づけないことこそ不幸”

    2021年02月05日
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    日販 ほんのひきだし編集部 浅野
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    映画企画のコンペティション「TSUTAYA CREATORS’ PROGRAM FILM 2016」でグランプリに輝き、2月5日(金)に公開を迎えた映画『哀愁しんでれら』。映画の公開に先がけて、『暗黒女子』の著者・秋吉理香子さんによる“もう一人のシンデレラの物語”が文庫本書き下ろしで刊行されました。

    今回は小説『哀愁しんでれら もう一人のシンデレラ』について、著者の秋吉さんにメールインタビューでお話を伺いました。

    “幸せになりたい―― ただ、それだけだったのに”。赤紫色に暮れた空、モダンで大きな家を背に、海を眺める3人の家族。表紙に小さく描かれている彼らの姿を、秋吉さんはどのように見つめ、小説で表現したのでしょうか。

    『哀愁しんでれら もう一人のシンデレラ』について
    映画『哀愁しんでれら』を原案にした、書き下ろしのコラボレーション小説。映画が小春(土屋太鳳)・大悟(田中圭)・ヒカリ(COCO)を中心に、小春を主人公として描かれているのに対して、小説『哀愁しんでれら もう一人のシンデレラ』では、咲良・孝太・カオリそれぞれの視点から書かれたエピソードが、かわるがわる展開される。

    【あらすじ】市役所の児童福祉課で働く咲良は、8歳の娘・カオリを男手ひとつで育てる開業医の孝太と出逢い、結婚。誰もが羨む幸せを手に入れた。しかし「理想の家庭をつくる」という咲良の願望は、知らぬ間に自身を追い詰め、次第に家族の歯車を狂わせていく……。

    秋吉理香子(あきよし・りかこ)
    早稲田大学第一文学部卒。ロヨラ・メリーマウント大学院にて、映画・TV製作修士号を取得。2008年「雪の花」で第3回Yahoo!JAPAN文学賞を受賞。2009年に受賞作を含む短編集『雪の花』にてデビュー。2013年刊行の『暗黒女子』は映画化され評判となった。ほかの著書に『聖母』『放課後に死者は戻る』『婚活中毒』『ガラスの殺意』『均熱』『自殺予定日』など。

    ――『哀愁しんでれら もう一人のシンデレラ』は、映画ノベライズとはひと味違う“コラボレーション小説”です。まず童話『シンデレラ』について伺いたいのですが、秋吉さんはこの物語に、幼い頃どんな印象を抱いていましたか?

    魔法使いのおばあさんが現れたり、杖の一振りでかぼちゃが馬車になったり、ねずみが御者になったり、ぼろぼろの服が豪華なドレスになったり、夢がいっぱいだと憧れました。その一方で「ガラスの靴は透き通っていてキラキラ美しいけれど、履くには硬くて痛いだろうな」と考える現実的な子供でもありました(笑)。

    私は子供の頃から少々ひねくれたところがあり、どこから入手したのか覚えていませんが、小学5年生くらいの頃にグリム版の『シンデレラ』を読んだんです。グリム版には、いじわるな義理の姉たちがガラスの靴をはくために爪先やかかとを切り落とす残酷なシーンがあります。私はその「美しいおとぎ話の裏に残酷な物語がある」という事実に惹かれていました。小学6年生の卒業時、お別れ会の出し物で、5人ほどのグループで劇をやったのですが、私が裏バージョンのシンデレラをもとに脚本を書いて、義理の姉が爪先を切り取るシーンを取り入れたら(とはいっても普段着だし上履きのままだし、ムードなどなかったのですが)、クラスメイトも担任の先生もポカンとしていたのを覚えています。

    『白雪姫』や『眠れる森の美女』なども、残酷な原作バージョンを読んでいました。小学5年生でカフカの『変身』や太宰治『斜陽』に出逢い、感銘を受けていたような子供だったので、「現実は残酷なのだ」「人生はおとぎ話とは違う」と悟っていたように思います。

    ―― 本作も、視点が孝太やカオリに切り替わることで、シンデレラ=ヒロイン視点からはわからない“裏側”が見えるつくりになっています。今回のコラボレーションの経緯、執筆にあたって意識したことをお聞かせください。

    執筆のオファーをいただいたのは3年ほど前で、その時には、俳優陣はどなたも決まっていませんでした。小説と映画は違うメディアなので、映像では映えても、文字にすると映えないことがあります。たとえば映画では大悟の趣味は絵画で、彼の不安定な情緒を視覚的に表現するのに適しています。けれども文字にすると地味になりがちなので、小説では陶芸にアレンジしました。

    陶芸を選んだ理由は、「ひとがた」をゆがめたりつぶしたり割ったり、文字にしても比較的立体的に表現できるからです。粘土をこねる動作で不安定さを表現することもできますし、割ることで派手になりますし、音も表現できます。小説という媒体で最大の効果があるように執筆することを心がけました。

    ―― この物語の軸には、幸せへの渇望があります。結末まで読んで、私自身は「普段から“幸せ”を想像して実現したいと願ってきたけれど、実際に“幸せだ”と自分を実感させるものは別のところにあるのかもしれない」と思いました。幸せって、何なんでしょうね。

    人間である限り、本能的に「幸せになりたい」という願望は誰にでもあると思います。それも、できるだけ犠牲を払うことなく幸せになりたい、というのが正直なところではないでしょうか。できるだけ少ない勉強時間でトップレベルの大学に入れるならそうしたいでしょうし、必要最低限の労働時間で億単位のお金が稼げるなら心惹かれますよね。少なくとも私はそうです(笑)。

    シンデレラは確かに辛い思いもしましたが、王子様にお城、豪華な生活という、言ってみれば「人間の目指す最大の幸福」を手に入れたことになります。現実世界を見回してみると、シンデレラが味わったレベルの苦労や不幸を経験している人は珍しくないでしょう。けれどもそのほとんどは、王子様も、お城や豪華な生活も、手に入れられることはありません。それをわかっているのに、いえ、わかってるからこそ強く求めてしまうのが人間で、そこに動物とは違う、人間ならではの“悲哀”を感じてしまいます。

    ―― 秋吉さんが「幸せ」を感じるのはどんな時ですか?

    私が一番幸せを感じるのは、家族、特に息子と一緒にいる時です。息子の成長をとなりで見て、喜怒哀楽を共にできるのが何よりも幸せです。

    そういう意味では、本作の主人公3人は、幸せを手に入れていますね。夫がいて妻がいて、子供がいる。だけど3人とも、それぞれ求める幸せのベクトルがずれている。そして3人とも自分の願いを何とか成立させようとして、最終的には家族としてのいびつな幸せが成就する。現実の人々も、自分の理想とする幸せと、手にはいる現実の幸せとを比べて「ちょっと違うな」「こんなはずじゃないのに」「どこかで間違ったのかも」と思いつつも、なんとか「自分なりの幸せ」として折り合いをつけて生きているのかもしれません。

    ただ、「自分なりの幸せ」が理想とはかけ離れていても、幸せは幸せです。それに気づけないことこそ不幸ですね。

    ―― 2009年のデビュー以降、精力的に執筆を続けていらっしゃいます。いまや「秋吉さんといえばイヤミス」という愛読者も多いですが、ミステリーやサスペンスの魅力、題材選びの着眼点、ジャンルを問わず、今後書いてみたいものについてお聞かせください。

    『暗黒女子』を執筆するまでは純文学しか読んだことがなく、ミステリー小説のご依頼を受けて、研究として初めてミステリーやサスペンスを読んだのですが、(基本的には)必ず物語の決着がつくことに、良い意味で驚きました。殺人が起これば犯人と動機がわかりますし、謎があれば解決される。そのすがすがしさに感激し、それ以来ミステリーとサスペンスを楽しく読んでいます。

    題材は、ふとしたときに浮かぶこともあれば、プロットの締め切りが迫る中、七転八倒して、やっと降りてくることもあります。ただ、どちらの場合も、やはり常日頃のインプットがないと難しいです。ひきだしをあけても空っぽ!ということは避けたいので、いろんなものを見たり聞いたりするようにしています。ただ街をぶらぶらするだけでも、題材のヒントになることもありますから、アンテナの感度は常に上げておきたいですね。そのうえで魅力的な謎や事件をちりばめた、吸引力のある作品を書きたいと思っています。

    ミステリーとサスペンス以外の作品もどんどん書いていきたいと思っており、去年末に『息子のボーイフレンド』というLGBTがテーマの家族小説を発表しました(U-NEXTにて配信中)。自分でもとても気に入っています。これまでダークな小説が多かったですが、これからは温かな物語も多く書いていきたいです。

    ―― それでは最後に、これから映画をご覧になる方、小説を読む方へ向けてメッセージをお願いします!

    私も映画を拝見しましたが、ダンスの場面が素敵だと思いました。映画と小説は別の楽しみ方ができると思うので、どちらも楽しんでいただければ嬉しいです。

    哀愁しんでれら
    著者:秋吉理香子
    発売日:2020年12月
    発行所:双葉社
    価格:660円(税込)
    ISBNコード:9784575524277

     

    映画『哀愁しんでれら』作品情報

    “足のサイズしか知らない王子様と結婚したシンデレラは、本当に幸せになったのでしょうか?”
    児童相談所で働く小春は、自転車屋を営む実家で父と妹と祖父と4人暮らし。母に捨てられた過去を抱えながらも、幸せでも不幸せでもない平凡な毎日を送っていました。
    しかしある夜、怒涛の不幸に襲われ一晩ですべてを失ってしまいます。そんな彼女に手を差し伸べたのが、8歳の娘・ヒカリを男手ひとつで育てる開業医の大悟。優しく、裕福な大悟は、まさに王子様。「ただ幸せになりたい」と願う小春は、出会って間もない彼のプロポーズを受け入れ、不幸のどん底から⼀気に幸せの頂点へ駆け上がりました。
    シンデレラの物語ならここで“めでたしめでたし”。
    しかし小春の物語はそこでは終わりませんでした……

    脚本・監督: 渡部亮平

    出演:
    土屋太鳳 田中圭
    COCO 山田杏奈 ティーチャ 安藤輪子 金澤美穂 中村靖日 正名僕蔵 銀粉蝶 / 石橋凌 ほか

    TSUTAYA CREATORS’ PROGRAM FILM 2016 グランプリ受賞作品

    2021年2月5日(金)全国公開

    aishu-cinderella.com
    twitter @aishucinderella #哀愁しんでれら

    ©️2021『哀愁しんでれら』製作委員会




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