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  • 『砂漠が街に入りこんだ日』グカ・ハンが母語を離れ“中立的な言語”で創作した理由

    2020年12月29日
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    日販 ほんのひきだし編集部 浅野
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    母語である韓国語を離れ、新たに習得したフランス語で物語を書く―― 2020年1月にフランスで刊行されるや「文学的大事件」と評されたグカ・ハンさんのデビュー作『砂漠が街に入りこんだ日(Le jour où le désert est entré dans la ville)』が、8月の日本語版発売以降、日本でも読書好きたちの間で話題になっています。

    そんななか、12月15日(火)、グカさんをゲストに迎えたオンライン講演会「母語でない言語で書くということ」が開催されました(主催:九州大学韓国研究センター、後援:韓国国際交流財団)。

    グカ・ハンさんが日本で講演するのは、今回が初めて。イベントは2部構成で、第1部ではグカさんによる講演、第2部ではグカさんと辻野裕紀准教授(九州大学大学院)による対談が行なわれました。当日グカさんが使用したのは韓国語で、この講演は、“母語でない言語で書いた物語”に思いをめぐらし母語で語るという、言語について深く考える機会となりました。

    (写真左から)辻野裕紀准教授、グカ・ハンさん

     

    「母語」ではまだ読むことのできないデビュー作

    グカさんは、1987年韓国生まれ。ソウルの大学院で造形芸術を学んだ後、2014年にパリへ移住し、パリ第8大学で文芸創作の修士号を取得します。在学中に執筆した『砂漠が街に入りこんだ日』は、フランス語のみで書かれ、フランスで出版されました。日本語には翻訳されましたが、韓国語版の出版は今のところ予定されていません。

    その一方でグカさんは、翻訳家として、フランス文学作品を韓国語に翻訳する仕事を手がけています。少し前までは『砂漠が街に入りこんだ日』を自ら韓国語に翻訳することも考えていたそうですが、今は、この物語が母語で存在していないことそのものに価値を感じているとのこと。本書のあとがきには、そのこともくわしく書かれています。

    砂漠が街に入りこんだ日
    著者:グカ・ハン 原正人
    発売日:2020年08月
    発行所:リトル・モア
    価格:1,980円(税込)
    ISBNコード:9784898155257

     

    速いけれど、近すぎて重い母語

    グカさんは、言語を「重さ」「スピード」「距離」という3つの感覚で捉えます。

    グカさんにとって、母語は“重たい”言語でした。グカ(국화)という名前は、韓国語で「国の花」の意。彼女の両親は「子どもに特別な名前をつけてあげたい」という思いからこの名前をつけたそうですが、グカさん自身は、ちょっと珍しく、女性的な印象を与えるこの名前を、「両親がそういう趣向なのだ」と他人に認識されることも含めて、あまり好きではありませんでした。韓国語は、わざわざ説明しなくても言葉の意味が伝わる“速い”言葉である一方、よけいな意味まで加えてしまう“重たい”言葉だったというわけです。

    しかしフランスに渡ってみると、現地の人々にとって「グカ」はただの音。意味が遠ざかり、音だけが存在する“抜け殻”になりました。このときの感覚を、グカさんは「名前が自分の本質とだけ繋がっているように感じました。韓国にいるときより、自分の本質に近づいたと思いました」と語っています。

    これは不思議な感覚ですが、グカさんが求めていたことでもありました。グカさんの移住は、フランスで暮らすことではなく「韓国から離れること」が目的で、それまでフランスを訪れたことも、フランス語を学んだこともありませんでした。

    「韓国語の重みは、先ほど話したこと以外にも、韓国の社会や韓国での暮らし―― つまり、毎日朝早くに起きて1日中机の前に座る生活、未来のために現在を犠牲にし、競争し続けなければならない社会の現状―― と結びつき、私の肩にのしかかっていました。韓国語を使う限り、これは切り離せません。自分の思いや世界への視線をありのまま書くには、私と韓国語はあまりに密接につながりすぎていました。そういう意味で、慣れないフランス語はとても“中立的な言語”でした。今思うと私は、自分と密接につながっていない言語を使うことで、母語から遠ざかり、母国や自分を違う視線で見てみたかったのかもしれません。でもそれは、今回こうして、この本について韓国語で話してみてはっきり自覚したことです」

    「戦争や貧困を経験したわけではありませんが、韓国で過ごした20年あまりの間に、何度も『ここに居場所はない』と感じました。『砂漠が街に入りこんだ日』に登場する人々もまた、明確に書かれてはいませんが、彼らにとって敵対的な世界で生きています。砂嵐に吹かれてどこにいるかわからなかったり、高層ビルの厚い窓ガラスで閉ざされていたり。そこに居場所を探すことができず、地下をさまようことしかできません」

    「フランスを選んだのは、フランスで暮らしてみたいという憧れからではありません。映画が好きでフランスの文化に触れる機会が多く、先進的な国だと感じていたからです。フランス語を学んだのも、移住すると決めてからのたった2か月ほど。フランス語を話さなければそこで暮らしていけないという、現実的な理由からでした」

     

    「私」の不在と、存在しているのに“顔”がない「私」

    そこは幻想都市、ルオエス(LUOES)。人々は表情も言葉も失い、亡霊のように漂う。
    「私」はそれらを遠巻きに眺め、流れに抗うように、移動している。
    「逃亡」「反抗」「家出」、その先にある「出会い」と「発見」。
    居場所も手がかりも与えてはくれない世界で、ルールを知らないゲームの中を歩く、8人の「私」の物語。

    ――『砂漠が街に入りこんだ日』作品概要(リトルモア公式サイトより)

    『砂漠が街に入りこんだ日』は、「ルオエス(LUOES)」「雪(NEIGE)」「真珠(PERLES)」「家出(FUGUE)」「真夏日(CANICULE)」「聴覚(OUïE)」「一度(EINMAL)」「放火狂(PYROMANE)」の8編からなる短編集。第1章のタイトルであり、韓国の首都・ソウル(SEOUL)の逆さ言葉である「ルオエス」という幻想都市は、はっきりと示されてはいませんが、全編に共通する物語の舞台となっています。

    また同作は、「真珠」以外すべての短編が「私(je)」という一人称で書かれています。にもかかわらず、「私」がどんな人物なのか、性別や年齢、身体的特徴も、読者はほとんど知ることができません。このことにも、グカさんの言語感覚が色濃く表れています。

    「韓国語では、特に一人称の場合に主語が頻繁に省略され、繰り返し使うと利己的な印象を与えます。たとえば私は小学生のとき、日記の課題で『今日、私は』から文章を始め、先生から『日記なのだから「今日」も「私」も必要ない』とコメントをもらいました。対してフランス語では、ほとんどの場合、文章で主語を省略することはありません。話者がどれだけ明確でも必ず存在し、強調され、繰り返されます」

    「先生のコメントに、小学生の私は『書かれた内容よりも、書かなくても当たり前に存在していることがわかる2語を消すことのほうが重要なんだ』と衝撃を受けました。思えばこのとき私は、“不在の単語”から存在を想像するすべを学んだのかもしれません。『砂漠が街に入りこんだ日』では、『私』という一人称が大切にされ、繰り返し使われています。にもかかわらず、アイデンティティがとても薄い。私たちが自らの顔を鏡なしで認識できないように、存在しているのに不在だという、逆説的な関係性になっています。作中に、部屋のガラス窓に自分が反射して映っているシーンがありますが、その姿も鮮明でない。そのことにも、話者と世界の関係が表れています」

    『砂漠が街に入りこんだ日』を読むときに感じる“つかみどころのない遠近感”とでも表現すべき不思議な感覚は、ここに理由があるようです。

     

    言語の「所有権」はどこにある

    当日の対談では、辻野准教授からグカさんに、グカさんがフランスへ渡る前のことや、フランスで本を出版した際のことについても問われました。

    「私の両親は共働きだったので、祖母に育てられました。けれど、一人で過ごす時間のほうが長かったように思います。でも、子どもにかまってやれない気持ちからか、両親は本をたくさん与えてくれました。家にはいつも本が溢れていたので、私も周囲の子どもより早く文字を覚え、幼いうちからたくさん本を読めたそうです。そのせいもあって、同年代の子どもより大人びていたと聞きました」

    「造形美術を学んだことは執筆に影響しているか?」との問いには、「文学と造形美術は共通点より違いのほうが多いですが、造形美術を学んだことで、ものの考え方においてスペクトラムが大きく広がりました」と答えています。「高校までは、どんな学問にも必ず正解があり、正しい答えを見つけるのが“勉強”でした。でもその考え方は、造形美術を学ぶなかで根底から覆されました。それが衝撃的で、楽しかったです」「文学の媒体は『言語』ですが、造形において媒体は自由で、境界もありません。既成概念をとっぱらって表現し、時には作家の存在が作品から消えることもある。境界を決めない考え方は、造形美術を学んだことで得たものです」

    続いては、現地フランスでの読者の反応について。辻野准教授の問いは「多和田葉子さんはエッセイ集『エクソフォニー』で、外国語での創作で難しいのは、言葉そのものよりも偏見と戦うことだと書いていらっしゃいます。グカさんはフランス語で物語を書くなかで、偏見や疎外感を感じたことがありますか?」というもの。

    これに対してグカさんは「確かに、『フランス語が上手ですね』という反応は多かったです。文学は『描かれた世界や人物』を評価するものだと思うのですが、言語的な側面に重点をおいた評論が多かったですね。でも、実際に評論家やインタビュアーの方に会って、むしろ好奇心を持ってくれているんだなと感じました」と回答。それよりも、“長編小説の国”フランスにおいて、短編小説の地位が低いことに偏見を感じたそうです。

     

    グカ・ハンが次に書くときの「フランス語の重さ」は

    『砂漠が街に入りこんだ日』を出版した後、グカさんが最も多く受けた質問はやはり「フランス語との関係について」だったそう。今回のイベントのテーマも「母語でない言語で書くということ」であり、冒頭で言語の「重さ」「スピード」「距離」について紹介しましたが、グカさんはこの質問を受けるたびに、なんと答えるか今も悩むそうです。

    それは、言語との関係はたえず変わるものだから。

    「私がフランスに渡ったとき、それから、この本の原稿を書いていた2015年から2017年、本が出版された2020年の始め、そして現在、どの時点でも私とフランス語との関係は変化しています。私にとってフランス語は初め、経験や記憶の存在しない“抽象的な言語”でした。でも、私がフランスでフランス語を使えば使うほど、私のフランス語は私の経験や記憶で埋め尽くされ、距離は縮まり、スピードがついていくはずです。耐えず変化している状況のなか、私が次にどんな文章を書くことができるのか。それは私自身も気になっています」

    「言語との関係は、母語に関しても同じです。韓国語翻訳の仕事をしていると、母語のはずなのに、自分にとって“速い”言語ではないように感じることがあります。母語との関係を結び直し、異なる言語を行き来する。こういう経験をすればするほど、言語は意思疎通のツールではなく、言語そのものなのだという考えが深く強くなっていきます。『文学』がそうであるように」

     

    母語でない言語で書かれた物語を、別の言語で読むこと

    第2部終了後にはスペシャルゲストとして、『砂漠が街に入りこんだ日』の日本語訳を手がけた原正人さんと、編集担当の當眞文さんがサプライズで登場しました。

    ここで印象的だったのは、原さんが「この講演を翻訳の前に聞いていたら、もっと最適な日本語に落とし込めたかもしれない」と自身の翻訳を振り返ったこと。原さんはフランス語圏の漫画“バンド・デシネ”の翻訳を多く手がけていますが、そんな原さんも、「頑然と存在していながら“顔”のない主語」のもつ緊張感の正体を、今回グカさんの話を聞いたことではっきり認識したのだといいます。

    今回の記事では、グカさんの世界への眼差しを紹介しましたが、「ルオエス」を舞台に描かれる8つの物語は、私たちがそれぞれどんな環境で育ってきたか、どんなときに読むか、そして、どちらの言語で読むかによっても少しずつ姿を変えることと思います。

    それは、単に“母語でない言語で書かれた作品”を楽しむだけではなく、私たちがどんな世界を見ているか、どのように世界を見ているかを知ることにもなるのではないでしょうか。




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