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新型コロナウイルスの流行で、〈日常〉が大きく揺らいだ2020年。不安な日々のなか、物語のもつ力をあらためて実感した人も多かったのではないでしょうか。また、そんな1年間にも、新たな物語が紡がれ、物語を生み出す新たな才能も誕生してきました。
今回は「編集者が注目!2021はこの作家を読んでほしい!」と題して、各出版社の編集者の皆さんから【いま注目の作家】をご紹介いただきます。
加納愛子(かのう あいこ)
1989年、大阪府生まれ。2010年に幼馴染の村上愛とお笑いコンビ「Aマッソ」を結成。ネタ作りを担当している。『イルカも泳ぐわい。』が初めての著作となる。webちくまにてエッセイ「何言うてんねん」を連載中。
ただひたすら文章がいい、というだけで売れる本があってもいいと思うんです。
2020年11月に初単行本『イルカも泳ぐわい。』を発表した加納愛子さんは、率直に言えばまだそんなに売れていないお笑い芸人です(「THE W」で映像漫才を披露したコンビの、「チェイ」と言っていた人です)。「この人の書いたものだから」で買ってくれる人は正直そんなにいないと思います。
そんな人のエッセイ集って商品として成り立つの? エッセイってその人の考えが知りたいからとか、共感できるテーマがあるとか、知らない世界を知ることができるから読むんじゃないの? 加納さんって、誰もが共感できるあるあるネタが得意というタイプじゃないよね? もしかして破天荒なエピソードトークが売りなの?
ごもっともです。出版社勤務でなくても当然抱くであろうこの疑問、というか懸念をぶち壊してくれたのは、『イルカも泳ぐわい。』のもとになったエッセイ連載が始まる前に、加納さんがwebちくまに寄稿してくださったこの書評でした。
〉「隣のクラスの面白かったあいつ、今どうしてるかなと思った時に読む本」
翻訳家の岸本佐知子さんのエッセイ集『ねにもつタイプ』『なんらかの事情』を紹介するこの文章の2段落目の書き出しを、私はいつでも暗唱できます。
「私は、忍者ごっこ以上の楽しみをついぞ見つけることなく、10年以上も人前でニンニンニンニンやっている。天気が悪い日はむなしい。忍術が通用しないこともしばしばある。」
どうしてここで「天気は悪い日はむなしい」って言えるのだろう。
芸人の仕事を中学生の忍者ごっこに喩えるのも、同世代の友達が子どもの遊びを卒業していくことを「いつかその指にネイルが光る」と表現するのも、大すべりするのを「忍術が通用しない」と言うのも素敵だけど、一見文章の論理とは関係がない、でも大人になった自分がふと我に返って周りを見るときの心象を映像で流し込んでくるかのようなフレーズが突然殴り込んでくるこの快感を、私はうまく言語化できず初めて原稿を拝読したときには「あ˝―――っ!」と言っていましたが、今はなんとか「ただひたすら文章がいい」と言っています。
私はそれまでエッセイというものを担当したことがありませんでしたが、「この飛躍ができるのが、文章を書けるということなんだ」という感動が、加納さんのエッセイ連載の企画書を書く原動力になりました。この書評は、「何言うてんねん」というタイトルで『イルカも泳ぐわい。』に収録されています。
加納さんは、言葉を使って言葉にならないものを伝えられる人です。言葉を使って、言葉にできない感情をかき立てることができる人です。たぶん、これからたくさんの傑作を書かれます。それも含めて、全部読んでほしい注目作家です。
(筑摩書房 第二編集室 藤岡美玲)
※12月31日 正午公開※