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  • コロナ禍でも豊作!2020年の文学を振り返る

    2020年12月23日
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    気付けば早くも年の瀬。

    新型コロナウイルスによって未曾有の事態づくしとなった2020年ですが、そんな1年だったにもかかわらず(あるいはそんな1年だったからこそ)、読み逃すには惜しい小説が、数多く世に送り出されました。

     

    斬新なようで実は普遍的な、現代ならではの物語

    まずは比較的新しい顔ぶれから。

    昨年の第56回文藝賞をダブル受賞した2人は、今年に入ってますますその若い才気を迸らせています。第163回芥川龍之介賞に選ばれた遠野遥さんの『破局』は、無自覚なまま内面に虚無を抱えた大学生が主人公。読者の恐怖すら煽るその虚無は、実は、現代においては誰しもが持つ、普遍的なものではないかとも思わされます。

    宇佐見りんさんの『推し、燃ゆ』も負けず劣らず強烈です。自身の生活の根源が、というより生活そのものが“推し”のアイドルを推すこと、そして彼の一挙手一投足を“解釈する”ことであるという主人公の姿は、現代日本でなければ描かれ得なかったかもしれません。

    破局
    著者:遠野遥
    発売日:2020年07月
    発行所:河出書房新社
    価格:1,540円(税込)
    ISBNコード:9784309029054
    推し、燃ゆ
    著者:宇佐見りん
    発売日:2020年09月
    発行所:河出書房新社
    価格:1,540円(税込)
    ISBNコード:9784309029160

    藤原無雨さんの『水と礫』は、第57回文藝賞受賞作。「灼熱の砂漠を超えて幻の町を目指す」というファンタジー要素の強い物語が、幾度も語り直されていくにつれ、少しずつ変容していくという実験的な形式が特徴です。

    藤原無雨さんはマライヤ・ムー名義でライトノベルも執筆しており、異なるジャンルが出自でありながら一般文芸でも高く評価されたという点が、BL小説で長いキャリアを持つ凪良ゆうさんと共通しています。凪良ゆうさんの『滅びの前のシャングリラ』は、「小惑星の衝突によって、人類滅亡が1か月後に迫っている」という大胆な設定ながら、不安定にうつろう人の心を繊細な筆致で描き出し、著者の本領が見事に発揮されています。

    水と礫
    著者:藤原無雨
    発売日:2020年11月
    発行所:河出書房新社
    価格:1,540円(税込)
    ISBNコード:9784309029306
    滅びの前のシャングリラ
    著者:凪良ゆう
    発売日:2020年10月
    発行所:中央公論新社
    価格:1,705円(税込)
    ISBNコード:9784120053405

    ベテラン作家たちも負けじと、「新たな代表作」と呼ぶべき作品を発表しています。

    桐野夏生さんによる『日没』は、「文化文芸倫理向上委員会」なる政府組織によって女性作家が隔離(実質的には監禁)され、政府のいう「不適切な内容」を矯正させられるという、ある種のディストピア小説。日本では今のところ憲法で言論の自由が保障されていますが、読者にただならぬ緊張感を与えるリアリティがあります。

    900ページ近い超弩級のスケールで度肝を抜いたのは、古川日出男さんの『おおきな森』。時空を行き来する自由自在な語りで紡がれる物語は、魔術的な空気が充満する壮大な法螺話といった趣です。

    日没
    著者:桐野夏生
    発売日:2020年09月
    発行所:岩波書店
    価格:1,980円(税込)
    ISBNコード:9784000614405
    おおきな森
    著者:古川日出男
    発売日:2020年04月
    発行所:講談社
    価格:4,400円(税込)
    ISBNコード:9784065187395

    古事記に登場する雄略天皇を主人公に据え、古代の神話をダイナミックに蘇らせた池澤夏樹さんの『ワカタケル』は、「池澤夏樹=個人編集 日本文学全集」の第1巻で古事記を現代語訳した著者ならではの力作。

    川上弘美さんの『三度目の恋』は伊勢物語がモチーフとなっており、平安・江戸・現代という3つの異なる時代で展開されるストーリーが、恋愛の諸相を鮮やかに浮かび上がらせます。本作誕生のきっかけも、先に言及した「日本文学全集」で著者が伊勢物語の現代語訳を担当したことで、数年を経てその成果が自身の作品の形として表れた格好です。

    ワカタケル
    著者:池澤夏樹
    発売日:2020年09月
    発行所:日経BPM(日本経済新聞出版本部)
    価格:2,200円(税込)
    ISBNコード:9784532171582
    三度目の恋
    著者:川上弘美
    発売日:2020年09月
    発行所:中央公論新社
    価格:1,870円(税込)
    ISBNコード:9784120053344

     

    SF新作では『ホテル・アルカディア』『オクトローグ』に注目

    SF界では、ひときわ強烈な個性を輝かせる2人の作家が新作を刊行しました。

    第1作『半分世界』で、“奇想短編の名手”の印象を強く残した石川宗生さんは、『ホテル・アルカディア』において、「数多の独立した短編でひとつの長編を成す」という特異な構造で読者を幻惑します。

    酉島伝法さんによる短編集『オクトローグ』は、「異様な生物・生態系を怒濤のごとき造語のオンパレードによって記述する」という著者の書法は共通しながらも、一編ごとにまったく異なる色合いの世界を構築することに成功しています。

    ホテル・アルカディア
    著者:石川宗生
    発売日:2020年03月
    発行所:集英社
    価格:2,200円(税込)
    ISBNコード:9784087717020
    オクトローグ
    著者:酉島伝法
    発売日:2020年07月
    発行所:早川書房
    価格:2,530円(税込)
    ISBNコード:9784152099525

     

    他国にルーツを持ちつつ「日本語」で創作する作家たち

    2020年は、隣国にルーツを持ちつつ日本語で創作活動を行う作家の活躍が目立つ年でもありました。

    崔実さんの第2作で、4年ぶりの新刊となる『pray human』は、10年前に17歳で精神病棟に入院していた頃のことを主人公が振り返る形で、傷を負った魂の震えや再生が力強さと儚さの同居する筆致で表現されています。李龍徳さんの『あなたが私を竹槍で突き殺す前に』は、「嫌韓」の女性首相がトップに立ち、排外主義が蔓延する近未来の日本が舞台。差別、ヘイトスピーチなどの問題が今よりも悪化し社会の分断が進んだら一体どうなってしまうのかという、著者の切なる思いが伝わってきます。崔実さんと李龍徳さんは共に在日韓国人3世です。

    pray human
    著者:崔実
    発売日:2020年09月
    発行所:講談社
    価格:1,650円(税込)
    ISBNコード:9784065202050
    あなたが私を竹槍で突き殺す前に
    著者:李龍徳
    発売日:2020年03月
    発行所:河出書房新社
    価格:2,530円(税込)
    ISBNコード:9784309028712

    続いて紹介する李琴峰さん・温又柔さんの2人は、いずれも台湾生まれ。

    李琴峰さんの『ポラリスが降り注ぐ夜』はいわゆる群像劇で、新宿二丁目のレズビアン・バーに集う女性たちのパーソナルな物語が、短い言葉では決して要約できない現実世界のありようを的確に映し出します。温又柔さんは『魯肉飯のさえずり』において、台湾人の母を持ち日本で育った主人公が直面する、大小さまざまな違和感や困難を描くとともに、ジェンダーの問題にも鋭く切り込みました。本作は、第37回織田作之助賞を受賞しています。

    ポラリスが降り注ぐ夜
    著者:李琴峰
    発売日:2020年02月
    発行所:筑摩書房
    価格:1,760円(税込)
    ISBNコード:9784480804921
    魯肉飯のさえずり
    著者:温又柔
    発売日:2020年08月
    発行所:中央公論新社
    価格:1,815円(税込)
    ISBNコード:9784120053276

    また近年、日本の女性作家が国際的に評価されるケースが増えています。小川洋子さんの『密やかな結晶』がブッカー国際賞の最終候補に入ったことや、柳美里さんの『JR上野駅公園口』が全米図書賞の翻訳部門を受賞したことも記憶に新しいはず。

    おそらくこの事象は、世界のさまざまな分野において多様性の確保が推進され、マイノリティを正しく評価する気運が高まっていることと無関係ではないでしょう。日本の女性作家だけが特別に注目されていると結論づけるには早いのですが、それでも素直に喜ばしいことです。

    そんな女性作家たちは、当然日本国内における存在感も大きく、みずみずしい感性で独自の作品を創り出しています。

    丸の内魔法少女ミラクリーナ
    著者:村田沙耶香
    発売日:2020年02月
    発行所:KADOKAWA
    価格:1,760円(税込)
    ISBNコード:9784041084236
    持続可能な魂の利用
    著者:松田青子
    発売日:2020年05月
    発行所:中央公論新社
    価格:1,650円(税込)
    ISBNコード:9784120053061

    「普通」や「常識」、それらに囚われた世界に疑いの目を向ける作風に定評のある村田沙耶香さんは、『丸の内魔法少女ミラクリーナ』でシニカルさ・コミカルさをより一層研ぎ澄ませました。松田青子さんの『持続可能な魂の利用』は、「少女を性的に消費し尊厳を踏みにじる「おじさん」が、ある日突然、少女の姿を認識できなくなる」という衝撃的な幕開けをし、グロテスクな社会に一石を投じます。

    多和田葉子さんの『星に仄めかされて』は、留学中に故郷の(日本と思われる)島国が消滅してしまった女性を主人公に描いた『地球にちりばめられて』の続編。登場人物の多くを引き継ぎながら、言語を巡る不思議な旅の行程を描いています。

    星に仄めかされて
    著者:多和田葉子
    発売日:2020年05月
    発行所:講談社
    価格:1,980円(税込)
    ISBNコード:9784065190296




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