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  • 『滑走路』で描かれた“2つの希望”:大庭功睦監督インタビュー

    2020年11月20日
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    日販 ほんのひきだし編集部 浅野
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    〈きみのため用意されたる滑走路 きみは翼を手にすればいい〉

    あふれる才能を遺しながら若くして自らこの世を去った、歌人・萩原慎一郎さん。彼のデビュー作にして遺作となった歌集からオリジナルストーリーが紡がれ、映画『滑走路』として11月20日(金)に公開されました。

    中高生時代のいじめによる後遺症に苦しみ、非正規雇用として働く日々のなか、それでも生きる希望や淡い恋への思いをうたって多くの共感を呼び、歌集としては異例のベストセラーとなった『歌集 滑走路』。

    メガホンをとった大庭功睦監督はこの一冊から、萩原さんの信じた“言葉の力”や、短歌にうたわれた苦しみと希望をどのように捉えたのでしょうか。お話を伺いました。

    大庭功睦(おおば のりちか)
    1978年生まれ、福岡県出身。2001年熊本大学文学部卒。2004年、日本映画学校(現日本映画大学)映像科卒。以降『シン・ゴジラ』『マチネの終わりに』など映画・TVドラマにフリーの助監督として携わる。2010年に染谷将太主演『ノラ』を自主製作し、第5回田辺・弁慶映画祭にて市民審査員賞を受賞。また、主演の染谷将太が同作で第11回TAMA NEW WAVEにてベスト男優賞を受賞。2018年に『キュクロプス』を自主製作し、ゆうばり国際ファンタスティック映画祭2018にてシネガー・アワード、北海道知事賞をダブル受賞。第18回ニッポン・コネクション&第15回SKIPシティ国際Dシネマ映画祭国内長編コンペティションでも正式上映された。

    映画で軸となるのは、厚生労働省の若手官僚として非正規雇用の問題に取り組む「鷹野」(浅香航大)、幼なじみを助けたことをきっかけに、自らもいじめの標的となってしまった「学級委員長」(寄川歌太)、切り絵作家として評価されるようになってきた一方、“母になる選択”を考えだしたことで夫との生活が揺らぎはじめた「翠」(水川あさみ)。彼ら3人の人生は、鷹野がNPO団体から持ち込まれたリストに〈自分と同じ25歳で自死した青年〉を見つけ、その死の理由を調べ始めたことで絡み合っていく──。

    ※本記事には、映画の結末に触れる記述がございます※

    ―― まずは、大庭監督が本作を手がけることになった経緯をお聞かせください。

    もともとKADOKAWAとSKIPシティの共同企画として『歌集 滑走路』映画化の話があり、SKIPシティ国際Dシネマ映画祭にゆかりのある監督たちに声がかかったなかで、僕の企画を選んでいただいたというのが大きな流れです。

    『歌集 滑走路』は「非正規歌人」「萩原さんが出版前に亡くなった」という切り口で取り上げられることが多いですが、それだけではとても捉えきれない、あらゆる立場の人の気持ちをすくい取る歌集だと思っています。レビューを読んでみても、読者がそれぞれに“自分の歌”を見つけて、過去のことや悩みといった“自分の話”をしている。この本にはそういう力があると思いました。

    それなら、たった一つのストーリーに束ねるより群像劇にしたい。異なる立場・環境にいる人物が、それぞれの人生を力強く生きていくような物語にしようと考えました。

    ―― 『滑走路』で商業映画デビューを飾ることになりますが、撮り終えたいまのお気持ちは。

    公開に向けて「いよいよだぞ」という高揚感があまりないんです。「自分の映画が撮れる」という喜びは撮影に入る前からありましたが、あくまで主役は俳優の皆さんとカメラ、それから、それを支えている脚本だと思っています。なので、撮影しているときから「これが俺の映画だ」という気持ちはあまりなくて、完成した映画を見たときも、素直に「いい映画だな」と感じました。

    よく監督の名前で「◯◯作品」と言ったりしますけど、それはもしかしたら、これから作品を撮り続けていくなかで芽生えてくるものなのかもしれません。

    ―― 作品について伺う前に、監督ご自身のことをお聞きしてもいいですか? 映画の世界に興味を持ったきっかけは、なんだったんでしょう。

    子どもの頃、家がけっこう厳しかったんですよ。「テレビ・漫画はいっさいダメ」「学校から帰ってきたらすぐに勉強しなさい」というような。なぜか「加トちゃんケンちゃんごきげんテレビ」だけは見せてもらえたんですが(笑)。

    でも母親が映画好きだったので、映画だけは月に1~2回、近くの街まで連れて行ってもらって観ていました。もともと本を読むのが好きだったこともあって「フィクションの世界への憧れ」を強く持つようになり、中学生あたりで「自分でも撮ってみたい」と思うようになったんです。夕焼けの田んぼ道をひとり歩いているときも「あそこにカメラを置いて、この角度から望遠で撮ったらどうだろう。きっと、こういう物語のこんなシーンになるはずだ」「これが本当に形になっちゃったらどうしよう」と想像してはドキドキしていました。そんな気持ちのまま、ほかへ興味が移ることもなく、ブレずにここまできたという感じです。

    ―― 自主制作で映画を撮る一方、フリー助監督として15年間経験を積んでこられましたが、ご自身のなかで特に礎になっているのはどんなことですか。

    西谷弘監督には、監督の映画監督デビュー作『県庁の星』に始まり『容疑者Xの献身』『アマルフィ 女神の報酬』から『昼顔』『マチネの終わりに』まで携わらせていただいていて、とてもお世話になった“師匠”と呼べる存在なんですけど、そのなかで『県庁の星』と『容疑者Xの献身』、この2作で経験した悔しさが、自分の出発点になっていると思います。何をやってもうまくいかなくて、もちろん監督にすごく怒られたし、現場スタッフの先輩たちからは相撲でいう“かわいがり”のような感じで厳しく鍛えられました。自分の力不足に本当に腹が立って「絶対にここから這い上がってやる」と思ったのを、今でも覚えています。

    でもそんな経験があって、脚本の内容を最大限いかしつつ芝居とコンテで表現していくことや、予想以上のいいシーンが撮れたときに全体をどう調整してそれを引き立たせるか、そういう「映画を撮るときのロジカルな考え方」が身についていったと思っています。

    ―― それではあらためて、映画『滑走路』についてお話を伺います。歌集へのオマージュを織り込みつつオリジナルストーリーとして構築するにあたり、短歌や萩原慎一郎さんの人生をどれくらい重ねるか、あるいは遠ざけるかについて、どう考えましたか?

    萩原さんの詠んだ短歌を情景として画やセリフで描写しつつ、シーンによっては、歌集に依拠せず、この映画を観たときに新しい歌が生まれてくるような、いわば「映像で歌を詠む」ような気持ちで撮りました。この2つのアプローチがうまく溶け合うように、ストーリーを紡いだつもりです。

    ―― 一首一首からも情景や心情が立ち上がってくるけれど、一冊の本に収録されていることで歌どうしが作用しあって新たな気持ちを生んだり、記憶を呼び起こす。「歌集」としての味わいが、映画にもあるように思いました。

    ただ、萩原さんの実人生からは、できるだけ遠ざけようと思っていました。群像劇にしたこともそうですが、遠ざけたうえで物語を紡いでいったほうが『歌集 滑走路』のもつ多様性を表現できると思ったんです。鷹野や翠というキャラクターを登場させたのも、「非正規ではなくエリート官僚」「20代男性ではなく30代女性」というふうに、プロファイルのうえで萩原さんとは正反対の人物にしたかったのが理由です。

    でも、学級委員長をめぐる中学生たちの物語について考えを進めていったとき、萩原さんの実人生にどんどん引き寄せられていく感覚がありました。やっぱり萩原さんのことを、完全に遠ざけることはできない。引き寄せられる力と離れようとする力、その綱引きのなかで、映画全体の物語はできあがっていきました。

    ―― 萩原さん自身は中学生時代のことを具体的に書き残していらっしゃらないので、学級委員長たちのパートを描くにはすごく覚悟が必要だったんじゃないかと思うんです。萩原さんのご家族とは、どんな話をされましたか。

    プロットができたときに初めてご挨拶して、その後も何度かお会いしました。歌集と映画の距離をできるだけ離したいとは思いつつ、萩原さんがどんな方だったのか、ご家族にとってどんな存在だったのか、いまどんな思いを持っていらっしゃるのか伺って、自分がどこまでそれを背負えるのかを確かめる必要があるとも思ったんです。

    いま考えれば、ご家族の思いを受け止めたことで、いっそう中学生パートが萩原さんの実人生に引き寄せられることになったんですが、お会いして思いの丈をぶつけていただいたことで、この映画をつくる意味があらためて確かなものになりました。それで、中学生パートを演じる寄川くん・木下さん・池田くん3人のキャスティングは、経歴はいっさい関係なく、いちから納得いくまでオーディションを重ねて決めました。

    ご家族とお話ししていて尊いなと思ったのは、「もっとなにか自分にできることがあったんじゃないか」と悔やみながらも、萩原さんの死を受け止めて、一生懸命前を向いて歩いていこうという姿勢を強く感じたことです。彼の死を悼むだけなら、映画にする必要はない。ご家族の前へ進もうとする気持ちに並走するようにこの映画を作り、多くの方に観ていただくことが、答えなんじゃないかと思いました。

    ―― いじめを受けたわけではなくても、何かに傷つけられ、自分を低く見積もることでさらに自分を傷つける……という経験をしてきた人は多いと思います。私も『滑走路』のあちこちに、かつての自分の姿を見ました。大事にしているものをないがしろにされたり、何の気なしにバカにされたりする。そのたびに「自分は将来もこのままなのかな」と虚しい気持ちになったことを、折りに触れ思い出します。

    わかります。僕が子どもの頃って、田舎の学校だったのもあってか、わかりやすく“学年を仕切ってる悪いやつら”みたいなのがいたんです。そして、そういう集団に取り込まれて、使いっぱしりにされたり、彼らがむしゃくしゃしたときにサンドバッグのように扱われたりしている子もいました。

    だから自分はできるだけ関わりを持たないように、絶対に目をつけられないように、廊下ですれ違うときも、窓ガラスにへばりつくように身を細くしてやりすごしていました。そういう「見えない支配・非支配」に抗えず、卑屈に振る舞っていた自分が嫌でした。

    劇中に、学級委員長が天野(木下渓)に勉強を教えるシーンがあるでしょう。あのとき寄川くんは最初、木下さんのほうに体をひらいていたんです。でも彼の状況を考えたら、もっと警戒しているはずだし、誰かに見られることへの抵抗もあったはず。だから木下さんとの間に肘をついて壁をつくるように演出しました。きっとこういう細かい所作も、ロジックじゃなく、実感がなければ感覚としてわからないものだと思います。

    映画の世界に飛び込んだのは、たぶん、そういう体験があったのも一つの理由です。

    いつまでも「映画ってすごい世界だなあ」と仰ぎ見ているのは嫌だ、映画が好きなのに「僕なんてきっと才能もないし……」と卑屈なままでいるのは嫌だ、という気持ちが、この道へ進むきっかけの一つになりました。

    ―― それでは最後に、映画『滑走路』において“希望”をどのように位置づけたか、お聞かせください。

    映画の終盤に、浅香航大さん演じる鷹野と、坂井真紀さん演じる学級委員長の母・陽子が向き合って会話するシーンがあります。あそこで陽子が鷹野にかける「息子のぶんまで生きなさい」という言葉には、エールとしての力強さと、呪いとしての迫力の両方がありますよね。鷹野はそれを受け止めることで、すごく重いものを背負うと同時に、救われてもいます。

    ずっと背負ってきた荷物を下ろして「次の日から頑張ろう」と明るく自分を励ますのではなく、これからこの苦しみをずっと背負っていくという覚悟を持って次の日にまた目を覚ます。それが、この物語におけるリアルな希望なんじゃないかと僕は思いました。

    もう一つは、橋の上のラストシーン。言葉を交わした学級委員長と天野が背中を向けてそれぞれに歩いていきますが、この何年後かに「死」が待っていることを観客は知っています。それを救いがない、希望じゃない結末だと思う方もいるかもしれません。でもこのときこの人は、橋から飛び降りるんじゃなく、明日からもまた生きていこうという光を抱いていました。そういう瞬間があったことが、希望になりうるんじゃないかと僕は思います。

    きっと映画をご覧になる皆さんにもそういう瞬間があったはずで、皆さんは、その延長線上にいま生きています。前を向いていたときの自分を、いまの自分の隣にそっと寄り添わせてみる。未来を向いた瞬間があったなら、僕たちは生きてさえいれば、そういう希望を再び持ちえると思うんです。楽観的かもしれませんが、『滑走路』では“希望”をそんなふうに考えました。

    滑走路
    著者:萩原慎一郎
    発売日:2020年09月
    発行所:KADOKAWA
    価格:638円(税込)
    ISBNコード:9784041096123
    小説滑走路
    著者:萩原慎一郎 藤石波矢
    発売日:2020年09月
    発行所:KADOKAWA
    価格:1,760円(税込)
    ISBNコード:9784041097939

     

    映画「滑走路」作品情報

    〈STORY〉
    厚生労働省で働く若手官僚の鷹野は、激務の中で仕事への理想も失い無力な自分に思い悩んでいた。ある日、陳情に来たNPO団体から、非正規雇用が原因で自死したとされる人々のリストを持ち込まれ追及を受けた鷹野は、そのリストの中から自分と同じ25歳で自死した青年に関心を抱き、その死の理由を調べ始めるが──。

    水川あさみ 浅香航大 寄川歌太
    木下渓 池田優斗 吉村界人 染谷将太
    水橋研二 坂井真紀

    原作:萩原慎一郎『歌集 滑走路』(角川文化振興財団/KADOKAWA刊)
    監督:大庭功睦
    脚本:桑村さや香
    主題歌:Sano ibuki「紙飛行機」(EMI Records / UNIVERSAL MUSIC)
    撮影:川野由加里
    照明:中村晋平
    録音:西正義
    装飾:小林宙央
    音楽:永島友美子
    編集:松山圭介
    VFX:田中貴志
    助監督:桜井智弘
    制作担当:赤間俊秀
    製作:「滑走路」製作委員会、埼玉県/SKIPシティ彩の国ビジュアルプラザ
    制作プロダクション:角川大映スタジオ、デジタルSKIPステーション
    配給:KADOKAWA

    kassouro-movie.jp 【PG12】

    11月20日(金)全国ロードショー

    ©2020 「滑走路」製作委員会




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