• fluct

  • 小説で実現する、今ならではの「リアルな体験」とは:STREET&BOOKS『竜の昇る日』平野啓一郎インタビュー

    2020年11月17日
    楽しむ
    日販 ほんのひきだし編集部 浅野
    Pocket

    11月4日から、14日間の連続デジタルサイネージ小説として、恵比寿スカイウォークに出現した『竜の昇る日』。これは、新聞・雑誌やWebではなく、「街」を媒体にして小説を連載するという新しい試みです。

    芥川賞作家・平野啓一郎さんが書き下ろす、今だからこそ感じる「その場所へ行かないと体験できない」、人と会うこと、五感で体感すること、フィクションではなくリアルであることを、あらためて考えさせられる今作。

    インタビュー第2弾では、本作の着想についてはもちろん、現代を生きる私たちの心、今世の中に起きている変化を平野さんがどんなふうに見つめているのかを、じっくり伺っていきます。

    インタビュー第1弾から読む

    平野啓一郎(ひらの けいいちろう)
    1975年、愛知県蒲郡市生まれ。北九州市出身。京都大学法学部卒。1999年、在学中に文芸誌「新潮」に投稿した『日蝕』で第120回芥川賞を受賞。40万部のベストセラーとなる。以後、一作ごとに変化する多彩なスタイルで数々の作品を発表し、各国で翻訳紹介されている。著書に、小説『葬送』『滴り落ちる時計たちの波紋』『決壊』『ドーン』『空白を満たしなさい』『透明な迷宮』『マチネの終わりに』『ある男』など。エッセイ・対談集に『私とは何か 「個人」から「分人」へ』『「生命力」の行方~変わりゆく世界と分人主義』『考える葦』『「カッコいい」とは何か』などがある。2021年、北海道新聞、東京新聞、中日新聞、西日本新聞にて連載した長編小説『本心』の単行本が発売予定。

    ©瀧本幹也

    ――「恵比寿」という街を、平野さんはどんなふうに捉えていますか?

    いろんな顔を持った街だと思います。恵比寿とひと口に言っても、恵比寿ガーデンプレイスのような美しく整備された場所もあれば、高級住宅街もあり、さまざまな店や施設が混在する雑然としたエリアもある。駅を出てどの方向へ進むかで、雰囲気がまったく違いますよね。

    ただ一つ言えるのは、「東京」を感じる街であるということです。僕は地方出身なのでなおのことですが、東京に生まれた方でも、郊外にある家から通勤で恵比寿や丸の内へ来ると、「都心に出てきた」というコントラストが感覚としてあるんじゃないでしょうか。

    ――『竜の昇る日』では、そんな恵比寿にある日「十一月十六日この地より竜昇らんずるなり」という告知が出現したのをきっかけに、物語が展開されていきます。題材となった芥川龍之介の「竜」の、どんな点を面白いと感じていらっしゃいますか。

    周囲をからかうつもりで嘘をついた当の本人が、噂が広まるにつれ「もう後にひけない、どうしよう」と不安をふくらませる一方で、「なんだか本当に竜が昇るような気がしてきた」と期待もふくらませるようになる。その心理が面白いなと思いました。

    人が何かを信じる時、それを左右するのは、そのこと自体の信憑性なのか、それとも「皆がどれくらい信じているか」なのか。それから、誰もがフラストレーションを抱えている今、「何か驚くようなことが起きてほしい」と願う気持ち。そういうところが、僕たちの日常や、僕たちをとりまく情報への接し方にも通じている気がします。

    ―― そこから、どのように物語を作り上げていったのかお聞かせください。

    その場所へ実際に行かないと体験できないこと、「何かが起きそうだ」というイベントへの期待感、本を読む楽しみ。この3つの接点を、恵比寿という街を舞台にいかに成立させるかを考えました。

    「この地より竜昇らんずるなり」という嘘か本当かわからないメッセージが、普段から人々が利用するスカイウォークのディスプレイに現れる。ディスプレイの中で「僕」を主人公にした物語が進んでいく一方、「竜」が現れるという“その日”がどんどん近づいてくる……。そんなふうにストーリーの構想を立て、「現実に起こること」と「物語の中で起きること」がだんだんとズレていくのを、調整しながら書いていきました。

    ――「空想上の話が現実の世界に侵入してくる」って、すごくわくわくしますね。

    作家としても楽しみです。2016年に「肉声」という戯曲を書いた時、紙の上に書いたものが最後は舞台上で上演されるという、本を読んでもらうのとは別な喜びが待っていることを知りました。今回の『竜の昇る日』も、それに近い感覚がありますね。

    ―― 今回は特に、街中のディスプレイという“人が自然に目にする場所”で連載されるわけですが。

    本物が「現場」にしかない一方で、コンテンツが、WebサイトやSNS上に断片的に存在しているというのも面白いですよね。たまたま通りかかって読んでくれる方もいれば、何かのきっかけで「恵比寿で何だか変わったことをやっているらしい」という情報に触れて、実物を見たいと足を運んでくださる方もいると思うんです。ゴッホの「ひまわり」だって、画集やメディアで何度も見て、“名画”として認識しているから「本物を見てみたい」と美術展へ行くわけで。今回の「STREET & BOOKS」の試みは、どんなふうに人々の間に伝播していくんでしょうね。

    それから、連載を読むって「習慣」なので、決まった時刻に決まったペースで更新されることで、その人の日常のルーティーンに練り込まれていくという側面があるんですよ。テレビドラマが最終回を迎えた時の「◯◯ロス」というのも、物語が終わってしまった寂しさだけじゃなく、毎週欠かさず見ていた習慣が失われることへの寂しさでもあるんですよね。

    『竜の昇る日』の連載が終わった時に、読んでくれた皆さんの間にどんな会話が生まれるのか。想像がふくらむような“余白”も用意してあるので、真相が明かされないままになっているところや共感できたところが、誰かとの会話のきっかけになったらうれしいです。

    ―― 平野さんご自身は、今回のような試みのほかに、どんな形の“読書”があったら面白いと思いますか?

    いざ小説を読むとなると、家とかカフェとか、どこかへ腰を落ち着けて読むことが多いと思うんですが、きっかけ自体はいろんなところにあるといいと思っています。

    以前、「リゾート小説」というのを提唱していたことがあるんですよ。

    ――「リゾート地で読む小説」ですか?

    そうです。プールサイドでピニャコラーダを飲みながら、ゆったり読むような。でもどうせなら「ハワイ編」や「パリ編」のようにいろんな旅先があって、旅行の行程と物語が連動しているといいですよね。

    空港に着いて、建物内の書店でそれを買って、まずは搭乗までの1時間半を“搭乗前”のパートを読んで過ごす。それから“フライト中”のパートに進み、現地のホテルに着いたら部屋でひと息つきながら次のパートを読む……そんなふうに、現実の時間とともに物語の時間も進んでいくような。「書いたら面白そうだな」と思いついたところで、終わってしまっているんですけど(笑)。

    ―― 完全に一致していなくても、ifストーリーとして楽しめそうですよね。濃い体験をすることで、その土地に対して抱く親密な気持ちがさらに強まりそうです。

    土地への愛着って、それぞれの個人的な「よい思い出」と密接に結びついた時に生まれますよね。

    僕は大学生の頃から卒業後5年くらい、あわせて10年ほど京都に住んでいましたが、いい思い出しかないと言ってもいいくらい楽しい日々でした。今も、訪れると当時のことをあれこれ思い出します。昔歩いた道をほろ酔いで歩いていると、あの頃にタイムスリップしたような気持ちになるんです。

    身近なところでは、古い建物が取り壊されるときに反対の声が上がるのも、そういう「自分の記憶を喚起するもの」が失われることへの寂しさからだと思います。住んでいる街に対しては「どれくらいその社会にコミットしているか」も重要な要素になりますね。

    ―― 今回の作品の軸でもある「フィジカルな体験とデジタルでの接触」「リアルとバーチャルの融合」の今後について、あらためて考えをお聞かせください。

    世代による細かな違いはありますが、全体のトレンドとして、デジタルとフィジカルは、「振り子」のようにどちらかに振れては揺り戻すことを常に繰り返すものだと思っています。『ドーン』を執筆し、2000年代半ばには「Web 2.0」という言葉が流行しましたが、そんなふうに世の中がデジタルのほうへ振り切っていた時、僕は「必ずフィジカルへの揺り戻しがある」と思っていました。それで生まれたのが、“義足”を通した男女の恋愛小説『かたちだけの愛』(2010年刊)です。

    当時は世の中がデジタルのほうへ振り切っていたので、「これだけ『ITの世界になる』と言われているのに、なぜこんな小説を描いたのか」と一部の方からは理解を得られませんでした。だけどその後2010年代半ばから、「コト消費」「体験型消費」といわれるように、やっぱりフィジカルなほうへ振れましたよね。

    でも僕は、それも大きく振れすぎたと思うんです。「音楽はやっぱりライブだ」とも思うけど、1枚のアルバムをしみじみと孤独に聴く喜びだってある。eスポーツが台頭する一方で、リアルな競技試合の魅力だって失われないと思うんです。だから、中心が少しずつずれたりしながらも、どちらかに振れっぱなしになることはないと、僕はみています。

    そういう意味で、やはり「⻯の昇る日」は、“今”を切り取った物語です。その一方、余白を作ることで、「何度も読む楽しみ」も盛り込んであります。3年後、5年後、その人の人生のタイミングによって、きっと今読んだのとは読後感が変わっていることでしょう。

    恵比寿のデジタルサイネージで物語を読んだ〈体験の記憶〉を始まりに、その時その時の読書体験が折り重なっていく。皆さんにとって、そんな作品になってくれればと思っています。

    ▼1,500部予約受注達成で『竜の昇る日』が書籍に!▼

    ▼『竜の昇る日』全話一挙公開中!「STREET&BOOKS」特設サイト▼




    タグ
    Pocket

  • GoogleAd:SP記事下

  • GoogleAd:007

  • ページの先頭に戻る