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    『空に住む』青山真治監督インタビュー:「現代に生きること」を描くために“困難や波乱”を排除した、わかりにくくてわかりやすい物語

    2020年10月23日
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    日販 ほんのひきだし編集部 浅野
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    10月23日(金)に公開された、多部未華子さん主演映画『空に住む』

    『EUREKA ユリイカ』で世界的な評価を得た青山真治監督の実に7年ぶりとなる新作は、作詞家・小竹正人さんのデビュー小説を原作に、自分をさらけ出すことのないまま社会や他者となんとか共存し、自分を守りながら現代を生きる女性たちの姿を描いた作品です。

    観た人はきっと、登場人物の誰か一人ではなく、物語のあちこちに〈自分〉がいることを感じるはず。自ら脚本も手がけた青山監督は、“いま”をどう捉え、本作を撮ったのでしょうか。

    青山真治(あおやま・しんじ)
    1964年、福岡県北九州市出身。1996年、地元・福岡県の門司を舞台にした『Helpless』で長編映画デビュー。自ら脚本・音楽も手がけた本作は、低予算ながらその乾いた人間関係や暴力描写などが高く評価され、数多くの国際映画祭に出品される。その後も『チンピラ』(1996)、『WiLd LIFe』『冷たい血』(ともに1997)、『シェイディー・グローヴ』『EM/エンバーミング』(ともに1999)など精力的に作品を送り出し、2000年の監督作品『EUREKA ユリイカ』で、第53回カンヌ国際映画祭コンペティション部門に招待され、国際批評家連盟賞・エキュメニック賞ダブル受賞の快挙を達成。同作はさらにベルギー王立フィルムアーカイブより「ルイス・ブニュエル黄金時代賞」を獲得し、その名が名実ともに世界に知られることとなる。
    以降もドキュメンタリー『路地へ 中上健次の残したフィルム』(2000)、2年連続でカンヌ国際映画祭コンペティション部門に招待された『月の砂漠』(2001)、ベルリン国際映画祭に出品された『私立探偵濱マイク・名前のない森』(2002)、東野圭吾原作ミステリーの映画化に挑んだ『レイクサイド マーダーケース』(2004)と作品を重ね、2005年には、『エリ・エリ・レマ・サバクタニ』でカンヌ国際映画祭“ある視点”部門へ、翌2006年の『こおろぎ』、そして2007年の『サッド ヴァケイション』では2年連続でヴェネチア国際映画祭オリゾンティ部門に招待。また2001年には、初めて手がけた自作のノベライズ小説『EUREKA』で第14回三島由紀夫賞を受賞。さらに2005年には『ホテル・クロニクルズ』で第27回野間文芸新人賞候補にノミネートされた。
    前作は、2013年公開の『共喰い』。同作は第66回ロカルノ国際映画祭にてボッカリーノ賞最優秀監督賞を受賞、第68回毎日映画コンクールで脚本賞・撮影賞を受賞した。

     

    『空に住む』の核となる部分を作った、世の中への違和感

    ―― 菅田将暉さんが主演をつとめた『共喰い』から、7年ぶりの新作となります。まずは『空に住む』を手がけることになった経緯から、教えてください。

    大学で映画を教えることになって、2016年から単身赴任で京都に住んでいました。ところが、1年も経たないうちに体を壊して、東京へ戻ることになってしまったんです。そんなときにプロデューサーの齋藤さんから「読んでみますか?」と渡されたのが、『空に住む』の準備稿でした。そこから、池田千尋さんが書いたそのシナリオを改稿し始めて、3~4年くらいかけてゆっくりゆっくり進行していきました。

    ―― その頃に起きたいくつかの出来事が、多部未華子さん演じる主人公・直実の人物像をはじめ、今作の“核となる部分”を作ったと伺っています。

    「小早川直実という女性は、仕事を持っている人にしたい」というのが、原作からの大きな変更点としてまずありました。

    若くて優秀な女性会社員の死、性的被害に立ち向かう「#Metoo」運動の誕生と広がり、匿名ブログをきっかけに注目を集めることとなった保育園と女性のキャリアの問題……2016年から2018年頃にかけて、女性の労働や生活、すなわち女性の人生をめぐる社会的な問題がいくつも話題になりました。

    それなのに、世の中が解決する方向へ向かっていかない。これを今、自分が撮る映画の題材にしないわけにはいかないと思いました。それで、直実は「会社勤めをしている女性」で、『空に住む』はそんな彼女らが仕事や生活のなかで生きていくさまを描くものにしようと考えたんです。

    でも、「いま現代はこんな状況になっている」と説明するような映画にはしたくなかった。見せたいのは「そんな社会にいま生きていること」が、どういうことなのかです。直実がどんな人物と、どんな会話をすることでそれを描き出すか。職場の後輩・愛子や、直実の叔母である明日子のキャラクターも、それを軸にかたちづくられていきました。

    小早川直実(多部未華子)
    出版社の編集者。両親を亡くし、叔父・雅博のはからいで、タワーマンションに愛猫のハルと暮らすことになる。両親の死にも涙を流せなかった彼女は、どこか孤独と空虚さを感じている。そんなある日、同じマンションに暮らすスター俳優・時戸森則(岩田剛典)と出会うが……。

    木下愛子(岸井ゆきの)
    直実の後輩で、同じく編集者。結婚と出産を間近に控えているが、実はお腹の子が結婚相手との子どもではないという大きな秘密を抱えている。周囲には明るく振る舞い、秘密を隠しているが、いよいよ出産の時が迫ってくる。

    小早川明日子(美村里江)
    雅博(鶴見辰吾)の妻で、直実の叔母。夫婦仲睦まじくタワーマンションで暮らし、直実が別室に引っ越してきてからはあれこれと世話を焼く。何不自由ない生活を送っているように見える明日子だが、彼女もまた、彼女にしかわからない喪失感を抱えていた。

    ――「タワーマンション」というものに、現実味を感じない人は多いと思うんです。直実の感じている空虚さもあいまって、描かれていることや登場人物らの言葉が突き刺さるほどリアルな一方、観ていてどこかふわふわ漂っているような心地がしたのですが……。

    現実のシビアな面は、あえて“あたかも存在しないかのように”描こうと思いました。先ほど「社会の現状を説明しない」と話したことに繋がりますが、現実の抱える厳しさや課題を裏返すような形で、むしろできるだけ波乱は起きないようにとストーリーの構想を練りました。

    泣いたり怒ったりして感情を誰かにぶつけるのではなく、いろいろなことがあるんだけれど、直実はそれに見舞われつつすーっと滑っていくような。それを作中では「雲みたいな人」と表現し、直実をとりまく人々の視線を通して立証していきました。最初からそう考えていたわけではなく、これは構想を練り、脚本を作っているうちに立ち現れてきた部分です。

    それから「タワーマンション」に関しては、どこまでが日常で、どこからが非日常なのかを抽象的に作り込んでいきました。たとえば、都心にある縦に長いタワーマンションと、おそらく郊外にあるのだろう、横に長い古民家風の出版社。マンション内にしても、建物すべてが日常なわけではなく、どこまでは自分の空間で、どこからはそうでないか。そういうふうに考えて、世界に「線」を引いていったんです。

    ―― 柄本明さん演じるコンシェルジュの存在が際立っていました。

    そうそう。コンシェルジュって、基本的にはエントランスにしかいないんですよね。だから、たとえばマンション内の廊下を歩いている時に姿を見かけると、明確に「いる」と認識することになる。まして高層階で見かけることはもっと珍しい。

    だから、コンシェルジュがいるところから先は“外の世界”なんです。

    ――“動く境界線”というわけですか。

    まさにそのとおり。空間に関しては、そんな作り方をしていきました。

     

    新たな面を見せた岩田剛典の演技、見逃せない「猫」の存在

    ―― 存在感という意味では、岩田剛典さん演じる時戸森則の佇まいがやはり印象的でした。直実が彼に出会うシーンからして「単に外面がいいだけの人ではなさそうだ」という雰囲気が漂っていましたし、廊下に座り込んで花をむしって口へ運ぶ姿には「怖い」とさえ感じました。……もしかして、岩田さんも本当はこういう人なのではないか?と思わせるような、これまでの出演作とは違う彼の一面を観たと思っています。

    きっとそのあたりも、すべて岩田さんはわかってやっているんだと思います。多部さんしかり岩田さんしかり、俳優の皆さんに対して特別な演出は何もしていません。人と喋るのが苦手なので(笑)。

    ただ、多部さんなら多部さん、岩田さんなら岩田さん、ご本人そのものでなければ出てこない“生の人間として持っている部分”が必ずあると思っています。それを、テイクを重ねることで見つけていきました。

    ―― 猫の「ハル」に関しても、特に演出はしなかったですか。

    そうですね。……というか、ハルを演じてくれたりんごちゃんというメスの猫は、本当に天才でした。

    始まりは、本当になにげなく「黒猫がいいな」と思って、候補として挙がってきた3匹のうちの1匹だったんです。「今度もし飼うなら、自分の生活に黒猫がいたらいいな」という、それくらいの。彼女は年齢が12歳とやや高齢なこともあってか、ベテランで周囲からの評判もよかった。「もしうまくいかなければ別の猫にやってもらうことにしよう」と、そこまで期待せずに撮影に入ったんです。

    しかしいざやってみたら、指示したってできるわけがないと思っていたことを軽々とやってのけるんです。最初こそ、靴の下に食べ物のにおいを仕込んで誘導したりもしましたけど、途中からはそんなこともまったく必要なく、むしろ「バカにされてるのかしら、わたし」というくらいの雰囲気で演技していました。言うことを聞いてくれるわけではないですが、ソファの上にぴょんと飛び乗ったり、「開けてほしい」とガリガリ扉を引っ掻いたあと、扉が開くとすぐさま直実に飛びかかったり、鳴いてほしいなと思ったところでちゃんと鳴いてくれる。これはすごいぞと思いましたね。

    特に、直実がグラスを割ったときに近寄っていくシーンはみごとでした。「だめよ」と直実が手で制したら、少し粘ったあと「ン~……」と唸って嫌そうに去っていく。あんな芝居、人間でもなかなかできないですよ。

    ―― 直実にとってだけでなく、撮影においても頼れるパートナーだったんですね。

     

    青山真治が考える「わかりやすさ」と「わかりにくさ」

    ―― ここまでお話を伺ってきて、本作はあらためて、わかりやすい説明的な要素なしに、曖昧さを含んだ意味深な台詞と表情によって展開される物語だなと思いました。観ている最中はどこへ向かっていくのか明確でないのに、観終わってみると「ああ、そういうことか」とはっきり理解しているというような。青山監督は「わかりやすさ」と「わかりにくさ」について、どんなふうに考えていらっしゃいますか?

    まさにシナリオの改稿で行なったのが、ト書きなどの具体的な部分を次々に外して、ほぼ台詞しかないような脚本にしていくということでした。

    「わかりやすいほうがいい」と思っている部分ももちろんあるんですが、ただ、その「わかりやすさ」の中にも、人が生きていて感じ続ける“矛盾”って絶対に存在していると思うんです。たとえば来年新しい映画を作って、今回と同じようにインタビューしてくださったとしても、同じ質問に真逆の答えを返すということが実際にはありえるわけでしょう。

    芯の部分に大きな変化がなくても、会話、対話にはそういう一貫性のなさ、矛盾があるはずなんです。すべてにおいて完璧に辻褄が合っていることなんて、ほとんどないといってもいい。それに、全部が正当なものなんて、エンタメとしても面白くないじゃないですか。そのことにある日気づいたんです。というより『空に住む』という題材に、気づかされたんだと思います。

    だから直実たちの会話も、誰が誰に対して言うか、どんな言葉を言うか、あらゆる台詞が簡単には辻褄が合わないようになっています。「ん? どういうことだ?」と思われるような言い回しがあっても、それを深追いするようなことはしていません。それでも、観ていてきっと違和感はないと思います。

    型通りのわかりやすさではないけれど、これは「わかりやすさに対する反発」ではなく、むしろこれが「世の中をわかりやすく描いた」ということだと思っています。

     

    映画『空に住む』作品情報

    〈STORY〉
    郊外の小さな出版社に勤める直実は、両親の急死を受け止めきれないまま、叔父夫婦の計らいで大都会を見下ろすタワーマンションの高層階に住むことになった。長年の相棒・黒猫ハルとの暮らし、ワケアリ妊婦の後輩をはじめ気心のしれた仲間に囲まれた職場、それでも喪失感を抱え、浮遊するように生きる直実の前に現れたのは、同じマンションに住むスター俳優・時戸森則だった。彼との夢のような逢瀬に溺れながら、先は見えないことはわかっている。そんな日常にもやがて変化が訪れる。直実が選ぶ自分の人生とは――

    多部未華子 / 岸井ゆきの 美村里江 / 岩田剛典
    鶴見辰吾 / 岩下尚史 髙橋洋 / 大森南朋
    永瀬正敏 柄本明

    監督・脚本:青山真治
    脚本:池田千尋
    原作:小竹正人『空に住む』(講談社)
    主題歌:三代目J SOUL BROTHERS from EXILE TRIBE「空に住む~Living in your sky~」(rhythm zone)
    プロデューサー:井上鉄大 齋藤寛朗
    撮影:中島美緒 照明:松本憲人 音響:菊池信之
    美術:清水剛 音楽:長嶌寛幸
    装飾:石田満美 衣裳:篠塚奈美 ヘアメイク:田中マリ子
    特殊造形:佐々木誠人 VFXスーパーバイザー:大萩真司 佐伯真哉
    編集・グレーディング:田巻源太
    助監督:七字幸久
    制作担当:中村哲也
    製作:HIGH BROW CINEMA
    制作プロダクション:カズモ
    宣伝:miracleVOiCE FINOR
    配給:アスミック・エース

    10月23日(金)全国ロードショー

    soranisumu.jp

    空に住む
    著者:小竹正人
    発売日:2020年09月
    発行所:講談社
    価格:726円(税込)
    ISBNコード:9784065211175

    ©2020 HIGH BROW CINEMA




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