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    『空洞のなかみ』松重豊さんインタビュー:“自分は何の「役」を演じているのだろう” 不安定の中で見つけた理想

    2020年10月24日
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    日販 ほんのひきだし編集部 浅野
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    10月24日(土)、松重豊さん初の著書『空洞のなかみ』が発売されました。

    書き下ろし12編の連作短編小説「愚者譫言(ぐしゃのうわごと)」と、25編のエッセイ「演者戯言(えんじゃのざれごと)」からなる本書。読んでまず驚いたのは、一編一編がくすりと笑える軽妙な話でありながら、読み進めるごとに心の奥深くに迫ってくる巧みさ。そして、小説が見事にエッセイとリンクし「A面/B面」として楽しめるという“一冊の本としての面白さ”でした。

    〈物書き 松重豊〉誕生のきっかけ、小説を書いて気づいた「自分の新たな一面」とは? お話を伺いました。

    松重豊(まつしげ・ゆたか)
    俳優。1963年生まれ、福岡県出身。蜷川スタジオを経て、2007年に映画「しゃべれども しゃべれども」で第62回毎日映画コンクール男優助演賞を受賞。2012年「孤独のグルメ」でドラマ初主演。2019年「ヒキタさん!ご懐妊ですよ」で映画初主演。2020年放送のミニドラマ「きょうの猫村さん」で猫村ねこを演じて話題に。「深夜の音楽食堂」(FMヨコハマ)ではラジオ・パーソナリティもつとめる。

    ――『空洞のなかみ』は、本としての佇まいも印象的です。装画は、あべみちこさんによる「箸が抜かれた箸袋」のイラスト。そして、松重さんからの熱烈なラブコールで、菊地信義さんが装幀を手がけることになったと伺っています。

    「装幀は誰にお願いしますか?」と聞かれたとき、菊地さんの名前くらいしか出てこなかったというのが正直なところです。それくらい菊地さんが巨匠であるとわかってはいたんですが、なにせ本を出すのが初めてなので、お願いしてやっていただけるものなのかもわからないまま「菊地信義さんにお願いしたいです」と編集の五十嵐さんに伝えました。そうしたら本当に実現することになって。言ってみるものだなあと思いましたね。

    菊地さんが装幀した本は『血と骨』や『サラダ記念日』『中上健次全集』などいくつか大事に持っていますが、あとになって「これも菊地さんが手がけた本だったんだ」と知ったものも多いです。凝った感じじゃなく、活字の力がいきていて、引き算で構成されているのが非常によくわかる。それでいて、一つのエッセンスが真ん中を走っている。本当に、装幀は本の“器”なんだなと感じます。『空洞のなかみ』の題字の色も、絶妙ですよねえ。

    ――〈担当編集・五十嵐麻子さん〉つい先ほど菊地さんとお電話で話したとき、この色は「千年以上も経って変色した仏像の色なんだ」とおっしゃっていました。

    はあ~~、本当……。そうなんだ……仏像の膚……。こういうものに包まれる幸せを感じてしまったら、初めてではありますけど、いよいよ物書きをやめられなくなりますね。

    ―― ちなみに五十嵐さん、装幀を依頼した際は、菊地さんとどんな話をされたんですか?

    ――〈五十嵐さん〉お仕事をご一緒するのは2度目なんですけれど、「どんな話なの」と聞かれて「仏様が出てくるんです」と話したら、その場で「わかった。まだ読んでいないけどやるよ」と。菊地さんご自身も仏像がお好きで、京都によく見に行っていたそうです。

    へええ……。実はね、俳優もそういうところがあるんですよ。台本をまだ読んでいなくても、どこかそういう、軽みのようなものがある。アーティストとひと口にいっても、ミュージシャンや絵描きさんとは違って、俳優は人の台詞を自分の言葉にして発しますよね。そういう「誰かの物語を包んで人様にお見せする」という点と、装幀の奥ゆかしさには近いものがあると思います。

    それから僕は、自分のことを「演者」もしくは「俳優部」と呼んでいます。自分が「俳優」を名乗るのはちょっと……と思う一方、「役者」はなんだか泥臭すぎる。菊地さんがご自身のことを装幀家じゃなく「装幀者」とおっしゃっているのにも、この物語に通じるものを感じました。そのあたりをわかっていただける方にぜひ包んでいただきたいという思いで、お願いしたんです。

    ―― そういういきさつだったんですね。今回は誰かの物語ではなく、ご自身で物語を生み出したわけですが。

    これまでブログを14、5年続けていて、エッセイの連載もしてきましたが、それらのノンフィクションに対して小説ってフィクションなので、書いちゃいけないことの縛りがない。たとえばエッセイでは「ハリソン・フォードに会った」なんて書けないけど、フィクションならそういうことも、まことしやかに伝えられるわけでしょう。

    そういう自由は芝居をやっていても感じたことがなかったんで、「一人でこの世界で遊べるって、なんて自由なんだ」と思いましたね。引きこもってこれ(小説)だけやっていればいいよって言われたら、僕は何もいらないなと。自分の引きこもり体質に、57歳になって初めて気づきました(笑)。

    ―― 小説「愚者譫言」は、どんなふうに書き進めていったんですか?

    4月に外出自粛で自宅にこもっていた時期、小説を書くしかないと思い立って書き始めました。

    「愚者譫言」あらすじ
    “たった三行の説明台詞、頭には入っているのにアウトプットされない。テストでは言えたのに本番では出てこない”――京都へ撮影に出掛けた役者の「私」は、たった三行の台詞が出て来なくなり、廃業を考え始める。辿り着いたある寺で出会った、麗しい国宝の弥勒菩薩。そこから運命の歯車が動き始める。

    バスの中「プロローグ」/ 取調室「第一話」/ ガベル「第二話」/酒場「第三話」/ 伴走「第四話」/ 土の中「第五話」/ かさぶた「第六話」/ オペ室「第七話」/ 仇討ち「第八話」/ 日当「第九話」/ 独房「最終話」/ 鯖煮「エピローグ」

    最初に書いたのは「伴走」です。以前に「マラソンのペースメーカーが、30キロ地点を越えてもコースから離れずに走り続け、トップでゴールして皆をがっかりさせた」という話を聞いたことがあって、「残念に思われる勝者」という存在が非常に面白いなと記憶に残っていました。

    俳優も、脇役なのに芝居で目立とうとすると、悪目立ちして作品を台無しにしてしまう。それと近いような気がしたんですね。それから何編か書いているうちに「これは一貫した話になりそうだ」と思って、プロローグ、つまりこの話の出発点を作ったら、エピローグまでダーッとすべてが繋がったんです。

    最初と最後が決まったら、あとは何両編成の列車にするかだけ。そこからは一気に書き上げました。もし読んでくださった方が「面白い」「ほかの話ももっと読みたい」と言ってくだされば、いくらでも足せそうだと今も思っています。もっとも、視聴率5%でも続く番組でやってきたので(笑)、100人のうち5人でも面白いと言ってくだされば満足ですけれどね。

    ―― いま“脇役”のお話が出ましたが、本作の主人公、どのお話でも最初のうちは必ず自分が主要人物の役だと思い込んでいるんですよね。毎回、思わず笑ってしまいました。

    そういう時期ってあるんですよねえ。どんな時でも自分にスポットライトが当たっていると思っている。それが、だんだん世間が見えてきて、どこかで「どうもそうじゃないらしいぞ」と気づくんです。スポットライトを当てる側だったり、当てる役ですらなくて、その介助役だったり。それは俳優に限らず、社会の中で生きていてもいくらでもあるでしょう。でも、脇役ばかりじゃない。見る角度を変えれば、主役も変わりますから。

    それから“役を演じる”というのも、俳優に限りません。会社勤めの方たちの中にも、ステイホーム期間、会社でなく家にいる時間が長くなった時に「俺、部長だったはずだけど、部長の役って何なんだっけ」「上司の役をずっとやってきたけど、周りは俺のこと、誰も上司だと思ってないんじゃないだろうか」ってふと考えた人はきっとたくさんいただろうなと思うんです。

    役を背負うってことは、生きていくうえで楽でもあるし、苦痛でもある。そもそも、自分の役を誤解していることだってある。どこに物語があって誰が主人公かなんて、本当は誰にもわからないんです。決めないで漂っているほうが絶対に面白い。そういうことを、面白おかしく書けたらなと思いました。

    ―― その考えに至るきっかけには、本作にも登場する広隆寺の「木造弥勒菩薩半跏思惟像」の存在があったと思います。松重さんがこの弥勒菩薩像に出会ったのは、いつ頃のことですか?

    42、3歳頃の、京都での仕事が多かった時期です。NHKや民放の連ドラに出始めたあたりのことで、その日も現代劇のドラマの撮影で京都に入っていました。

    その頃の僕は、「あれこれやって稼がないと家族を養えない。でも、自分は俳優としてどうなりたかったんだっけ」とわからなくなり、非常に不安定でした。そんな時に、撮影所の真隣にある広隆寺を訪れました。弥勒菩薩を見ていたら何だか心穏やかになって、その足で三条河原町まで歩いて本屋に入り、般若心経の本を手に取った。そこで「あ、そういうことか」とわかったんです。「自我とかこだわりとか、そういうものを全部自分で取っ払ったうえで、本当に何もかも空っぽの“器”になりたかったんだな」と。

    そのことがステイホーム期間中、家に一人でいるとやっぱりどうしてもフラッシュバックするんです。だから小説を書くにあたっては、自然に“京都”が出発点と着地点になりました。

    「あ、そや、空っぽとな、無、ちゅうのは違うんもんなんやで」
    そう言って老人は烏丸御池のバス停で降りていった。
    二つの言葉がぐるぐる回る。
    あの日からか、自分の仕事が分からなくなった。(バスの中「プロローグ」より)

    ―― 空っぽの器であること、すなわち「空洞であること」という理想を見つけたあと、俳優のお仕事はどう変化しましたか。

    役を演じるのが非常に楽になりました。自分のなかみが空洞なら、役を出し入れするだけでいい。10数年経った今も変わらぬ理想です。

    たとえば「今度、あなたは猫村さんという役をやります。猫です。主人公です」と言われたとき、「どうやって役作りすればいいんだろう」「猫に見えるにはどうすればいんだろう?」と猫のことで頭をいっぱいにして現場に入ると、やりすぎて、かえって猫に見えなくなってしまうんです。つまり「猫に見せなければ」という不安をサブテクストであれこれ埋めようとして、かえって“埋めようとしている自分”が見えてきてしまう。

    リアリティというものは、自分が考える以上に周りが埋めてくれるものです。人物を作り上げるのは“その場に身を置いた時の空気”なんですから、役を演じようなんておこがましいことは考えず、空っぽの状態でただそこにちゃんといればいいんです、本当はね。とはいえ、自我や体調、不安、不満……いろんなものが渦巻いて、やっぱり完璧な空洞にはなりきれない。それも人間ゆえです。僕自身も空っぽにはなりきれていないですが、あの弥勒菩薩像の空洞に近づきたいなとずっと思っています。

    ―― いまこうやってお話を伺っていて、「愚者譫言」の主人公と松重さんがかなりシンクロしているように思えてきたんですが……。

    57歳になって、この主人公を自分が演じることは絶対にないなと思いますけどね。となると、もはや主人公は自分ではないので、書いている時は「彼が主人公を演じたら(短編に登場する)どの役もハマるんじゃないかな」という俳優さんを一人思い浮かべていました。

    ―― えっ、実在の俳優さんですか。

    そうです。誰なのかはお教えしませんよ(笑)。でも、彼はきっと40代くらいで、こういうことを考えながら演じてるんじゃないかなと思っています。

    ―― 最後に、アーティスト11名とのコラボレーションによる「愚者譫言」の読み聞かせ朗読ムービーについてお聞きします。向井秀徳さんをはじめ、現在公開されているだけでも豪華な顔ぶれですね。

    もちろんプロモーションとしての側面もありますが、今回「愚者譫言」を書いていて、自分の引きこもり体質のほかにもう一つ、気づいたことがあるんです。それは「書きたいだけじゃなく、自分の書いたものを自分の言葉でアウトプットして、誰かに聞いてもらいかったんだ」ということでした。外出自粛で家にいた時間が自分を“書くこと”へ向かわせたわけですが、書くことも、次の表現に向かうための手段だったのかもしれません。

    冒頭で「ブログを長くやってきた」と話しましたが、ブログではここ10年くらい「4行だけ書く」というのを週に1回のペースで続けています。僕らは俳優なので台詞をしゃべるわけですけど、言葉をいかに削れるか、余計なものをいかに入れないで伝えられるかをずっと考えてきました。

    芝居でしゃべるとき一番楽しくないのは、説明台詞です。あんな固有名詞たっぷりの説明なんて、日常生活では絶対にしないでしょう。本来なら「え、何? ……うん、うん。ん? わからない。何?」これだけの言葉でも声色の違いで物語になるのに、どういうシーンか具体的に理解してもらうために説明を入れなきゃいけない。そういうジレンマがありました。

    活字で書かれた物語も、朗読して“言葉”にすると、言葉としての響き、韻、リズムが出ます。楽器が加わることで、その空気感はさらに変わります。読み方やテンポによっても変わります。そうやってさまざまに変化する面白さを、ぜひ味わってみてほしいです。

    ―― 朗読ムービーを見て・聴いてから活字で読むと、また違った体験ができるかもしれませんね。

    もちろん、ご自分で声に出して読んでみてもいいですしね。初めて著作権者になりましたので(笑)、いろんな方がいろんな形で読んで、新しい楽しみ方を見つけてくださったら面白いなと思います。

    空洞のなかみ
    著者:松重豊
    発売日:2020年10月
    発行所:毎日新聞出版
    価格:1,650円(税込)
    ISBNコード:9784620326467




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