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  • “夜の暗さ”がささやかな日常に光を当てる 寺地はるな『夜が暗いとはかぎらない』インタビュー

    2020年09月16日
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    ほんのひきだし編集部 猪越
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    寺地はるなさんの、大阪のある町を舞台とした連作短編集『夜が暗いとはかぎらない』。第33回山本周五郎賞候補作に選ばれた本作は、それぞれ痛みや悩みを抱えた人たちが、人との縁をきっかけに少しずつ前を向いて歩き出す、温かさと勇気に満ちた物語です。そんな本作の魅力と込められた思いについて、寺地はるなさんにお話を聞きました。

    夜が暗いとはかぎらない
    著者:寺地はるな
    発売日:2019年04月
    発行所:ポプラ社
    価格:1,760円(税込)
    ISBNコード:9784591162743

    あらすじ
    大阪市近郊にある暁町。閉店が決まった「あかつきマーケット」のマスコット・あかつきんが突然失踪した。かと思いきや、町のあちこちに出没し、人助けをしているという。いったいなぜ――? さまざまな葛藤を抱えながら今日も頑張る人たちに寄りそう、心にやさしい明かりをともす13の物語。

     

    朝・昼・夜のタイトルに込めたもの

    ――まずは本作を書かれたきっかけについて教えてください。

    「asta*」で連載を始めるときに、自由に短編を書いてくださいと言われて書き始めたのですが、一編を書いたらさらにその周辺の人の話を書いてみたくなり、結果的にこのような形の連作になりました。

    その中で、小説全体の縦軸となるようなものが欲しいということから、ゆるキャラはどうかと編集の方からご提案をいただきまして。自分では思いつきもしなかっただけに、やってみたらおもしろいかなと思いました。

    ――表紙にも描かれている「あかつきん」ですね。ゆるキャラの縫製工場にも見学に行かれたとのことですが、作品に与えた影響はありますか?

    依頼を受けて作っているみなさんが、着ぐるみの一体一体を「この子」と呼んでいらっしゃるのが印象的でした。単なる物ではなくて、生き物みたいに大事に扱っている。そういう思いを感じたことは、とても大きかったですね。

    ――その「あかつきん」の失踪に絡む物語が、「朝が明るいとはかぎらない」「昼の月」、そして表題作の「夜が暗いとはかぎらない」ですね。物語全体もそれぞれからはじまる3部構成となっています。

    連載中は、全体を通してのタイトルは決まっていませんでした。ただ改めて読み返してみると、眠れなかったり、次の日が憂鬱だったり、うっすら暗い毎日を過ごしている人の話が多いなと。

    鬱屈を抱えている時って、「明けない夜はない」といった前向きな言葉に逆にしんどくなることもありますよね。朝が来てもその問題が解決するわけではないですし。なので、「朝が明るいとはかぎらない」という言葉をタイトルのどこかで使おうと思っていました。

    私にとって小説は、読む前と読んだ後で少しだけ気持ちが違って、徐々に前を向いていけるような読後感だといいなと思っています。明るさに救われるとは限らないように、逆に夜の暗さに救われる人もいるかもしれない。そこから「夜が暗いとはかぎらない」というタイトルが生まれ、「昼の月」には見えないものでも確かに存在するという意味を込めています。

     

    「ささやかな日常」のすごさを書きたかった

    ――作品の舞台となる暁町は、「大阪市内にほど近い、人口十万ほどの市のはじっこあたりにある町」と書かれていますね。

    大阪にはいろいろな町があるのですが、小説などの舞台になるのは大阪市内の有名な場所が多いですよね。そこで観光地でない、生活するための町を書いてみようと考えました。

    「ささやかな日常」という言葉はよく使われますが、それらは当たり前に続くものではないと、ずっと思っています。「それがいまそこにある」ということは、本当はすごいことなのだということを書きたかった。

    だからこそ、大阪の町とはなっていますけれど、日本中のどこにでもこういう町はあるのではないかと、読んだ方に思っていただけたらいいですね。

    ――13の物語が収録された本作には、老若男女を問わずたくさんの人物が登場します。彼らが次の主人公にバトンを渡すような形で物語が展開していきますが、それぞれのキャラクターや関係性はどのように設定されたのですか?

    どの人物もしっかり作り込んだわけではなくて、浮かんできた順に書いていきました。女の人が出てきたから次は男の人、30代ぐらいの人が続いたから次は子どもにしよう、年配の人も書いてみたいなという感じで登場させています。

    次の主人公となる人物も、前の一編を書いてしまってからこの人にしようかなと決めていきました。後半になるにしたがって登場人物が増えたので、すでに出てきた人を再登場させることは考えていましたけれど、そこまで緻密に計算したわけではなくて、登場人物たちが勝手に出てきたようなところもあります(笑)。

    ――年配の人物では、何度か登場する「トキワサイクルのおじいさん」が印象的でした。特に「バビルサの船出」は同級生の死にショックを受ける孫に、死は単なるおしまいではないことを伝える、本作の核となるような一編ですね。語られる死生観は、もとからテーマとされていたことなのでしょうか?

    具体的に書こうと決めていたわけではないのですが、やはり作品の中には自分の中にある考えが出てきてしまうところはあります。人の死にかかわる内容だったので、実はあの話は安易に書いていいものかどうか悩みました。ただ、この短編を好きだとおっしゃってくださる方がたくさんいらっしゃるので、いまは書いて良かったなと思っています。

     

    「自分らしい生き方」を描く意味

    ――ご自身で気に入っているキャラクターはいますか?

    最初の方に出てくる「リヴァプール、夜明けまえ」の主人公のお母さんですね。私も子どもが小学生になったとはいえ、子育て中という状況が近いだけに思い入れがあります。

    ――中盤にある「グラニュー糖はきらきらひかる」も、それぞれの子育て中に同じように周囲の言葉に傷ついてきた義母と嫁が、孫の成長を通して心を通わせていく一編です。この物語だけでなく、本作は視点人物が入れ替わっていくことで、一人の人物のさまざまな面が浮かび上がってくるのも読みどころですね。

    誰かの内面を窺い知ることは難しいですし、その内面と外見がまったく違っていることもあるでしょう。一人の人間の中にも多様な面が存在するので、一面だけ切り取って良い人、悪い人と色付けするのはあまり意味がないと思っています。それぞれの人物をいろいろな人の視点から見ることで、そういったことが表現できていればうれしいです。

    ――厳しい状況に置かれている人や、「普通」といった言葉に苦しめられているような人たちが多く登場しますが、これまでも寺地さんは「自分らしい生き方」を探す人々を書かれてきたと思います。そこにはどのような思いが込められているのでしょうか。

    31歳の時に九州から大阪に出てきて、その後1~2年して子どもが生まれました。その後ずっと家にいたのですが、育児で精いっぱいで、ニュースを見る余裕もないし、世の中で起こっていることもわからない。自分が役に立たない人間のように感じて、とてもしんどい思いをしました。

    でもその状態を抜けた今は、そんなことを考える必要は何一つなかったなと思います。誰でも働けなくなったり、それまでできたことができなくなったりする可能性はありますが、誰かの役に立つかどうかといったことで価値を判断しないでいられる世界になったらいいなと思います。

    一方で、いつも作品に対して「やさしい」「心温まる」と言っていただけるのですが、やさしいというのは嫌なことを言わないとか、怒らないということではないと思っています。おかしいと思うことはそう言えるのがあるべき姿だと思うので、作品にもそういうことを書いていきたいですね。

     

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