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今回は、新刊が出れば必ず読むし、言動すらも気になる作家の作品を取りあげる機会がめぐってきた。小説という手法を用いながらジャンルを超越して様々な人に影響あるいは刺激を与えてきた作家の代表として1934年生まれの筒井康隆がいる。わたしは10代後半から愛読してきたし、その動向に注目してきた。わたしの周囲のSFファンも同様で、筒井康隆はいわば(文化的)アイドルであった。「わが最高傑作にして、おそらくは最後の長篇」と銘うたれた筒井康隆『モナドの領域』は、河川敷で片腕が発見されたところから幕を開ける。猟奇的な事件かと思われたが……。
やがて美大の老教授が奇妙な言動をはじめた。自分が神であるとして公園で人々を集め、「神」から「人」への哲学的な問答を始めたのだ。やがて平凡な郊外の日常が歪みだし、その歪みは法廷へと移り、作者から読者へのメッセージと思われる記述に行き着く。巻末に参考資料として挙げられたライプニッツ等の著作も気になるところである。
やはり10代後半から漫画家として愛読してきた山上たつひこの『枕の千両』は久しぶりの小説、しかも書き下ろし長篇小説である。本作は金沢を想わせる地方都市を舞台にしたハードボイルド小説。ただし、何故か人が眠る時に頭をのせる枕(内部は蕎麦殻)の千両が主人公、彼の一人称で様々な事件と彼を取り巻く人々が語られる。本書は文体が絵である作者の本領が発揮された快作。主人公が「枕」でなければ……という仮定は意味がない。
1929年生まれのアーシュラ・K・ル・グィンもわたしの愛読してきた作家の一人。両性具有種族を描いた『闇の左手』で初めて性差の問題を意識したし、「ゲド戦記」シリーズの美しさ哀しさに惹かれた。本書『世界の誕生日』は早川書房創立70周年記念ハヤカワ文庫補完計画の一冊として刊行されたもの。『闇の左手』と同じ世界を描いた6篇を含む8篇を収録。文化人類学やフェミニズムの流れで語られがちだが、奇を衒わないストーリーも魅力。
佐藤亜紀の『吸血鬼』は、自分より歳下ながら常にその動向が気になる作家の最新作。小説誌での連載時から注目していた本作は、オーストラリア帝国からの独立運動が胎動し始めた19世紀のポーランドが舞台。田舎の村に赴任してきた役人ヘルマン・ゲスラーとその若き妻は、村で次々と起こる死と向き合うことになる。やがて、その死の連鎖を祓うべく陰惨な因習が湧き起こってくる。
怪異を歴史の重層性の中に描きつつ人間の営みに愛おしさを織り込んだストーリーと流麗な文体と小説表現への果敢な挑戦が美しく融合した傑作。
新しい作家を2人紹介しておきたい。デビュー長篇が英国SF協会賞・ヒューゴー賞・ネビュラ賞・他、7冠を獲得したアン・レッキーと英国SF協会賞を受賞したガレス・S・パウエルだ。
アン・レッキーの『叛逆航路』の主人公は、元々は宇宙戦艦のAIであり、その人格・個性を多数の人間の肉体に転写して情報や感情を共有する存在である。共有する人体は属体と呼ばれる宇宙戦艦の操る生体兵器であり、自身の分身でもある。
ある裏切りに遭い艦も大切な人たちも多数の属体もなくした主人公の復讐が始まる。本書は3部作の第1部ということだが、ためらうことなく直ぐに読んだ方がいい。蛇足ながら、巻末の用語解説は最初に眼を通し、読みながら適時参照することをお薦めする。
ガレス・L・パウエルの『ガンメタル・ゴースト』は、1956年にフランスからの申し入れで英仏が、政治経済において統一されてから100年が経過した世界が舞台。デジタルでの不死、トランスヒューマニズムを背景にしているがスチーム・パンクな世界のアクション小説として楽しめる。