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  • キレキレに踊れる小説家が描く「競技ダンス」の世界へようこそ:二宮敦人インタビュー

    2020年05月01日
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    日販 ほんのひきだし編集部 猪越
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    単行本・文庫の累計が22万部を超えるノンフィクション『最後の秘境 東京藝大 天才たちのカオスな日常』のヒットが記憶に新しい作家の二宮敦人さん。

    「これまで黙っていたが、僕は踊れる小説家である」という一文から始まる二宮さんの最新作が、3月17日に発売された『紳士と淑女のコロシアム 「競技ダンス」へようこそ』です。大学の競技ダンス部を舞台に、闘技場(コロシアム)で繰り広げられる過酷な、そしてとびきり楽しい世界を描く本作について、お話を伺いました。

    二宮敦人(にのみや・あつと)。1985年東京都生まれ。一橋大学競技ダンス部「一橋ALL」卒(学部は経済学部)。累計40万部を超える「最後の医者」シリーズ、累計20万部を超える「!」シリーズをはじめ、ミステリ、ホラーからライトSF、ノンフィクションまで著書多数。

    紳士と淑女のコロシアム「競技ダンス」へようこそ
    著者:二宮敦人
    発売日:2020年03月
    発行所:新潮社
    価格:1,815円(税込)
    ISBNコード:9784103502920

     

    実体験をもとにダンスの楽しさを作品化

    ――本書の主人公は、大学時代に競技ダンスに出合い、現在は作家をしている「僕(ワンタロー)」です。実際に、二宮さんは大学の4年間、体育会の競技ダンス部に所属されていたそうですね。本書の冒頭で担当編集者との打ち合わせ中にダンスの話題になるシーンが描かれますが、これは実際にあった出来事なんですか?

    まさにあんな感じでしたね。「次の題材は何にしましょうか」というお話をしていく中で、ダンスが一度浮上したものの踏ん切りがつかなくて、一度はお断りしました。部活はすごく楽しかったんですが、かなりつらい思い出もありましたので、それを振り返って書くとなると相当大変だろうなと思ったんです。

    でもダンス自体のおもしろさは、もっとみなさんに知って欲しい。何らかの形で文字化したいなという気持ちはずっとありました。

    ――本書は「自伝的ドキュメントノベル」と銘打たれていますね。

    最初は小説にしようとは思っていなくて、ノンフィクションとして書くつもりでした。でも部活での4年間をノンフィクションで書くと、とても冗長になるしキャラクターが多すぎて煩雑だなと。それにたとえ本質を突いている話も、人によっては気分のいいものではないかもしれません。

    主人公の物語も、事実をそのまま書いてしまうともうちょっと淡々としているんです。それだと読んでくれている方に申し訳ないので、エンターテインメントとして楽しめるように脚色を加えています。

    ――ダンスに熱中するあまり留年を重ねる先輩がいたり、卒業後の進路に大きく影響したり、仲間たちのキャラクターやダンスとの関わり方はそれぞれ個性豊かです。彼らも実在の人たちをモデルにしているのですか?

    完全に架空のキャラクターは一人もいないと思います。奇抜な行動をとっている人が何人かいますけれど、ほぼ実際にあったことでさほど作ってはいません。

    その分、競技ダンスのグループLINEでもこの小説の話題が出ているらしくて、いたたまれない思いではあります(笑)。

    ▲アフリカ、ワサビ、ポッキー、サマンサとあだ名だけ見ても曲者ぞろいのダンス部。主人公のあだ名は、実はこの装画を見て“ワンタロー”に変更されたそう。

     

    衣装はディズニープリンセスのドレスか水着!?

    ――「試合中に頭髪が揺れてはならない」という謎のルールや、独特な衣装やメイク、練習風景など初めて知る事柄が満載でした。

    競技ダンスには「モダン」と「ラテン」の2種類があって、そのうちどちらかを専攻するのですが、モダンの男性は燕尾服で女性はディズニープリンセスのようなロングドレス、ラテンの男性は“全身タイツ”みたいなぴったりした衣装で、女性も水着のような露出の高いものが多いです。

    男性は耳や襟足に髪がかからないよう整髪料でカチカチに頭髪を固めたり、ラテンの人はメイクやローションで肌を色黒に塗ったりします。

    ――なかなか勇気のいる衣装もありそうですが、踊っている間はとにかく笑顔を要求されるなどアピールが大事だそうですね。それはダンスの採点方法に「明確な決まりがない」ということにも関係しているのでしょうか?

    試合ではフロアで12カップル程が一斉に踊るのですが、不思議とどんなに遠くにいても目に飛び込んでくる人たちがいるんです。その一方で、その他大勢になってしまう人もいる。ダンスには「この技術で何点」といった採点基準がない分、審査員はいわば主観で順位をつけるのですが、誰が見てもその差は歴然なんです。

    自分も一番目立つ人になりたくて必死に踊るんですが、あとでビデオを見返すと地味でがっかりすることも。自分たちのほうがちゃんと重心移動ができているはずなのに、相手のほうが格好良く見える。そのギャップにみんな苦しみます。

    衣装もアピールのひとつではありますが、どうやったら勝ちたいという気持ちがちゃんと踊りに出て結果に結びつくのかというのは、技術だけじゃない、抽象的な世界なんです。

    ――極めようともがく登場人物たちの姿は、まさに求道者のようだと思いました。

    気持ちで負けていたのかな、こだわりが足りなかったのかなと思うとどうしてもそうなってしまうんです。掴みきるところまではなかなかいけないので、気づくとダンスに取り込まれている。恐ろしい競技だと思います(笑)。
    ▲学生時代の二宮さんが躍る様子がこちら。二宮さんは「モダン」専攻だったそう。

     

    「親と子」の関係も競技ダンス部ならでは

    ――もう一つ、部活ならではの人間関係の濃さも本書の読みどころのひとつですね。

    濃いですよね。しかもこれでもちょっと濾しています。どこの部にもあることですけれど、これに恋愛関係が関わってきて掛け算になるので、現実はさらにややこしいことになります。

    ――男女がカップルで踊る競技に恋愛のいざこざが絡むと、影響がかなり大きそうです。

    それでもダンスを一生懸命やりたい、勝ちたい気持ちはみんな同じなので、根っこはつながっています。試合に勝つのは難しいということをいやというほど知っている同士なので、そこで同じ女性を取り合っても、ライバルの気持ちもわかってしまう。完全な敵には見えないというのはありますね。

    そういった面では、会社生活に似たようなところがあるかもしれません。社内恋愛でトラブルがあったとしても、利益を追求するという一つの目的のためにみんな働きますよね。ダンスを「社会の縮図」と言った先輩がいましたが、すごい納得感があります。

    ――「固定」というカップルに選ばれないと、大学の選手として個人戦には出られないという仕組みもハードですが、「親の代」「子の代」という関係が連綿と受け継がれているのもおもしろいと思いました。

    固定の相手となるパートナーを決めるのは、親の代といわれる2学年上の先輩です。ダンスはどうしても男女の関係に喩えやすいのですが、固定はいわば“結婚”で、その世話をするのが親という感じですね。

    そういうこともあって親と子の代の関係は特別でしたし、いま自分が子どもを持って振り返ると、確かに2つ下の代を子どものようなものとしてとらえていた気がします。かわいいだけでなく、「成功してほしいな」「自分たちが受け継いできたものをつないでいかなきゃな」と。そういう意味でも社会の疑似的な関係だったといえるかもしれません。

    ――当初は作品化を拒まれたとのことでしたが、まさにネタの宝庫ですね。

    そうですね(笑)。やるからにはちゃんとやらなきゃと腹をくくったら、ネタは大量にありました。これでもかなり削ったくらいです。しかも10年後改めて当時の人に会うと、「えっ、そうだったの?」という話がかなりありました。

    ――本書の中でも作家となった主人公が、当時の仲間たちに連絡を取り話を聞いていきますが、実際には何人くらいの方に取材されたのですか?

    20人は超えていると思います。中には話自体はおもしろくても、物語の流れとして入れられないものもあって。

    そのうちの一人が「金スマ」の社交ダンス部でキンタロー。さんとペアを組んでいたロペスくんで、筋トレとダンスの関係について熱く語ってくれました。彼は、「人間は美しくあるべきで、その点においてダンスと筋トレは共通している。だから筋トレとダンスをやる」といって、鍛えているんです。

    彼は高校までは柔道部で、大学では物理を研究していました。それがいまは体を鍛えながら、お笑い芸人をやっている。競技ダンス部に入っていなかったら、そういった道には行かなかったかもしれないですよね。

    僕もダンスをやったからこの本を書けたわけですし、競技を通していろんな人が何かを発見したんじゃないかなという気がします。

     

    同じ傷を負ったからこその共感

    ――作品は大学時代のワンタローと、現在の「僕」の視点で交互に描かれていきます。こうした構成にしたのはなぜですか?

    最初は苦しいところは書かず、楽しいところだけを書いてライトな読み心地の本にしようと思って書き始めたんですが、いろんな人に話を聞いていくと、そういう濃い話がたくさん出てくる。その話がおもしろかったので、これも書きたいなと。

    だけど競技ダンス部ならではの苦しみは、体験した人でないとピンとこないかもしれない。そもそも「固定」といった用語もなじみのないものだと思うので、ある程度ダンスの知識を得てもらって、そこから10年後の話につなげようと考えたんです。

    その過程では僕のエゴも多分に出てしまう予感がしたので、一番苦しいところとそれが救われていく現在を重ねていけば、読む方のストレスが少なくなってくれるのではないかなと思いました。

    ――どんなに努力しても勝てないつらさだったり、競技ダンス部という組織における人間関係の難しさだったり。それが“社会の縮図”である分、どんな人にも思い当たる感情のような気がします。その感情を辿り直すことで、ワンタローと同じように救われる人も多いのではないでしょうか。

    それはたぶん、僕が取材して感じたことに近いのかもしれません。最初は痛いのは自分だけだと思っていたので振り返りたくなかったんです。しかし、いろんな人の話を聞いていくと、「つらかったのは自分だけじゃないんだ」という気持ちになりましたし、そこで初めて自分の痛みを客観的に見られるようになって、楽になりました。

    10年ぶりに会った先輩とも共感しながらお話しできたこと自体、同じ傷を負ったからだと思うと、あの体験ができてよかったという気持ちになってきて。一種、僕が癒された過程がそのまま本に表れたかなという印象です。

    この本を部活のOB会長に渡しに行って、「ダンス部で4年間やったことを、やっと消化しきれた感覚があります」と伝えたら「大人になったね」と言われました(笑)。

    ――自伝的という要素も踏まえ、二宮さんにとって本書は特別な作品になったのではないですか?

    新しい取り組みになりましたね。それは狙ったわけではなくて、やりたいことをやるのに結果的に必要だったということではありますが。いまは形になってよかったなという思いと、ダンスという文化を持ってきた人、つなげてきた人、競技ダンス部を作ってくれた人に、こうして本にまでできてありがとうという感謝の思いがあります。

    そして、読んでくれた方にダンスの楽しさが伝われば何よりですね。

    音楽に合わせて体を動かすことは、思った以上に楽しいです。僕はいまだに機嫌がいいと踊ります。酔っぱらっていたり、音楽が流れてくると体が自然と動くんです。いまはこういう状況なので難しいとは思いますが、ダンスをやったことのない方には、もしよかったら今後その楽しさを体験してみてほしいなと思っています。

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