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元タイトル:
村上春樹の翻訳で有名なアメリカ人翻訳家が編んだアンソロジー『ペンギン・ブックスが選んだ日本の名短篇29』
日本はかねてより「翻訳大国」といわれ、翻訳出版物が多く刊行されており、手に取りやすい環境にあるとされています。統計資料によって裏付けられているわけではありませんが、少なくとも文学に限っていえば、確かにさまざまな国・言語の作品が翻訳されており、大きな書店の海外文学コーナーを覗いてみると、そのラインナップの豊富さに驚かされます。
「出版社が海外文学シリーズを設けている」というのも、その証拠の一つといえるかもしれません。たとえば新潮社には「新潮クレスト・ブックス」、白水社には「エクス・リブリス」というシリーズがあります。新潮クレスト・ブックスは2018年に20周年、エクス・リブリスは昨年10周年を迎えました。
一方で「海外における日本文学の立ち位置」に目を向けると、村上春樹や吉本ばななの作品が世界で広く読まれていることや、中国で東野圭吾作品が人気を博していることはよく知られていますが、日本文学全体として著しく輸出が進んでいるという印象は、これまであまりありませんでした。
しかしそのような状況のなか、2018年9月、イギリスの大手出版社「ペンギン・ブックス」から、日本の短篇を集めたアンソロジー『The Penguin Book of Japanese Short Stories』が刊行されました。
編者は、村上春樹作品の英訳を手がけたことで知られるジェイ・ルービン。そして、その“逆輸入版”にあたるのが、2019年2月に刊行された『ペンギン・ブックスが選んだ日本の名短篇29』です。
日本と西洋、男と女、近代的生活その他のナンセンス、災厄など七つのテーマで選ばれたのは、荷風・芥川・川端・三島、そして星新一・中上健次から川上未映子・星野智幸・松田青子・佐藤友哉までの二十九の珠玉。村上春樹が収録作品を軸に日本文学を深く論じた、必読の序文七十枚を付す。(新潮社公式サイトより)
村上春樹による序文「切腹からメルトダウンまで」(30ページもの大ボリューム!)も必読の、このアンソロジー。本書には、大きな特徴が2つあります。
1つ目は、収録されている29の短篇が、いくつかの独特なテーマに分類されていること。具体的に挙げると、以下の7テーマです。
・日本と西洋 Japan and the West
・忠実なる戦士 Loyal Warriors
・男と女 Men and Women
・自然と記憶 Nature and Memory
・近代的生活、その他ナンセンス Modern Life and Other Nonsense
・恐怖 Dread
・災厄 天災及び人災 Disasters, Natural and Man-Made
また、このうち「災厄 天災及び人災」に区分された作品は、さらに細かく5つに分けられています(「関東大震災、一九二三」「原爆、一九四五」「戦後の日本」「阪神・淡路大震災、一九九五」「東日本大震災、二〇一一」)。
年代順の配置でなく、作風・主題に沿って作品がまとめられているのが新鮮です。
もう1つの重要な特徴は、収録されている作家・作品が、必ずしも「定番」「傑作」扱いされているものばかりではないこと。
むしろ数としてはそうでないもののほうが多く、村上春樹も序文でそのことを指摘しています。
たとえば、森鷗外や川端康成は間違いなく日本を代表する作家ですが、本書に収められているのは「舞姫」や「高瀬舟」「雪国」などではなく、「興津弥五右衛門の遺書」「五拾銭銀貨」という、決してメジャーとはいえない作品です。
また、澤西祐典(収録作「砂糖で満ちてゆく」)や佐藤友哉(収録作「今まで通り」)などは、重鎮・ベテランというよりは若手・中堅で、もしこの本が、すでに評価の定まった作品を単純に集めるようなものだったら、おそらく収録されていなかったことでしょう。
そういった理由から『ペンギン・ブックスが選んだ日本の名短篇29』は、日本の読者にとっても「予期せぬ秀作との出会い」をもたらす本である、といえそうです。
『The Penguin Book of Japanese Short Stories』が海外でどれくらい売れ、読者からどのように評価されたかは分かりませんが、偶然にも本書刊行後の2018年11月、多和田葉子が、アメリカで最も権威ある文学賞のひとつ「全米図書賞」を受賞しました。さらに翌12月には、アメリカの有名雑誌「ザ・ニューヨーカー」において、村田沙耶香の『コンビニ人間』が「The Best Books of 2018」に選出。日本文学の躍進を思わせる出来事が続いています。
また今年3月5日には、又吉直樹の芥川賞受賞作『火花』が欧米圏デビュー。英語版は『spark』のタイトルで、イギリスで刊行されました。
これからも、日本文学の面白さが世界に知られていくことを願うばかりです。