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誰もがうらやむ夫、かわいい娘。“何も問題のない生活”を過ごしていた、はずだった塔子。
しかし塔子は、10年ぶりにかつて愛した男・鞍田に再会する。
当時の塔子は学生で、鞍田は既婚者。2人の関係は「そこで終わり」だったはずなのに――
センセーショナルな内容で賛否両論を呼んだ島本理生さんの小説を、夏帆さん、妻夫木聡さん出演で映画化した『Red』。本作でメガホンを取ったのが、“家族”の結びつきを描いた『幼な子われらに生まれ』で絶賛を受けた三島有紀子監督です。
「愛する人」に再び出会ってしまったことで生まれた、もう一つの選択肢。物語をどのように解釈し、再構築していったのか。映画オリジナルの結末についてもお話を伺いました。
撮影:池田 正之
三島有紀子(みしま・ゆきこ)
大阪市出身。NHKで「NHKスペシャル」など“心の痛みと再生”をテーマに、ドキュメンタリー作品を企画・監督していたが、劇映画を撮るため退局。『幼な子われらに生まれ』(17)で、第41回モントリオール世界映画祭審査員特別大賞、第42回報知映画賞監督賞、第41回山路ふみ子映画賞を受賞。他監督作品に『しあわせのパン』(12)、『繕い裁つ人』(15)、『少女』(16)などがあり、各国の映画祭への招待や韓国・台湾での劇場公開も果たしている。
―― 前作『幼な子われらに生まれ』撮影時に「いつか男と女の話を撮らないといけない」と感じていたところへ、島本理生さんの小説『Red』を薦められたことが、今回の映画化につながったのだそうですね。
『幼な子われらに生まれ』は家族がテーマの作品でしたが、家族になる以前に「夫婦」だし、それ以前に「男と女」なわけですよね。そういう“一つの共同体が生まれる前”をきちんと撮りたいと思っていました。
私にとって映画を作ることは、「人間ってどういうものなんだろう」と研究することとほぼ同義です。そのことは、いつも考えています。
『幼な子われらに生まれ』で、信(浅野忠信)と友佳(寺島しのぶ)は生き方の違いでいさかいになりますよね。友佳はキャリアウーマンで、まだまだ働きたいから子どもはまだ生みたくない。それに対して信は「なぜ堕ろしたんだ」と責め、友佳も「理由は聞くけど、私の気持ちは聞かないのね」と返します。
そんなふうに喧嘩していながら、そのあと2人は“男と女”としてセックスをしてしまう。この複雑さを掘り下げて、見つめてみたいと思ったんです。
――『Red』を拝見して一番印象的だったのが、主人公の塔子(夏帆)、彼女とかつて男女の仲だった鞍田(妻夫木聡)、塔子の夫・真(間宮祥太朗)という3人が「誰も悪者に思えない」ということでした。塔子は家庭を捨てたかったわけではないし、真にしても、彼なりに塔子を愛して、理解したいと思っているんですよね。
悪者を作らないというのは、かなり意識しました。実際のところ「悪者」って、その人の見方次第だと思うんです。純粋な悪者ってそうそういない。どういう環境で育ち、何を常識に思い、何を大切にして生きてきたか。そういう価値観がズレたときに、相手に対して息苦しさを感じるんですよね。
なので、映画化にあたっては塔子と真の“階級や文化の差”を強調して、そういう2人が恋愛したときに生まれるズレもきっちり描くようにしました。日本社会って、ほとんどが同じような中堅層だとイメージしがちですけれど、真のような“経済を中心と考える上流階級の暮らし”は現実に存在します。村主家の邸宅も、セットではなく、実際にある方が自宅として使っていたものなんですよ。
さきほど「人間とはどういうものかを研究すること」と言いましたが、私の仕事って、本当にほとんどが「その人物をとことん見つめて、リアリティをもって感じていただけるようにふくらませること」なのかなと。小さい頃にどんな経験をして、どんな音楽を聴き、どんな文学に触れ、どんな人と出会い……どんな店で服を買うのかまで、できる限り細かく想像します。
「こういう映像を撮ろう」「こんなカット割りにしよう」と考えるのは、最後の最後の、いよいよ最後という段階の仕事。その人物を掘り下げて、どんな役者さんに体現してもらうのがいいかを考えたあと、役を受けていただけたら、その方と一緒にもう一度どういう人間なのかを考える。そうやって、立ち方、歩き方、かばんの持ち方まで、すべてを一緒に作っていくんです。
なのでやっぱり、一人ひとりのキャラクターを見つめていくのが一番大きな仕事だし、一番長く時間がかかりますね。
―― 映画化にあたっては、鞍田の職業が建築家に変わっていますね。家という居場所が欠落しているさみしさ、言葉少なな佇まい。もちろん妻夫木聡さんが演じていらっしゃることも多分に影響していると思うんですが、かなり色っぽくてドキドキしてしまいました……。
鞍田の色っぽさも、映画化にあたり意識したところです。「どうやったら鞍田の魅力的な部分がより伝わりやすくなるだろう」と考えて、映画では建築家にし、あまり多くを語らないキャラクターにしました。
それから、私はいつも、役者さんの肉体から生まれるものを大事にしたいと思っています。脚本に書いてあっても「そのセリフはこの肉体からは出てこない」というのもありますし、逆に、セリフとして書かれていないけれども「肉体から出てくるもの」というのが確実にあります。役者さんがその人物を体現し、体の中で生んでくれたものをていねいに汲み取っていった結果、ベースにしていたものから映画がおのずと変化していったという側面もあると思います。
―― 色っぽさを感じたのは、音も影響しているのかなと思っています。音楽だけでなく、鞍田と塔子2人のシーンで彼らの息遣いが際立っていたのが印象的でした。
『Red』はロマンスなので、鞍田と塔子の「自分たちだけに聞こえる音だけで構成してほしい」と音チームに伝えました。今こうやって部屋の中で話しているとき、話し声以外にも空調の音や紙のすれる音、いろんな音がしていますよね。でも恋愛をしている2人は、聞きたいものだけを聞いているんです。相手の心音、自分の心音、吐息、そういう“2人にしか聞こえていない音”で構成してほしいと伝えました。
それから音楽に関しては、田中拓人さんに「少ない音で表現してほしい」と伝えました。鞍田という人物は、ただ口数が少ないだけでなく、塔子にとって「何を考えているのかわからない人」として登場します。自分の人生を惑わす悪魔かもしれないと思っていたけれど、実は天使だったのではないか?という揺らぎと変化。その転換を作ってほしいとお願いしました。耳を澄ましていると、「ここで変わった」というポイントに気づくと思いますよ。
ちなみに映画を観て、鞍田という男性に対してどんなふうに思いましたか?
―― そうですね……。正直なところ、自分が塔子の立場だったら「近くにいてほしくないな」と思いました(苦笑)。「今の生活が幸せ」と思っていたいので。
(笑)。そういう女性にとって、鞍田は“悪魔”ですよね。
私自身は、『Red』で一番感情移入したキャラクターが鞍田です。鞍田は、非常にシンプルに物事を考えていますよね。一番大事なものだけ残して、一番愛したい人に会いに行き、一番やりたかった仕事を成し遂げようとする。そういうところに共感するとともに、自分もそうありたいなと思うところがあります。だから、人によっては悪魔なのかもしれないですけど、彼のような人間を認めたいし、好きでいたいなと思いますね。
―― シンプルだからこそ、ますますこちらが揺らいでしまうんでしょうね。「実際は、そんなにシンプルに物事は立ち行かないよ」と思う人も多そうです。
塔子もそうですが、自分がどうしたいかを感じ取るよりも前に、世間に尺度を置いて「正しいか正しくないか」を考える人は多いように思います。
鞍田という人は、それに対して「その生き方でいいのか」「純度高く生きているのか」と問いかけてくる存在ですよね。劇中歌にジェフ・バックリィの「ハレルヤ」を選んだのも、それが理由です。本質的な問いを投げかける一方で、精霊のように自分に寄り添ってくれるような歌声でもある。鞍田と塔子を象徴する音楽です。
―― そんな問いかけに対して答えを出すように、塔子は、原作小説とは異なる選択をします。塔子が鞍田の存在によって揺らいだのと同じように、映画を観た人の、塔子の選択に対する反応もさまざまでしょうね。
塔子って、ずっと自分の居場所を探している人だと思うんです。母子家庭で育って村主家に嫁いで、やっと“何の問題もない家庭”を得たはずなのに、やっぱり“ちゃんとした家族”をできなかった。『Red』は、そんな彼女が「結局ここは自分の居場所ではなかった」と気づいてしまったあと、自分の居場所を探す旅に出る話です。
彼女の生き方を正しいとは思わないけれど、自分の人生を取り戻すためには、こういう生き方もありえます。共感にしろ反発にしろ、塔子の選んだ生き方を目の当たりにすることで、「心底愛せる人に出会ったときどうするか」、自分自身が取るであろう選択を見つめてもらえたらいいなと思います。
大雪の夜、車を走らせる男と女。
先が見えない一夜の道行きは、ふたりの関係そのものだった。
誰もがうらやむ夫、かわいい娘、“何も問題のない生活”を過ごしていた、はずだった塔子。
10年ぶりに、かつて愛した男・鞍田に再会する。
鞍田は、ずっと行き場のなかった塔子の気持ちを、少しずつ、少しずつほどいていく…。
しかし、鞍田には“秘密”があった。
現在と過去が交錯しながら向かう先の、誰も想像しなかった塔子の“決断”とは――。
出演:
夏帆 妻夫木聡 柄本佑 間宮祥太朗
片岡礼子 酒向芳 山本郁子 / 浅野和之 余貴美子
監督:三島有紀子
原作:島本理生『Red』(中公文庫)
脚本:池田千尋 三島有紀子
企画・製作幹事・配給:日活
制作プロダクション:オフィス・シロウズ
企画協力:フラミンゴ
2月21日(金)新宿バルト9ほか全国ロードショー
※映画『Red』はR15+作品です。
©2020『Red』製作委員会