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  • 映画『グッドバイ』成島出監督インタビュー:原点回帰ともいえる「喜劇」への思い

    2020年02月14日
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    日販 ほんのひきだし編集部 浅野
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    太宰治の未完の遺作を、奇才 ケラリーノ・サンドロヴィッチが舞台作品として“完成”させた『グッドバイ』。同作が成島出監督によって映画化され、2月14日(金)より公開中です。

    がんとの闘病を経たうえでの復帰作。『グッドバイ~嘘からはじまる人生喜劇~』の製作は、成島監督にとって“映画”そのものを考えることにもなったのだといいます。

    成島出(なるしま・いずる)
    1961年生まれ、山梨県出身。学生時代から自主映画を撮り、『みどり女』でぴあフィルムフェスティバルに入選する。1994年から脚本家として活躍した後、2004年に役所広司を主演に迎えた初監督作品『油断大敵』で、藤本賞新人賞とヨコハマ映画祭新人監督賞を受賞。その後も、岡田准一、堤真一主演の『フライ, ダディ, フライ』(05)、大沢たかお主演『ミッドナイトイーグル』(07)、堤真一主演『孤高のメス』(10)、役所広司主演『聯合艦隊司令長官 山本五十六 ―太平洋戦争70年目の真実―』(11)などのヒット作を世に送り出す。井上真央主演『八日目の蟬』(11)で絶賛され、自身の監督賞を始め、日本アカデミー賞11部門を独占する。その他の監督作に『ラブファイト』(08)、『草原の椅子』(13)、吉永小百合との共同企画で吉永が主演も務めた『ふしぎな岬の物語』(14)、『ソロモンの偽証 前篇・事件/後篇・裁判』(15)、『ちょっと今から仕事やめてくる』(17)などがある。

    あらすじ
    終戦から3年。戦後の混乱から復興へ向かう昭和のニッポン。
    文芸誌編集長の田島周二は、優柔不断なくせに、なぜか女にはめっぽうモテる。妻子ある身ながら気づけば何人もの愛人を抱え、ほとほと困っていた田島は、そろそろ疎開先から妻子を呼び寄せまっとうに生きようと、愛人たちと別れる決心をする。
    しかし気の弱い田島にとって、別れを切り出すのは至難の業。文士・漆山連行に指導を仰ぎ、田島は担ぎ屋のキヌ子に「嘘(にせ)の妻を演じてくれ」と頼み込む。実はキヌ子は、泥だらけの顔を洗えば誰もが振り返る美人だったのだ――

    ――『グッドバイ』の映画化は、監督が舞台をご覧になって、小池栄子さんの演じたキヌ子をいたく気に入ったのがきっかけだと伺いました。

    戦後の混乱から日本が復興へ向かう、昭和のあの時代に生きる女性として非常にかっこいいなと思いました。キヌ子が初めて舞台に出てくるのは食堂のシーンなんですが、足をガバッと開いて、まわりなんて全然気にせずに、ガツガツとものすごい量を食いまくる。その姿にものすごいパワーを感じたんです。

    キヌ子は、親の顔も知らずに育った貧乏な女性です。あの時代なら、夜の街に立つとか、女給さんをやるとか、男性に対して“女”を売りものにする人も多かったはず。キヌ子は実は美人ですしね。でも彼女は、「牛のような力持ち」という設定があるとはいえ、それをせずに自ら担ぎ屋を選んだわけです。それでいて、ボロアパート住まいながらモガの絵を飾ったりして、おしゃれが大好きで、映画を観に行くのを楽しみにしているようなかわいらしいところもある。そういうギャップも魅力的でした。

    ―― 担ぎ屋として男勝りに稼ぐのも、おしゃれをするのも全部「自分のため」というのがいいなあと思いました。

    キヌ子は、外見的ではない“内面の凛とした美しさ”をもった、現代の女性にも共感してもらえるキャラクターだと思いました。それに、復興へ向かう当時の日本のパワフルさを象徴するような存在でもありますね。舞台を見たときにそれを強く感じたし、映画でもそれを表現できたらいいなと思いました。

    ―― 主人公・田島に、大泉洋さんをキャスティングされたのはなぜですか?

    映画では、舞台よりもう少し軽妙でコミカルな感じにしたい。それで、映画で田島をやってもらうのは、あくまでジャック・レモンみたいな“二枚目半~三枚目”という感じの喜劇役者がいいなと思っていました。日本の俳優でいうなら、フランキー堺さんとか。

    ―― かっこよく見える“ときもある”という感じの。

    まさにそうです。それで、大泉洋という役者に辿り着いたという感じですね。北海道育ちの朴訥さと、人の好さ。もともと一緒にお仕事をしてみたかった俳優さんでもあったし、彼、すごくいい人なんですよね(笑)。それでお願いしてみたら、彼もぜひと言ってくれました。

    ―― 本作では、惚れっぽくて気の優しい田島という男が、愛人たちに“グッドバイ”を告げるため、キヌ子に「嘘(にせ)の妻を演じてくれ」と頼んだことから話が転がっていきます。実は、成島監督にはシリアスな作品のイメージがあったので、こういったコメディを撮るというのが意外でした。さらに映画化にあたっては、「嘘からはじまる人生喜劇」という副題が加わるなど、コメディとしての面がより強調されています。

    『八日目の蟬』をはじめヘビーな映画も撮ってきましたけど、僕自身はお笑いが本当に好きで、監督デビュー作の『油断大敵』もある意味人生喜劇といえる作品だし、原点回帰というのか、「そろそろ喜劇に戻りたいな」という思いがあったんです。

    そんななかでKERAさんも、グロテスクなものやヘビーな作品を手がけてきながら、このタイミングで『グッドバイ』のような舞台をつくった。同世代で、時代の感じ方が似ているのかもしれませんね。KERA版『グッドバイ』は、生命力あふれるキャラクターたちや「人間の幸せって何?」という実は深い問いかけを、カラッとしたコメディで描いているところが魅力的でした。

    僕は今の日本映画には、喜劇が足りないと思っています。昔はもうちょっと喜劇映画がたくさんあって、若大将シリーズの翌日に「浮雲」を観たり、「山椒大夫」を観たあとに小津安二郎さんの映画で笑ったりする豊かさがあった。でも最近は、人の苦悩とか、悲しみに満ちた人生とか、平穏だったものが崩れていくとか、いかにもテーマやストーリーの重たい、暗い作品が多いでしょう。そんな中で『グッドバイ』は、ただひたすら笑って観ていられるけれど、何も描いていないようでいて本当はまったく浅くない。そういう感じがすごくいいなあと、共感しました。

    ――『グッドバイ』のクランクイン直前にがんにかかっていることがわかって、撮影が1年延びたと伺いました。つまり、映画化に着手したのは、ご病気される前なんですよね。闘病を経て、『グッドバイ』にはどんな変化がありましたか。

    やっぱり、喜劇性は増しましたね。最初の頃はもう少し、戦後の厳しさや、それと闘ったり悩んだりする姿を描こうとしていた気がします。でも、がんになったことで「そういうのはもういいかな」「楽しいことを通しちゃえ」と思うようになりました。

    「キャンサーギフト」という言葉があるんですが、僕はがんになったことで、もともと持っていた「喜劇を撮りたい」という思いともあいまって、この作品で復帰できたこと、映画を撮れることのありがたさを強く感じました。大泉洋さんも小池栄子さんも、忙しい二人です。それでも待っていてくれて、撮影延期から1年ちょっとで『グッドバイ』はクランクインできた。普通なら、こんなふうに一度流れてしまったら、僕の体調も含めると2~3年はかかります。この業界においてすごく恵まれているなと思いました。

    「映画1本撮れるって、これだけありがたいのか」ということを、今回のことで、僕だけじゃなく皆が共有していたように思います。「とにかく“笑い”に徹しよう」「難しいことは、今回はナシね」という作品への臨み方も共有できた。

    だから『グッドバイ』のエンディングには、男女が結びついたり離れたりする単純なハッピーエンドではなくて、生かされていることへの感謝や、愛している人と出会う奇跡、そういう幸福感が自然に漂っていると思います。もともとそういうテーマで撮ってはきたけれど、病気になったことでそれがすごく具体的に変わったのを感じました。

    ―― おおもとの原案となった、太宰治の「グッド・バイ」も読み返しましたか。

    太宰治は中学生・高校生の頃から大好きで、もう体に染み付いているくらいです。われわれの世代は、太宰治、三島由紀夫、大江健三郎、村上龍……そういった作品で育ってますからね。

    でも、がんになった後に太宰をあらためて読み直すと「やっぱりもう死ぬことをわかっていたんだなあ」と感じました。最後のほうなんて、おちゃらけた軽っぽい、言ってしまえば中身のない小説なんですよね。だけど、やっぱりどこかが引っかかる。だからこそ、いろんな人がさまざまな形にリメイクしたり、太宰治を何度も取り上げたりするんです。

    もちろん、時代背景や太宰治そのものの魅力もあると思うけれど、これだけ時代を超えて繰り返し読まれているというのは、中身がないように見えて何もないわけじゃない、時代にかかわらない“根っこ”の部分があるからなんです。『グッドバイ~嘘からはじまる人生喜劇~』はそれを信じて、こちらから無理やり何かを足したりするのはやめようという、そういう姿勢で撮りました。

    太宰治の「グッド・バイ」は、次の場面で絶筆となっています。

    “「いいかい? たぶん大丈夫だと思うけどね、そこに乱暴な男がひとりいてね、もしそいつが腕を振り上げたら、君は軽くこう、取りおさえて下さい。なあに、弱いやつらしいんですがね。」
    彼は、めっきりキヌ子に、ていねいな言葉でものを言うようになっていた。”

    これは田島がやっとキヌ子の協力をとりつけた後、1人目の愛人を訪問し、続いて2人目のもとを訪れようとしているところ。つまり、原案ではまだほんの導入部しか書かれていないのです。そして物語は、舞台『グッド・バイ』をケラリーノ・サンドロヴィッチ氏自身が「スクリューボール・コメディ」と形容したように、予想だにしないほうへ転がりながら結末へ向かいます。

    きっと、舞台を観ていない方は「えっ!? もしかしてここで終わっちゃうの?」と驚かされるはず。ぜひお楽しみに!

    グッド・バイ 改版
    著者:太宰治
    発売日:2008年09月
    発行所:新潮社
    価格:605円(税込)
    ISBNコード:9784101006086
    グッドバイ
    著者:ケラリーノ・サンドロヴィッチ
    発売日:2016年03月
    発行所:白水社
    価格:2,200円(税込)
    ISBNコード:9784560084991

     

    映画『グッドバイ~嘘からはじまる人生喜劇~』

    大泉 洋  小池栄子
    水川あさみ 橋本 愛 緒川たまき 木村多江
    皆川猿時 田中要次 池谷のぶえ 犬山イヌコ 水澤紳吾 / 戸田恵子・濱田 岳 / 松重 豊

    監督:成島出
    原作:ケラリーノ・サンドロヴィッチ(太宰治「グッド・バイ」より)
    音楽:安川午朗
    脚本:奥寺佐渡子
    製作:木下グループ
    配給:キノフィルムズ
    制作プロダクション:キノフィルムズ 松竹撮影所

    good-bye-movie.jp

    2020年2月14日(金)新宿ピカデリーほか全国ロードショー

    2019年/日本/日本語/カラー・モノクロ/シネマスコープ/5.1ch/106分

    ©2019『グッドバイ』フィルムパートナーズ




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