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9月28日(土)、東京・下北沢の夢眠書店に、1日限定の「スナックいにお」がオープンしました。
これは、浅野いにおさんの初エッセイ集『漫画家入門』の刊行を記念したもの。浅野さんが店内に“ただゆるっと佇んでいる”という、本屋さんとしては珍しい企画です。
約1時間半ずつの2部制で、各回とも定員は20名。受付が始まるやまたたく間に予約が入り、かなりの倍率だったようですが、当日はあくまで和やかに、賑やかでありつつゆったりした時間が流れていました。
今回は、そんな「スナックいにお」のようすをお届けします。
・夢眠書店開店日記【その後】ついに開店!夢眠ねむ、本屋はじめます
夢眠書店は入ってすぐが書店、店内奥がカウンターのあるカフェとなっています。
「スナックいにお」は、『漫画家入門』1冊+ワンドリンクのセット料金3,000円。レジで飲み物を注文して本を受け取ったら、浅野いにおさんが待つ特設カウンターでサインをもらい、だんだんカウンターの周りへと移動していきます。
このときはまだ、通常のサイン会と同じような雰囲気。
サインの列が終わったら、とうとう「スナックいにお」が始まります。
とはいえ、最初はやはり「誰が口火を切るか」という雰囲気。
店主の夢眠ねむさんが「いにおさんって、ピザの具で何が好きですか?」と質問し、「エビが食べられなくて、そうなると選択肢自体がほとんどなくなっちゃうんだよね~」「いやいや、エビ入ってないメニューけっこうあるでしょ(笑)」とおしゃべりが始まったことで、少しずつ場の空気が動き出しました。
しばらくすると、浅野さんが「君さ、ちょっとこっち来て座りなよ」と声をかけ、カウンター周りはやがて、浅野さんの隣にお客さんが代わる代わる座り、それを皆で自由に飲み物を飲んだり、ごはんを食べたりしながら見守るような構図に。
誰かが「まあちゃんのうどん」を注文したのか、いつの間にか店内にはおだしのいい匂いが流れ始めました。
「好きな女の子がいる」
「漫画家になるのが夢だけど、進路で悩んでいる」
浅野さんの隣に座ったお客さんから出てきたのは、そんな“今”の悩み。
それに浅野さんは一つひとつ頷きながら、近所に住むお兄さんのような感じで言葉を返していきます。
そして次第にお客さんからも、どんなふうに漫画を描いているか、浅野さんが描く魅力的な女性キャラクターがどのようにして生まれているのか、学生時代のことなど、浅野さん自身についての質問が出るように。
「浅野さんは、女の子を描くのがすごく好きなんじゃないかなって思ってたんです」
「俺、昔は女の子に興味持ってる自信があったんだけど、やっぱり歳を取るにつれて変わってきたな」「自分と同世代くらいの女性を魅力的に描くのが、今の課題かなと思っている」
「『デッドデッドデーモンズデデデデデストラクション』はこのあとどうなっちゃうんですか?」
「気になるでしょ。皆、救われてほしいでしょ。でもね、俺は読者の人が『こうなったらいいな』って思うあらゆる可能性を考えて、それを裏切るつもりだよ」
「今中高生の読者の人って、俺のほとんどの作品はリアルタイムで読んでないよね? この間『何で知ったの?』って聞いてみたら、けっこうな人が無料アプリで読んでるんだって」
「でもね、無料でもなんでも、まず読んで知ってくれるのがありがたいよ。1日経ってチャージが溜まったら、次の話も読んでね。それで面白かったら、単行本も買ってくれると嬉しい」
読者と直接顔を会わせて会話できる機会とあって、浅野さんも、作品を通さない“読者への普段の思い”を語っていました。
店主の夢眠ねむさんと浅野いにおさんの交流の始まりは、でんぱ組.incの「あした地球がこなごなになっても」。そこで生まれたつながりが続いて、夢眠書店がオープンしたときの「何か一緒にやりましょうよ」「だったら今度活字の本が出るから、それで何かしよう」というやりとりで、トントン拍子に今回の「スナックいにお」開催が決まったのだそう。
そんなこんなで夢眠書店初のイベントは、とても夢眠書店らしい内容となりました(お客さんと特に話が弾んだ『零落』は、「スナックいにお」第2部終了後に完売! 皆さんもぜひ読んでみてくださいね)。
それでは、のべ3時間お客さんと直接おしゃべりしてどうだったか? 「スナックいにお」が閉店した後、浅野いにおさんにお聞きしてみました。
―― こういうイベントは、初めてですよね。
そうですね。サイン会でも対面では話せますけど短時間ですし、トークイベントはあらかじめ話す内容がだいたい決まってるので、今日みたいなイベントは本当に初めてでした。僕も何にも決めないで、ふらっと近所に散歩に来たみたいな心意気で来たし、楽しかったですね。すごく。
―― 最初は皆さんちょっと遠慮がちでしたけど、だんだん話が弾んでいきましたね。浅野さんが「うんうん、それで?」って聞いてくれるから、悩みなんかも話したくなっちゃうんだと思います。
僕としてもね、もし皆もっと話したいことがあったんだとしたら、今度は人数を減らして、時間も長くしてやってみたいですね。僕のほうも、いろいろ聞きたいことがあるし。いざ話してみたら気になる話がいろいろあって、1時間半ずつじゃちょっと足りなかったですね(笑)。
――“素の浅野いにお”が垣間見える、貴重な機会だったと思います。“素の姿”といえば、『漫画家入門』は初めての日記を一冊にまとめたものですけれど、連載されてみてどうでしたか? 書きやすかったですか。
最初は楽しかったですね。
―― 最初は(笑)。
自分の中に「面白く書こう」という目標があったからまだよかったですけど、途中から、日記を書くために日常の出来事を覚えておかなきゃいけないのが重荷になってきたんですよ。「何を書くか、何を書かないか」っていう取捨選択で悩むときもあったんですけど……でも、『漫画家入門』では出来事をほぼ起きたまんま書いてます。
もしもっと長く続けてたら、その間に人に言えないことが起きちゃったりしたときにキツかっただろうなあ。日記を書いてて、「書かない」ことへの後ろめたさが生まれたときにキツいだろうなと思ったんですよね。でもそれを書かないってことは、「自分がどう見られたいか」を意識して書くことになるじゃないですか。それが始まると「この部分は人に見せないほうがいいかな」っていう取捨選択をしなきゃいけなくて、でもそれだと、日記を書くというもともとの意図と変わってきちゃう。でも一方で、たとえば僕が不倫したとして、それを書いたら家庭不和の元凶になる(笑)。
だから日記を続けるっていうのは、いろいろ覚悟を決めてやらなきゃいけないことだなと思いました。今回は1年間でしたけどね。
―― その日あったことって、けっこう覚えてるものですか?
スケジュール帳に簡単に一言メモするくらいのことはしてましたけど、さすがに毎日書くわけにいかないので、直近1か月のことを振り返って思い出しながら書いてましたね。忘れちゃったことは素直に「忘れた」って書いて。
でも「これ、日記で書くな」って思ったら、たいていのことはずっと記憶し続けちゃうんですよ。それを溜め込んでるのもつらかったです。「なんで俺はこんなどうでもいいことを、ずっと頭の中にキープしなきゃいけないんだ」って(笑)。
―― 浅野いにおさんの漫画はどれも“日常”が強くあるなと感じるんですけど、日記を書くとなるとまた別ですか?
『漫画家入門』では、日記を利用して、短編漫画にもできないくらいもっと些末な、漫画に描くほどじゃないことを消化していったっていう感覚ですかね。些細な出来事の積み重ねこそが毎日だと思っていて、僕自身はそういう些細なものの中にも「面白いな」って思ってる出来事が多いんですよ。
漫画にもなるべく日常の中での出来事を描くようにはしてるんですけど、もうちょっと日常から離れたものとか、狙って切り取ったものが「作品」という感じですね。漫画ってどうしてもわかりやすさが必要なので、わざとらしく演出することも多いですし、それに、日記に書いたようなことを漫画で描くとなると……。絵ってものすごく時間かかるんですよ。
―― 文字なら1行で済むことに1ページ半かかったり。
そうそう、しかもそれを半日かけて描いたり。そういう意味で、日記では今までできなかったことがやれたなと思います。時間をかけて書くほどのことではない出来事をそのまま自然に表現する機会が、実は以前からほしいなって思っていたので。
文章を書く上でやろうと思っていたのは、「一般的には面白いとされていないものの中に、自分はどう面白さを見いだせるか」。普段漫画を描くときは読者を想定して描いてるし、やっぱり面白く描こうって強く意識しているんです。漫画だったら、些細な一瞬の出来事にしても、理由をちゃんと探したり、誰が見ても面白く感じられるように調節するのが自分の役割だと思っているので。
それから今はインターネットを見れば膨大な数の記事があって、SNSにもいろんな投稿があって、それらもやっぱり面白く演出されてるんですよ。そんな中で、「自分が書くこと」に意味を見いだして「自分らしさ」を差別化するにはどうしたらいいかな?って考えたときに、「一般的には面白いとされていないものを書けばいい」「その中に、自分なりに面白さを見いだせばいい」というコンセプトに至ったんです。
単行本にしたときに売れるかどうかに対しては期待や希望を持たずに、「俺はなんてどうでもいいものを書いてるんだろう」って思いながら書いてました。
―― それで、いうなれば“成分無調整”の日記ができあがったと。
やっぱり漫画で描いちゃうと、自分のキャラ自体も虚飾するし、それが若干いきすぎちゃうときがあるんです。そういうのが得意なので……(苦笑)。
逆に日記は、本当に普段の僕以上でも以下でもないですね。Twitterのほうが気を遣うし、言っちゃいけないことも多いから、ネットより日記のほうが自然に書けました。誰でも発信できるところじゃ何も言えなくて、出版社のWebサイトを通したほうが自由に物が言えるって不思議ですけどね(笑)。連載してるときも「変な感じだなあ」って思ってました。
そういう意味では、『漫画家入門』の読者のことは信頼しています。
「漫画を殺すね。」
再婚、新居の購入、画業20周年。生活をとおして「漫画を描くこと」を見つめた、1年の記録。目次
第1章 家を買う(コラム:教習所に通う)
第2章 偶然、漫画家になった(コラム:カナダ)
第3章 二度目の結婚(コラム:鶏の唐揚げ)
第4章 漫画を殺すために
夢眠書店
所在地:下北沢(住所非公開)
営業時間:11:00~17:00(予約入れ替え制)(営業時間は都合により変更の可能性あり)
https://yumemibooks.com/