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全国の書店員さんが一押し本を紹介する連載「わが店のイチオシ本」。第12回にご登場いただくのは、東京・渋谷にあるHMV&BOOKS SHIBUYAの邦楽フロア担当・鏡味陽子さんです。
イチオシ本は、写真家・植本一子さんの著書『降伏の記録』。『働けECD』『かなわない』『家族最後の日』などで“家族”の愛と苦悩をまっすぐに綴ってきた、植本さんの最新刊です。
本書は、植本さんの夫で、今年1月に癌で他界されたラッパー・ECD(石田義則)さんの著書『他人の始まり 因果の終わり』とあわせて読むのがおすすめだそう。その読書体験について、文章を寄せていただきました。
末期癌を患った24歳年上の夫は、手術によって一命をとりとめたが、半年後に転移が見つかった。繰り返される入退院のなかで育っていく子どもたちと、ときおり届く絶縁した実家からの手紙。そしてある日、わたしは夫との間に、決定的な〈すれ違い〉があることに気がついたのだ……。
私は、元々文芸書の担当をしていた書店員ですが、現在は邦楽フロアの担当として主にCDを販売しています。CDと書籍では、売り方も売れ方も全く違うように感じ、初めはとても戸惑ったことを覚えています。ですが、何らかの思いを込めて商品を展開し、そしてそれがお客様に伝わっていくことは、対象が書籍であってもCDであっても変わらず、同じようにやりがいのあることです。
もちろん邦楽フロアでも書籍は取り扱っています。当店では書籍、CD、グッズなどを自由に組み合わせて展開します。ジャンルの垣根を越えた、意外な発見のある面白い売場を作っていくことを何よりの強みとしています。アーティストの方に選書を、作家の方に選盤をしていただくようなフェアも多く企画しています。普段あまり本に馴染みのないお客様が、当店で本の面白さと出会う機会を作り出せればと思っています。
今回ご紹介する写真家の植本一子さんは、著書の中で、母親との確執、夫への余命宣告、夫以外の好きな人についてなど、自身の生活を正直に綴ることで、多くの読者を惹きつけています。最新著書『降伏の記録』は、その少し前に刊行された、夫であるECDさんの『他人の始まり 因果の終わり』と併せて読むことによって、一つの出来事に対するお互いの気持ちや考えをそれぞれの視点で追うことができます。“重要な他者”との繋がりやすれ違いが浮き彫りになるようで、凄まじい読書体験でした。
植本さんは文章を書く上で嘘をつかない方です。そのために、書いてあることがすべてだと思ってしまいそうです。ただ実際には、どうしても書けなかったことや書かれなかった出来事があるはずで、私はこの作品を読むほどに、特に後者の存在を強く感じます。
それが具体的にどんなことなのか、私にはわかる術はないのですが、日々の中にちりばめられた生活の小片が見えてくるようです。
それらの書かれなかった出来事を補填するかのように、植本さんが撮影した日々の写真が文章の合間に収められていて、その写真たちは綴られている文章とはまた違うものを語っているように感じるのです。
植本さんが大切にしている本や音楽との出会いが、ときにめまぐるしい日々の中で植本さんにとって生きる糧となっているように、お客様にとっての“何か”になり得るような出会いを、当店の売場で提供していければと思います。
この文章を書いているときに、ECDさんの訃報に接しました。突然のことに言葉もありませんし、植本さんをはじめ、ご家族の方の思いを推し量ることもとてもできません。一読者として、リスナーとして、心からお悔やみ申し上げます。
◆作り手からのメッセージ◆
誰かとすれ違い、言葉を交わし、食事や旅行をともにする中で移りゆく時間の輝きの先で、日常に潜む埋めようのない〈違和感〉を感じたとき、この世界がかくも複雑で痛みと歓びに溢れているのかと感じずにはいられませんでした。植本さんと対話するように読んでもらえたら嬉しいです。(河出書房新社 編集部 岩本太一さんより)
HMV&BOOKS SHIBUYA(Tel.03-5784-3270)
〒150-0041 東京都渋谷区神南1-21-3 渋谷modi 5F・6F・7F
※営業時間 10:00~22:00
(「日販通信」2018年3月号「わが店のイチオシ本」より転載)