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  • 「文庫X」と『殺人犯はそこにいる』が変えるもの

    2016年12月09日
    本屋を歩く
    さわや書店フェザン店 長江貴士
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    僕らだ。『殺人犯はそこにいる』という作品を読んだ僕らこそが、この「問い」に答えるしかない。

    これまで連綿と繋がってきた思いは、「文庫X」という企画で終わりではない。まだまだ先がある。「凄い作品を読んだ」「僕らが生きている現実がこうだったなんて知らなかった」という感想で終わってしまえば、この思いの連続は途切れてしまう。

    僕らは、小さな力しか持っていない。一人一人に出来ることなんて、たかが知れている。しかし僕らは、「一番小さな声を聞け」を信条に、これまで困難な取材を乗り越えてきた著者の奮闘を読んだ。「小さな声」にも力がある、出来ることがある、そう思わせてくれる作品を読んだ。だったら、次は僕らの番ではないか。僕らの小さな小さな声を、目一杯たくさん集めて、大きな大きな力にして何かを動かす番ではないか。

    12月9日を迎えるまでは、主役は「文庫X」だった。『殺人犯はそこにいる』という作品が、「文庫X」という衣装を来て、日本中に広まっていった。12月9日からは、主役が『殺人犯はそこにいる』に移る。ある意味でここが、新たなスタートラインだ。『殺人犯はそこにいる』という作品と、それを読んだ人たちが、どうやって社会を変え、現実を動かしていくのか。そういう、新しいステージに僕らは今立っているのだ。

    僕は幸運にも、「文庫X」という企画によって、連綿と受け継がれてきた思いを継承する一員になることが出来た。そのバトンは、『殺人犯はそこにいる』を読んでくれた方一人ひとりの手に渡っている。ゴールは途轍もなく遠い。辿り着くのは、無謀とも思えるような距離かもしれない。しかし、辿り着くことを諦めた時に失われるのは、遺族の方の「真実を知りたい」という希望だけではない。僕ら一人ひとりの、安全で信頼できる日常もまた永遠に失われたままになってしまうのだ。警察や司法やマスコミなど、社会を規定する大きな存在への信頼が揺らいだままでは、安全で信頼できる日常は覚束ない。僕らは、僕ら自身のためにも、『殺人犯はそこにいる』が提示した現実を覆せるよう、ジタバタし続けなければならないのだろう。

    「文庫X」という企画が、現実を動かすという帰結を引き寄せる一助になってくれたらいい。「文庫X」が徐々に広がりを見せていく中で、僕は少しずつそういう希望を抱くようになった。「文庫X」は12月9日で、企画としては一旦終了する。しかし、思いの継承という意味では新たなステージへと移行している。大きな流れは、小さな声の堆積によってしか生まれない。『殺人犯はそこにいる』という作品をまだ読んでいない方にも、是非この流れに関わって欲しいと思う。

    最後に、書店員らしいことを書いて終わろうと思う。

    「文庫X」という企画は、『殺人犯はそこにいる』という本が継承してきた思いを次へと繋げる企画であったが、もう一つ功績があったのではないかと僕は思っている。それは、「先入観は当てにならない」という感覚を与えられたかもしれない、ということだ。

    冒頭でも挙げたが、僕は様々な形で、こういう感想を目にすることになった。
    「この企画がなかったら絶対に手に取らない本だったけど、読めて良かった」
    『殺人犯はそこにいる』という本は、どうしても手に取りにくい本だ。タイトルがちょっと怖いし、分厚いし、そもそもノンフィクションは見向きもしないという人だって多いだろう。そう判断されることが分かっていたからこそ僕は、「文庫X」という企画を実行に移した。

    結果的に「文庫X」は大ヒットとなり、普段であれば『殺人犯はそこにいる』という本が視界にも入らなかっただろう方にまで買っていいただけることになった。そして僕はこの経験を、他の場面でも是非活かして欲しいと思うのだ。

    例えば、本を買うという行為の場合、「これは自分が読む本ではないな」と感じるものであっても、手を伸ばしてみてほしいと思う。世の中には、「殺人犯はそこにいる」のような、読んだ人間を揺さぶり、常識や価値観を打ち破るような作品がまだまだ存在する。『殺人犯はそこにいる』のように、誰が読んでも衝撃を受ける作品はそう多くはないかもしれない。でも、あなたを揺さぶる作品は、書店の棚のどこかに間違いなく存在する。本を選ぶことは、とても難しい。けれど、本を買う一人ひとりが、今の自分が持っている先入観を乗り越えて本を探すことが出来れば、本によって人生が変わる可能性は格段に高まるはずだと思う。

    また、同じことは、本を買うという行為だけに留まらない。先入観というのは結局、「今の自分」にとって「許容可能」かどうか、という判断の結果でしかない。本に限らず、何らかの経験によって「今の自分」を押し広げ打ち破ろうとしたら、「今の自分」の判断を疑うしかないだろう。それは結局、先入観に囚われずに判断する、という経験の積み重ねによってしか身につかないだろうと思う。

    「今の自分」の判断を超越したところにある素晴らしい何かに出会って欲しい。「文庫X」を買ったという経験が、その第一歩になれるとしたら、企画者としてはとても嬉しい。

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