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命の重さと親子の関係性を問い直す“気付き”にあふれた奮闘記:わが店のイチオシ本(vol.50 ときわ書房 志津ステーションビル店)

全国の書店員さんが、もっともお勧めの本を紹介する連載「わが店のイチオシ本」。

第50回は、千葉県佐倉市にあるときわ書房 志津ステーションビル店の日野剛広店長のご登場です。

年に1回、店舗独自の賞として“志津ノーベル賞”を選定しているという同店。今回は、2022年度の大賞に選ばれたうちの一作、繁延あづささんの『ニワトリと卵と、息子の思春期』をご紹介いただきました。

ニワトリと卵と、息子の思春期
著者:繁延あづさ
発売日:2021年11月
発行所:婦人之友社
価格:1,595円(税込)
ISBN:9784480438164
 

命の重さ、食の尊さ、子の気持ち、親の思い、すべてがこの一冊に

当店では年に1回、志津ノーベル賞なる店舗独自の賞を設けています。その名の通りノーベル文学賞のパロディとして遊び心で始めた賞ですが、選定する作品はもちろん1年間に出版されたものの中から最もお勧めしたい本です。

2022年度の大賞は一作品に絞りきれず、あえて二作品選定しました。一冊は探検家・角幡唯介さんの『狩りの思考法』(清水弘文堂書房)、もう一冊は今回ご紹介する、写真家・繁延あづささんの『ニワトリと卵と、息子の思春期』(婦人之友社)です。

ある日突然、繁延さんの長男がニワトリを飼いたいと言い出し、あれよあれよという間に飼育が始まり、卵を販売するまでに至る訳ですが、その家族の奮闘と心情が非常に丁寧かつ豊かに表現されています。ペットとしてではなく家畜として飼育する。その難しさとそれを乗り越える知恵と工夫と覚悟、時には命に真剣に向き合い、最後には育てたニワトリを自ら手にかけて食す、そこまで描き切ることでこの奮闘記は大きな価値を内包します。

養鶏の奮闘記と並行して描かれるのが、思春期を迎え難しい季節に入った子どもの気持ち、親としての思いと葛藤です。親もまた人間であり決して完璧とは言えない。子どもと人間同士対等に向き合っていても、果たして自分は子どもをコントロールしたいだけではないかと葛藤する日々。子どもにとって親は権力である、その自覚とともに問答するその繰り返しが母親として、人としての価値観を上書きしていくのです。

著者の繁延さんは主に「出産」と「狩猟」の撮影をライフワークとする写真家で、2020年に発刊された『山と獣と肉と皮』(亜紀書房)では実際の狩猟に同行し、イノシシが狩られ捌かれ食されることを目の当たりにして、命を頂くということの重さと尊さを知る人物です。

生き物を育てて殺し食べること。捌く瞬間が残酷であることは繁延さんも文中で認めています。しかし、私たちは食卓に並ぶ加工肉から命の気配を感じることはありません。生き物が死んでいく様、流れ出す血を凝視することもないままにそれを美味いと言って食べる私たちの食生活は、狩猟家や繁延さんの家族がしていることと全く違うようでいて、その終着点は同じなのです。この本から私たちが気付かされることの多さに、読後感も一層深いものとなるでしょう。

当店がお勧めする本からお客様に何を読んで欲しいかと聞かれれば、文章から溢れる情報量の多さとそこに内包される人々の葛藤、喜び、悲しみ、怒りなのです。価値観、想像力を押し広げ、生きる糧となっていく、そんな本をお勧めして店頭に並べ、お客様に手にとって頂きたいと考える毎日です。

◆作り手からのメッセージ◆

思春期の子どもが投げかける圧倒的なパワー、想定外の発想と行動力に、自分だったら……と、同じ母親として何度も考えさせられました。まるで繁延家の食卓を一緒に囲んでいるかのような臨場感に、多くの読者から「引きこまれて一気に読了」の声。「生きる」ことに正直に向き合える1冊です。

(婦人之友社 書籍編集部 編集長 小幡麻子さんより)

 

ときわ書房 志津ステーションビル店(Tel. 043-460-3877) 〒285-0846 千葉県佐倉市上志津1663 志津ステーションビル3F


(「日販通信」2022年7月号「わが店のイチオシ本」より転載)