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  • [連載]御書印帖とめぐる日本の本屋:vol.1 山陽堂書店(東京都港区)

    2020年09月27日
    本屋を歩く
    寄稿:山陽堂書店 遠山秀子/編:ほんのひきだし編集部
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    お参りの“証”として、訪れた神社・寺の名前、ご本尊の名前、お参りした日付などを墨で書き入れていただく「御朱印帳」。これをもじった、人と書店を結ぶ「御書印帖」というものがあるのをご存じでしょうか?

    この連載「御書印帖とめぐる日本の本屋」では、旅行記のように、津々浦々の“御書印店”を紹介していきます。初めての土地・書店を訪れるワクワク感、書店員さんとの交流をお楽しみください。

    記念すべき第1回で訪れるのは、東京都の青山・表参道エリアにある「山陽堂書店」です。店主の遠山秀子さんに、明治から100年以上続くお店の歴史、御書印ができるまでのこと、御書印が生んだ新しい出会いなどを綴っていただきました。

    「御書印」とは?
    御書印帖を持参すると、訪れた日付、書店員が選んだ本のタイトルや一節が記入され、最後に、書店ごとのオリジナル印が捺されます。
    御書印をもらう際に渡す200円ほどの「御書印代」は、その書店のサポートになります。
    市販の御朱印帳でも参加できますが、参加書店では「御書印帖」を数量限定で無料配布中。また、それとは別バージョンの「特装版 御書印帖」が、参加書店(一部店舗を除く)にて10月5日から販売開始予定です。

    ※全国の御書印参加書店はこちら 》「御書印プロジェクト」公式note

     

    おしゃれなイメージの一方、歴史も深い青山・表参道

    「おしゃれな街」といわれる青山・表参道ですが、街の歴史をさかのぼると縄文時代の遺跡が見つかっていたりと、それぞれの時代の様々な景色がみえてきます。この辺りは江戸の名所でもあり、歌川広重(二代)が浮世絵「東都青山百人町 星灯篭」を遺しています。
    青山の風物詩として「星灯篭」を甦らせるプロジェクトも始まっており、かつての歴史を再発見することで、この街により興味を持っていただけたらと思っています。

     

    明治24年創業 家族で営んできた「山陽堂書店」

    山陽堂書店は1891年に青山で創業。現在、母、叔母、私を含む三姉妹、甥の6人で本屋を営んでいます。

    1959年、今の上皇ご夫妻のご成婚パレードが山陽堂書店の前を通って行った翌年、私は本屋の娘として生まれました。1964年の東京オリンピックでの道路拡幅工事が始まる3歳くらいまで、現在の3倍あった建物に、祖父母、父母、叔母をはじめ、勤労学生の住み込みの店員さんたちと一緒に大所帯で暮らしていました。

    幼かった私はすぐにどこかに行ってしまうので、母は私の首に迷子札をかけ、何度も何度も繰り返して住所を覚えさせたそうです。まだのどかだった青山は、近所の方たちが子どもの相手をしてくれる街だったのだと思います。

     

    あまり好きではなかった店番

    店番は中学生の頃からしていました。6.5坪しかない狭い店の入口で「いらっしゃいませ」というのが私の仕事でした。

    お客様はご近所の方を中心に、青山近辺で働いていたデザイナー、モデル、イラストレーター、俳優、作家、編集者、大学教授などでした。研ぎ澄まされた感覚を身にまとって来店されるお客様が多かったのを覚えています。
    そういう方が入店されると、ピーンとはりつめた空気が店に流れました。

    大学生のころ、物知りの初老の男性が「公孫樹」と書かれた背表紙を指して「これを何と読むか知っているかね」と私にたずね、「くそんじゅ……」と小さな声で答えると「いちょう」と読むのだと教えてくれました。恥ずかしい思い出です。
    なにしろ店番は緊張の連続で、あまり好きではありませんでした。

     

    歳を重ねて生じた化学反応

    結婚して間もなく父が他界、「これで本屋をやめられる、店番から解放される!」と思いました。私の店に対する思いは、御書印のもとになっているスタンプ(昭和11年ごろのもの)を不要と思って捨ててしまう程度だったのです。
    けれど、やめる術もわからず続けていました。この間、バブル崩壊で戦前戦後からのお得意様が、リーマンショックで「おしゃれな街」のイメージをつくってきたクリエイターの多くの人たちが去っていきました。

    年を重ね、先達の思いに寄り添えるようになったのでしょうか、店の歴史に興味をもつようになり、初代の生まれ故郷である岡山を訪ねたりしはじめたのは、子育てがひと段落したころからでした。亡き祖母や父の言葉、お客様たちとの店頭での会話、時折訪ねて来られるご先祖の痕跡をさがしに来店する人、空襲時のことを語る人、知らなかった祖父や父の様子を語ってくれる人、様々なことが、自分の中で化学反応を起こしていたように思います。
    これまでの点と点がつながって、線になり立体的にふくらんでいく感じがしました。青山の街や店のことを知りたくなってきました。

    20数年前に「日販通信」で斎藤茂太さんが「青山の山陽堂」というエッセイを書いてくださったことも、私にとってだいじな出来事でした。

    山陽堂書店のスタンプのデザインは、昭和11年のものです。父の幼なじみのおじさんがスタンプ帖から、うちのページを切り離して持ってきてくれました。
    復活させることができたのは、このおじさんのおかげです。なにしろ現物は、私が処分してしまったのですから。
    昭和11年頃、スタンプラリーが流行していたそうです。

    当店は、昭和6年に現在の場所に移り、地上3階・地下1階で、地下室には井戸がありました。その建物と明治神宮が描かれているスタンプです。同じページには「雑誌週間 雑誌一読常識百倍」というコピーに湯島聖堂のスタンプが押してあります。

    御書印帖に書き入れている言葉は、戦前戦中戦後を乗り越えてきた二代目の祖父が大切にしていたものです。7月は、安西水丸さんが「山陽堂イラストレーターズ・スタジオ」を開講したときにくださった文の一節にしました。

    現在は、お客様にどちらかを選んでいただいていますが、両方希望される方もいらっしゃいます。

     

    御書印が運んだ新しい縁、ふたたびつながった縁

    「ツイッターで知って」「知人に教えてもらって」と、20代から70代くらいまでの方が見えます。うちは女性客が70パーセントの店ですが、御書印に関しては男性客が多く新鮮です。ご来店くださった方と言葉を交わすと、またそこで思いがけないつながりがあったりします。

    この間は、近所の大学ご出身の男性と話していたら、担任の先生がうちのお得意様だったことがわかりました。この方のおかげで、和服の似合う品のよいTさんを思い出すことができました。

    御書印は、新しい出会いを運んでくれます。40代くらいの女性は、御書印をはじめたら、今まで行ったことのない小さな書店や大きな書店、普段は行かない専門書店もあって楽しいとおっしゃっていました。

    御書印は「本屋と読者の出会い」を育むだけではありません。先日、神保町の本屋さんが訪ねてくださり、その本屋さんの成り立ちを興味深く伺いました。「御書印」は、本屋同士の出会いも育んでくれています。これからも少しずつ広がって、いろんな出会いが広がっていきますようにと願っています。

    変わりゆく青山ですが、変わらない場所としてこれからも、この街で「本」を真ん中に商売を続けていきたいと思っています。

     

    今回訪れた書店

    山陽堂書店(株式会社 山陽堂)
    ・開業:1891年(明治24年)3月5日
    ・所在地:〒107-0061 東京都港区北青山3-5-22
    ・営業時間:月~金 10:00~19:00/土 11:00~17:00(日・祝定休)
    ・電話番号:03-3401-1309




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