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  • 有隣堂・松信副社長に聞く:コロナ禍でも営業継続を決断した商売人としての矜持

    2020年07月03日
    本屋を歩く
    日販 ほんのひきだし編集部 諸山
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    新型コロナウイルス感染拡大防止のための緊急事態宣言を受け、多くの商業施設が休館を決めた影響で、ほとんどの店舗の休業を余儀なくされた有隣堂。6月3日付で羽田空港店を除く全店の営業再開を果たしたものの、経営に与えたインパクトは大きかったという。

    ここでは、新型コロナショックが同社に与えた影響やwithコロナ時代の書店経営について、松信健太郎副社長に話を聞いた。

    有隣堂 取締役副社長 松信健太郎氏

    (6月11日取材 「日販通信」編集部・諸山)

     

    6チームからなる対策委員会を設置

    ―― まず、新型コロナウイルスへの対策には、いつ頃から取り組み始めましたか。

    松信 社としては3月2日付で松信裕会長兼社長を委員長、私を副委員長とする「新型コロナウイルス対策委員会」を設置しました。その下に「感染防止策」や「保健所・行政機関対応」「環境整備・物資調達」「広報」など具体的な実務を担う、6つのチームを設けています。

    時期的には、全国の小中学校などが一斉休校した頃です。当時はまだ、社内に向けて対策に取り組むことを表明する段階でした。経営者全員の同時感染による経営機能の停止を恐れ、経営会議をはじめとするすべての会議も中止しました。

    ―― 2月3日にコロナ感染者を乗せた大型クルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス号」が横浜港の大黒ふ頭沖に着岸せずに停泊することになり、世間を騒然とさせました。

    松信 この時は会長兼社長から、船内の人に娯楽を提供するために本を届けよという号令が下りました。さまざまな方面からアプローチしてはみたのですが、結局はそれらの関係者にたらい回しにされるだけで、実現できませんでした。

    ―― 対策委設置から4月7日の7都府県への緊急事態宣言の発出までに、どのような取り組みをされましたか。

    松信 3月25日の小池都知事による週末の外出自粛要請を境に事態は大きく動きました。それを受けて、デベロッパーが商業施設の休業に向けて具体的に動き始めたのです。

    それ以前は、“館”が閉まること自体、私たちはまったく想像していませんでした。外出自粛要請を受けて、多くの商業施設が、3月28・29日の土・日曜日に、全館および一部の食品フロアを除いて、臨時休館しました。その頃が、コロナ対応でもっとも慌ただしかった時です。

    ―― 経営者として、いまだかつてない決断を迫られたと。

    松信 最終的には「可能な限り営業を継続する」という方針を選択しました。その根本には、店は閉めたくないという、商売人としての考えが真っ先にきました。2011年の東日本大震災の時も、有隣堂は営業を継続しました。つまり、商売人というのはそういうもので、“店を開けてなんぼ”だと思っています。

    それと同時に、従業員への対応を考えました。休みたい従業員には休んでもらいながら、出勤した従業員の感染を防止する最大限の対策を施す。その一方で働かなければ暮らしに影響する人にも配慮しなければなりません。それらのバランスを取って店舗を継続しようと考えたのです。もちろん、従業員が集まらなければ、店は閉めようと思っていました。

     

    いまだ時短営業が続く店舗も

    ―― 営業を継続した店舗は。

    松信 私どもの店舗で、独自に営業継続を判断できるのは全40店舗中、伊勢佐木町本店、厚木店、淵野辺店、センター南駅店、長津田店の5店舗しかありませんでした。それ以外は各デベロッパーの決定を遵守するしかありません。

    そのため、緊急事態宣言を受けて、4月8日から伊勢佐木町本店、厚木店、藤沢店の3店を除いて、すべて休業しました。その後に藤沢店が4月11日から休業したため、営業し続けた店は2店だけでした。ただ、独自に判断できる店舗と一部の商業施設内の店舗で、マスクや手袋の着用やレジ内のビニールシールドの設置などの感染防止策を施し、営業再開の見通しがたった店から随時、時短営業でオープンしていきました。

    4月24日には淵野辺店とセンター南駅店、長津田店。25日にラスカ小田原店、5月1日にたまプラーザテラス店、7日にヨドバシAKIBA店(カフェ除く)などの店舗を再開し、5月25日の緊急事態宣言の解除までに13店舗を営業することができました。

    商業施設内で有隣堂単独のオープンを許可してくれたのはラスカ小田原店のみで、非常にレアなケースでした。また、たまプラーザテラス店のように、商業施設でも区画が独立している場合は「対策をきちんと取れるなら開店してよい」と了承をもらいました。

    基本的にはヨドバシAKIBA店のように、ヨドバシの再開とともに各テナントも営業をスタートする形でした。その後の緊急事態宣言解除を受け、6月1~3日の間には、羽田空港店を除く、全店舗が営業再開できました。店舗によっては時短営業が続いているところもあります。商業施設内で唯一単独オープンしたラスカ小田原店。施設内の他店はシャッターが閉まった状態

    ―― 4月24日にオープンを予定していたららぽーと豊洲店も、商業施設そのもののグランドオープンが延期に次ぐ延期で6月1日にようやく開店できました。

    松信 今はオープン景気もありまして、売上は悪くはありません。目標比の110~115%で推移しています。ただ、併設しているカフェは席も間引きしている状況で厳しいです。今は飲食店全般が厳しいですが、それでも世間のカフェほど悪い数字ではありません。

    ―― 緊急事態宣言発出中は、首都圏などの大都市圏は特に、営業している書店に多くの人が訪れていました。

    松信 実は私は当初、店を開けても人は来ないだろうと思っていました。しかし、伊勢佐木町本店は売上前年比が4月は144・5%、5月は166・3%にまで達しました。しかも午前11時~午後6時と時短営業していながらです。横浜駅付近の本屋さんがその時、すべて閉まっていたというのがその理由でしょう。

    原則としてパート・アルバイトは休んでもらい、休業中の他店の社員で営業するつもりだったのですが、あまりにも忙しすぎて20~30人のアルバイトに出勤してもらわなければならないほどでした。そのほかにも、センター南駅店などの売上が好調でした。

    一方、前年を下回っている店もありました。ラスカ小田原店とヨドバシAKIBA店です。どちらも、施設の一部テナントのみ、小田原店に至っては有隣堂のみが営業している状態でした。それでは人は来てくれません。

    ―― 営業している店舗に対するお客様の反応は。

    松信 実はお客様への対応が多くなると思い、営業本部のお客様相談室の増員をあらかじめ検討していました。しかし、「なぜ開いているのか?」という問い合わせは、お客様相談室には4件(メールや電話など)しか、来ませんでした。店頭ではもっと多いと思いますが、従業員が対応に苦慮しているという報告は上がっていません。

    それよりも、営業店舗や営業時間、在庫や予約本などへの問い合わせが、特に伊勢佐木町本店には殺到し、人員を増やして電話対応にあたりました。

    一番怖かったのは、従業員やお客様への感染です。加えて、いわゆる「自粛警察」による風評も同じくらい気にした、というのが本音です。ツイッターなどで、書店で本が売れていることに対して「3密だ」などと否定的な意見が拡散されると、後々に企業イメージに傷がついてしまうと心配していました。

    ただ、幸い、私がチェックしていた中では「開けていていいの?」という反応はあまり見られませんでした。やはり、東京都の自粛要請から書店が外れたことが大きいのかもしれません。

     

    従業員による“青空書店”という試み

    ―― 自粛期間中の全店の売上前年比はいかがでしょうか。

    松信 4月期は前年同月比27.9%、5月期は同33.8%と厳しい数字となりましたが、6月は10日までで同103.2%と前年を上回っています。決算期でみると、19年9月~20年5月(9か月間)の店頭売上は同83%となっています。4、5月の休業による影響でおよそ41億円もの売上が吹き飛びました。

    これはなかなか取り返せませんし、休業期間中も賃料や人件費の固定費や経費がかかっていますので、今期は赤字になる可能性もあります。

    ※この続きは「日販通信note」または「日販通信7月号」で読めます※




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