思わず背筋が伸びる仏教の教え 本願寺法主が説く「生きること」「死ぬこと」

2016年01月28日
知る・学ぶ
日販 仕入部 吉野
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2016年が始まって、はや1か月が経とうとしています。年始に「今年の抱負」を決めた方も多いかと思いますが、きちんと実践できていますか? 今回はそんな「今とこれからの生き方」について、背筋を正してくれそうな一冊をご紹介します。

人間(ひと)は死んでもまた生き続ける
著者:大谷暢順
発売日:2015年12月
発行所:幻冬舎
価格:1,080円(税込)
ISBNコード:9784344028685

「私たちはなぜこの世に生まれたのか」「なぜ苦労しながらも生きなければならないのか」「人は死んだらどうなるのか」。誰もが一度は考えたことのある問いだと思いますが、常に考えている方は少ないと思います。しかし「今どうありたいか」を考えることで、今とこれからをよりよく生きていくことができるのではないでしょうか。

本書『人間は死んでもまた生き続ける』では、本願寺法主である大谷暢順さんが仏教の教えを分かりやすく噛み砕いて、それらの問いに対して一つの答えを示してくれています。

 

苦労の根源はどこにあるのか

たとえば「他力本願とは何か」。今から800年ほど前に親鸞聖人が開いた浄土真宗は、日本最大の仏教宗派になりました。その浄土真宗のもっとも大切な教えの一つが「他力本願」です。現代では「他人をあてにして、自分は何もしない」というネガティブな意味に捉えられがちですが、本来の意味は全く異なります。

「他力本願」は本来「全てを信じて阿弥陀様の力に身を任せることで、自然と幸せに導かれる」という教えを指します。他力(=阿弥陀如来の力)に頼らないのは、泳ぎ方を知らない人が水の中でもがいて沈んでしまうのと同じ。余計な力を入れずに水に身を任せていれば、自然と水に浮くことができるのです。

 

「死んだら終わり」ではない

「輪廻転生」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。輪廻転生とは「この世に生きているすべてのものには魂があって、絶えず生まれ変わり、死に変わっている」という思想です。つまり今あなたが一生を終えても、あなたの魂はまた別の生きものとして生まれ変わるという考え方です。

浄土真宗では「自分が次に何として生まれるのかを決めるのは、今の自分自身である」と説いています。少しでも日々を“善く生きよう”とする気持ちが芽生えてくるのではないでしょうか。

 

仏が教える「ありがとう」の意味

「雑阿含経(ぞうあごんきょう)」に「盲亀浮木(もうきふぼく)のたとえ」という有名な話があります。

お釈迦様はあるとき、阿難という弟子に「そなたは人間に生まれたことを、どのように思っているか」と尋ねます。
「喜んでおります」と答える弟子に「では、どのくらい喜んでいるか」と再度尋ねますが、弟子は返答に困ってしまいます。

するとお釈迦さまは一つのたとえ話をします。
「広い海の底に、目の見えない亀がいる。その亀は100年に1度だけ、海面に顔を出す。海には1本の丸太がゆらゆらと浮かんでいて、その真ん中には小さな穴があいている。さて目の見えない亀が100年に1度の顔を出すとき、その丸太の穴へちょうど頭を入れることは、果たしてあると思うか」

「そんなことは到底考えられませんが、何千年、何億年、何兆年の間には、ひょっとしたらそんなことがあるかもしれません。しかし、ないといってよいくらい難しいことです」

弟子がそう答えると、お釈迦様はこう教えました。
「ところが阿難よ、私たちが生まれることは、それよりもずっと難しいことなんだ。有り難いことなんだよ」

お釈迦様はこのたとえ話で、数ある魂の中で私たちが人間として生まれたことは極めて稀である(=有り難い)と説いているわけです。そう考えると、今ある自分の命がとても大切なものに思えてくるから不思議です。

***

ここまで3つほど内容を紹介しましたが、『人間は死んでもまた生き続ける』ではこのほかにも仏教の教えが分かりやすく解説されています。難しいことは分からなくても気持ちが落ち着いてくるのは、すでにご紹介した「他力本願」「輪廻転生」「盲亀浮木のたとえ」で実感されたのではないでしょうか。

日本の仏教でもっとも信者数が多いとされている浄土真宗。「実はどんな教えなのかよく知らない」という方も、ぜひこの機会に読んでみてください。夜眠る前に毎日少しずつ読み進めるのもおすすめです。

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