『東京バンドワゴン』小路幸也さんが人生で初めて出会った本屋さん(旭川冨貴堂)

2015年05月11日
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日販 商品情報センター「日販通信」編集部
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小路幸也氏写真小路幸也
しょうじ・ゆきや。1961年北海道旭川市生まれ。広告制作会社でエディター・ライター・プランナーとして勤務の後、作家に。2002年、『空を見上げる古い歌を口ずさむ』で第29回メフィスト賞を受賞しデビュー。主な著作に『東京バンドワゴン』シリーズ、『東京公園』など。

 

初めての本屋さん  小路幸也

デビュー作に書いたけど、僕は〈カタカナの町〉で生まれ育った。

〈北海道旭川市パルプ町〉だ。今では〈旭山動物園〉ですっかりメジャーになった感のある旭川市だけれど、実は僕の幼少時から北海道では札幌に次ぐ第二の都市であり、あの頃でも人口が三十万人ぐらいだったはずだ。

バスに乗って当時の国鉄旭川駅前に行くとそこは繁華街でデパートや大きなビルも建ち並び、当然のように書店もあった。

本当に小さい頃には〈本屋さん〉というものを意識したことはなく、日常的に読んでいた漫画本は近所の〈くじ屋さん〉で扱っていた気がする。

いわゆる〈駄菓子屋さん〉のことを僕らはそう呼んでいた。〈少年マガジン〉や〈少年サンデー〉、あるいは〈冒険王〉とか〈少年画報〉だったと思うけど、子供のお小遣いでそうそう買えるはずもなく、回し読みがほとんどだった。もちろん、活字の〈本〉というのを〈本屋さん〉で買おうなんて思ったこともまずなかった。

初めて自分から読書をしたのが江戸川乱歩の〈少年探偵シリーズ〉『青銅の魔人』(ポプラ社)だ。

たぶん姉が小学校の図書室から借りてきたものを「なんだろう?」と手に取り、読み出すといっぺんで魅せられてしまった。翌日から僕は小学校の図書室に入り浸り、〈少年探偵シリーズ〉をあるもの全部読んだ。本当に一気に読んだ記憶がある。たぶん一日に二、三冊は読んだような気がする。それでも、図書室には揃っていないものもあったんだ。それをどうしても読みたくて、父母におねだりをした。

当時の小路少年は自分で言うのはなんだけど本当に良い子で、おもちゃをねだったりすることなんか一切なかった。

覚えているけれど「うちは貧乏だからそんなこと言っちゃ駄目なんだ」と思っていた。

そんな小路少年がどきどきして眼を潤ませながら「どうしても〈少年探偵シリーズ〉の本が欲しい」と言ったものだから、父母は驚き、でも、喜んで次の休日に僕を旭川駅前の繁華街へ連れていってくれた。まだデパートや映画館やレストランなどへ出かけること自体がイベントだった時代だ。

生まれて初めて足を踏み入れた本屋さんが〈冨貴堂〉さんだ。形態は大分変わってしまったけれども、今でも旭川市内にはある。

(ここには、〈本屋さん〉には、〈少年探偵シリーズ〉が全部あるんだ!)

そう思って勢い込んで店内を探したのだけれど、さすがに全部は揃っていなかった。

それでも、学校の図書室にはなかった『怪奇四十面相』『海底の魔術師』『サーカスの怪人』の三冊を見つけた。三冊とも買ってくれると父母は言ったのだけど、貧乏なのに三冊も買えないと思って「一冊ずつでいい」と言った僕に、たぶん父母は苦笑した。「町に出るのにもバス代はかかる。何度も来るよりいっぺんに買った方がお金が掛からない」と言われて納得して、嬉々として三冊をレジに持って行ったのを覚えている。

その日から、〈本屋さん〉は僕にとって夢のような場所になった。そこに行けば〈本〉が売っている。読んでみたい本が山ほどある。ないものは注文したら取り寄せてくれる。

もちろんお小遣いが少ないので買えることなど年に数回もなかったのだけど、本屋さんに入ってどの本がいいかな、とパラパラと数ページ読むだけでも嬉しくてしょうがなかった。ついうっかり何十ページも読んでしまったことは多々あったけれど、店員さんに怒られたことは一度もなかった。

それから四十数年経った今も〈本屋さん〉は僕にとって夢のような場所だ。そこに行けば、〈本〉がある。二時間でも三時間でもそこで過ごすことができた。

さすがに体力が落ちた今は三時間はつらいかもしれないけどまだ二時間は大丈夫だ。まぁ自分の本が置いてなくて「俺もまだまだだ」と思ってしまうのがあれだけどね。

青銅の魔人
著者:江戸川乱歩
発売日:2008年11月
発行所:ポプラ社
価格:562円(税込)
ISBNコード:9784591106235
怪奇四十面相
著者:江戸川乱歩
発売日:2009年03月
発行所:ポプラ社
価格:562円(税込)
ISBNコード:9784591108727

 

 著者の新刊 

ヒア・カムズ・ザ・サン
著者:小路幸也
発売日:2015年04月
発行所:集英社
価格:1,620円(税込)
ISBNコード:9784087754247

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