• 「素敵な場所、あるいは売書稼業」 ミステリーランキング3冠連覇の米澤穂信さんが綴る「本屋」考

    2016年01月30日
    楽しむ
    日販 商品情報センター「日販通信」編集部
    Pocket

    王とサーカス』で2015年末のミステリー小説ランキング(「このミステリーがすごい!」「週刊文春ミステリーベスト10」「ミステリが読みたい!」)3冠を達成した米澤穂信さん。前年は『満願』で史上初の3冠に輝いており、今回はそれに続く快挙となります!

    書店員経験もある米澤穂信さんに、「本屋への想い」を綴っていただきました。

    yonezawahonobu-2015オフィシャル-re

    米澤穂信
    よねざわ・ほのぶ。1978年岐阜県生まれ。2001年『氷菓』で第5回角川学園小説大賞奨励賞(ヤングミステリー&ホラー部門)を受賞しデビュー。2011年『折れた竜骨』で第64回日本推理作家協会賞、2014年『満願』で第27回山本周五郎賞受賞。『満願』『王とサーカス』は3つの年間ミステリ・ランキングで1位となり、史上初の2年連続三冠を達成した。他著書多数。

     

    素敵な場所、あるいは売書稼業  米澤穂信

    本屋はなんだか素敵な場所だ。ずっとそうだった。

    幼い頃は年に数回、家族で富山に遊びに出かけた。私がその機会をことのほか喜んでいた理由を両親は知っていただろうか。私は大きな本屋に行きたかったのだ。読書家ではなかったが、本に囲まれていることは好きだった。何を買うでもねだるでもなく、本屋にいるだけで嬉しかった。

    高校時代、部活の練習のあとは必ず本屋に立ち寄った。よく行っていた本屋は三軒で、どれも個人経営の店だ。部活の仲間と本屋に入り、無言で新刊棚に向かい、たった一冊の入荷本を争ったこともある。本屋に行くことに理由はなく、それは当然の習慣だった。習慣を守ることで、漠然とした幸福を感じていたのだ。

    そして私は、大学を卒業してから少しの間だけ、本屋に勤めていた。この頃には物語を作ることを自らのなりわいにしようと決めていて、勤める傍ら小説を書く計画だった。そしてこの、書店での勤務の経験は、私の認識を大きく変えることになった。

    本屋はなんだか素敵な場所だ。それは変わらない。しかし同時に、そこは商品を売る場所だった。わかっているつもりだったが、わかっていなかった。商品を売るとは売れる物を仕入れることで、そしてそれは、売れない物を仕入れないということなのだ。素晴らしい本だとわかっていても、ランクが低ければ棚に置くわけにはいかない。売れている、つまり多くのひとが探している本を押しのけるわけにはいかないからだ。本を売るとはそういうことだ。

    なぜ本屋が素敵な場所なのか、その理由がわかったような気になった。鮮度がいいからだ。いまどういうものが良しとされ、どういう考え方が新しく生まれてきているのか、本屋の棚はそれを包括的に表わす。陳腐化した考え方と新しい考え方がほぼ等価で並ぶ図書館とは、ここが違う。図書館の楽しみは博物館に行く楽しみに似て、本屋の楽しみは街に出る楽しみに似る。

    そのダイナミズムに接し、より本屋が好きになった。……が、同時に、少しの寂しさも感じるようになった。時代遅れの本は一掃され、いま望まれている本がずらりと並ぶ本屋が、よく手入れされ鮮度を保った本屋ということになる。ではしかし、旅先でふらりと本屋に入り、意外な本に出会った喜びは、店主の怠慢から生じた偶然に過ぎなかったのだろうか。本屋は依然として素敵だが、その素敵さをどう受け止めればいいか、わからなくなった。

    作家としての仕事が軌道に乗りはじめ、私は本屋をやめて東京に来た。そこで出会った本屋の数々に、私は第二の衝撃を受けることになる。

    大型書店に押し寄せる新刊の波は強烈なものであり、一冊一冊を吟味することなど出来ようはずもない。だからこそ、売れ線であるかどうかが棚に残るか否かの唯一の基準だったのだ。しかし私が出会った書店員たちは、不可能と思われた難事に挑み、新刊の波の中から良い本を見分けようと懸命だった。これと思う本が見つかったらそれを売るため、POP書きしかり、サイン会しかり、ペーパー配布しかりあらゆる手を打っていた。そして売上が上がれば、過去の名作を掘り起こす余力も生じる。本屋は本を売る場所だ。そして、良いと信じた本を商売に繋げるため情熱を傾ける人々の姿に、私は本屋に見失いかけていた人間性を再発見したと思った。いや、私がいた本屋にも、人間性はあったはずだ。単に私の在籍期間が短すぎ、目が悪すぎて、見えていなかっただけで―。

    いま私は、本を書いている。自分の仕事が本屋をなんだか素敵な場所にする力の一つになって、どこかの街で知らない子供が、本屋に行くだけで嬉しくなっているといいなと、ときどき思う。

    その子は多分、未来の私なのだ。

     

     著者の新刊 

    真実の10メートル手前
    著者:米澤穂信
    発売日:2015年12月
    発行所:東京創元社
    価格:1,512円(税込)
    ISBNコード:9784488027568

    [日販MARCより]
    週刊深層編集部の都留は、フリージャーナリストの太刀洗と合流して高校生の心中事件の取材を開始するが、徐々に事件の有り様に違和感を覚え始め……。俊英が放つ、粒揃いの作品集。


    (「日販通信」2016年2月号「書店との出合い」より転載)

    ●あわせて読みたい:〈インタビュー〉米澤穂信さん『王とサーカス』 新作はあの人気シリーズの〈新たなる正編〉!

    Pocket

  • GoogleAd:SP記事下




  • GoogleAd:007



  • 関連記事

    ページの先頭に戻る