「ゴローマル」を超えよう。 文・「ラグビーマガジン」編集長 田村一博

2016年01月29日
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日販 商品情報センター「日販通信」編集部
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どうやらご近所のみなさんは、こちらが何者か知っていたようだ。

一般的なサラリーマンの方々とは違う時間帯の生活。スーツとはほぼ無縁。怪しく思われても仕方ない。しかし、「安心してください」と、自分から言うわけにもいかなかった。

そんな、なんとなく居心地の悪い日々は2015年9月20日から変わった。前日の深夜、ラグビー日本代表が世界を驚かせたからだ。

イギリスで開催されていたワールドカップで、世界ランキング13位の日本が同3位の南アフリカを34‐32のスコアで破った。ラストプレーで逆転トライを決める劇的な勝利だった。

感激の夜が明けて街を歩く。これまで同じ町内に暮らしてはいたものの、日常会話しかなかった人たちに思わぬ言葉をかけられた。
「ラグビー、やりましたね」
「五郎丸かっこいい。ついに(ブームが)来たね」

ご存知だったんですね、私の仕事。ただこれまでラグビーは、話題にするほどのものではなかった。随分マニアックな本を作っているな、と思われていたのだろう。

今回の快挙は、特に世界のラグビー強国で大きなニュースとして報じられた。ワールドカップを2度制している南アフリカと、同大会で過去にたった1勝のみ、24年間も勝利のなかった日本。両国の差と、それを覆すことがラグビーではどれだけ難しいかをよく知っているから彼らは価値を認めた。

日本国内でもトップニュースとして報じられ、あっという間にワイドショーでラグビーの話題が取り上げられるようになった。編集部にはテレビ局から取材依頼や情報提供依頼の電話が入り、私の顔やコメントも何度か電波にのった。ラグビーマガジンやワールドカップ関連本の売り上げは好調。「ラグマガに俺の写真載った」という類の投稿が目立つぐらいだったSNSでも、「近所の書店でラグマガ売り切れ! どこに行けばあるんだ?」というような信じられない書き込みも珍しくなかった。世の中はひと晩で変わった。

ベースボール・マガジン社に入社した1989年、ラグビーは人気があった。早明戦のチケットは入手困難。国立競技場は6万人のファンで埋まった。しかし、人気の対象は学生ラグビーで、それも限られたカード。今回のラグビー熱とは質が違う。

もちろん何を言っているんだ、と言う人もいる。いまの世の中、ラグビー人気ではなく、五郎丸人気だろう、と。

確かに、ワールドカップ期間中に社会見学で弊社に立ち寄った富山県の高校生に「五郎丸を知っている人」と問うと20人全員が手を挙げ、「ラグビーの試合を見たことある人」の質問になると6人ほど。「2019年に日本でラグビーワールドカップが開催されると知っている人」には…認識している者はたった1人だった。時間が経ち、その頃と状況は変わったと思う。だけど、「これは五郎丸人気」と肝に銘じ、2019年に向かって歩いていった方がいいのだろう。突然やってきたブームだ。あっという間に去っていく可能性もある。

出版界の先輩に、雑誌作りの心構えをこう教わったことがある。
「口笛を吹くように作ろうよ。読者に夢を見させる仕事なんだからさ」

実は、突然の世の中の変化に口笛を吹く余裕などなく、こちらがまだ夢見心地だ。

てっぺんが尖った髪型を見た初対面の方に「五郎丸ですね」と言われると、つい、あのポーズをとってしまう。ブームでなく、ラグビーが根付いた国に、早くならないかなあ。


ベースボール・マガジン社「ラグビーマガジン」編集長
田村一博 ―TAMURA Kazuhiro

1964年10月21日生まれ。1989年4月、株式会社ベースボール・マガジン社入社。ラグビーマガジン編集部勤務4年、週刊ベースボール編集部勤務4年を経て、1997年2月からラグビーマガジン編集長に就く。


「ラグビーマガジン」
世界のラグビーから日本代表、トップリーグ、国内ラグビー、グラスルーツ、女子と、すべてのカテゴリーを網羅する専門誌。

Rugby magazine (ラグビーマガジン) 2016年 03月号
著者:
発売日:2016年01月28日
発行所:ベースボール・マガジン社
価格:1,030円(税込)
JANコード:4910091350365

(「日販通信」2016年2月号「編集長雑記」より転載)

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