〈書評〉いま学ぶべきものを映す戦国小説  文・末國善己

2016年01月17日
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日販 商品情報センター「新刊展望」編集部
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鉄砲の名手だが経歴がよく分っていない雑賀孫市が、実は3兄弟だったとの奇想を描いた谷津矢車『三人孫市』は、著者が初めて戦国武将を取り上げた作品である。

戦国武将の傭兵をしている雑賀庄に鉄砲鍜治の刀月斎が現れ、新兵器の鉄砲を伝える。村の有力者の長男だが、病弱なため侮られていた鈴木義方は、鉄砲の運用法の考案に非凡な才能を見せ、次弟で猛将の重秀は兄の作戦を実行する指揮官になり、末弟の重朝は天才的な狙撃手として名を高める。

三好党に雇われた重秀と重朝は、畿内で勢力を伸ばす織田信長を狙撃するも失敗。これに激怒した信長は、執拗に犯人を追う。

3兄弟は鉄砲という「力」を手にしたことで、より強大な「力」を持つ信長に憎まれ、家族や共同体の絆を絶ち切らなければならない状況に追い込まれる。3兄弟が「力」によって悲劇に見舞われる終盤はせつなく、「力」は人を幸福にするのかを考えさせられる。

刀月斎は鉄砲と共に一向宗を伝え、いつしか雑賀庄は宗教のためなら死も厭わない村に変わる。これは宗教の名のもとに行われる戦争が続く現代の戯画に思えた。

三人孫市
著者:谷津矢車
発売日:2015年11月
発行所:中央公論新社
価格:1,728円(税込)
ISBNコード:9784120047893

村木嵐『島津の空 帰る雁(かりがね)』は、親子、兄弟が殺し合った戦国時代にあって、強い絆で結ばれた島津家を連作形式で描いている。

「陣払い」は、関ヶ原の合戦で石田三成の下で戦った義弘が、なぜ徳川家康の本陣をかすめるようにして撤退し、なぜ家康に敵対したのに処分されなかったのかについて、独自の解釈を示しており歴史ミステリー的な面白さがある。

許嫁だった義弘の息子・久保が戦死し、弟の忠恒と結婚した義久の娘を描く「亀寿(かめじゅ)」。重臣の伊集院幸侃(こうかん)の嫡男・源次郎と結婚するも、伊集院家が謀反を起こしたため運命の変転に翻弄される義弘の娘を主人公にした「御下(おした)」。島津4兄弟の末弟で、誰からも愛され、最期まで義弘を尊敬し続けた家久の生涯に迫る「いちいの実」。そして最終話「玉のありか」は、島津家一の軍略家で、いち早く豊臣秀吉への恭順を主張した歳久の、不可解な死の真相に迫っている。

島津家にも不和になる種はあったが、ある者は文字通り自分を殺し、ある者は先に逝った人間を想って、開花する前に原因を潰していった。ここには、憎悪の連鎖を絶ち、平和をもたらすためのヒントが隠されているように思える。

島津の空帰る雁
著者:村木嵐
発売日:2015年12月
発行所:中央公論新社
価格:1,836円(税込)
ISBNコード:9784120047800

吉川永青『関羽を斬った男』は、〈戯史三國志〉シリーズの外伝を7作収録した短編集である。

曹操に敗北し、捲土重来(けんどちょうらい)のため山賊の頭目になった張飛が、部下のさらってきた娘に魅かれていく「天竺の甘露」は、娘の意外な正体がどんでん返しになっている。

胃に瘤ができる病に罹った太史慈が、仙人の于吉(うきつ)に治療を頼み症状を和らげる石をもらうが、使い方を誤ってしまう「瘤と仙人」、褒美に美女をもらった鍾繇(しょうよう)が、妖しい魅力を持つ女にのめり込んでいく「人恋ふる夜魔」は、幻想小説としても秀逸である。

「朱の守人」は、曹操の娘で漢の皇帝に嫁いだ曹節が、禅譲を迫る兄・曹丕(そうひ)の横暴さに抗い、懸命に皇帝を守ろうとする凛とした姿が深い感動を与えてくれる。「臭う顔」は、有名な魏延と諸葛亮の確執を斬新な視点で描いていた。

特に完成度が高いのは、諸葛亮が、場当たり的な法令を出した劉備をあっと驚く方法で諌める「酔漢無法伝」、関羽を斬った馬忠を倒して名を上げようとしている旅の武人・華龍が、隠棲している馬忠から関羽と戦った時の裏話を聞く表題作の2作。現代の政治家と同じように、先を読んで布石を打ったり、明確なビジョンを持っていたりしない劉備、乱世を生き抜くため名誉欲と出世欲に取り憑かれ、己の野心に足をすくわれる華龍―― 失敗した2人からは、現代人が学ぶべき教訓も少なくない。

関羽を斬った男
著者:吉川永青
発売日:2015年12月
発行所:講談社
価格:1,566円(税込)
ISBNコード:9784062198325

(「新刊展望」2016年2月号 「おもしろ本スクランブル」より転載)
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