「知ったかぶり」という病 文・「kodomoe」編集長 安藤三四郎

2016年01月07日
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日販 商品情報センター「日販通信」編集部
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「あーはいはい」、この言葉を僕は人生で何回使ったのだろう。正しくは「あーはいはい、知ってますよ」の短縮形である。そして、この言葉を使う時はかなりの割合で知ってないくせに使っている。いわゆる「知ったかぶり」である。僕は本当によく使っていた。

「知ったかぶり」はかっこ悪い。それはわかってる。でも、なぜかしてしまう。特に本や映画や音楽の事なんかで「これ知ってますよね」的な空気感で言われると、素直に「知らないんですよね」と言えず、「あーはいはい」である。気づいた時には、もう病は深刻化していた。

そんなある日、うちの妻がめずらしく本の話を僕にふってきた。「本当に今さらなんだけど、乙一にはまってるんだ。君は好き?」と。僕は咄嗟に「乙一は文体が好みじゃないんだよ。あの独特の癖がどうも合わなくて」と答えていた。また、病発動である。乙一さんの作品は一冊も読んでいない。その理由も、乙一さんがセンセーショナルなデビューを飾ってた時に出遅れてしまい、今更読むのもなあという、ありがちなかっこ悪い理由である。その日は妻も「そうなんだ」という感じで会話は終わった。

そして、数か月後、今度は僕が妻に「ちょっと凄い本見つけたよ」と前のめりに話しかけていた。その本は、5年以上前の本で、タイトルは知っていたが、最近映画になったのを機に読んでみたのである。心に沁みる作品だった。妻に僕は「ストーリーも素晴らしい、キャラも魅力的、何といっても文体がすごい。この文章のリズムは一度読んだら忘れない」とかなんとか、さも自分が書いたといわんばかりの情熱をこめて語っていた。しかし、今回、妻の雰囲気がいつもと違った。何か不思議な物体を見るような目で僕を見ていた。そして、「その本知ってるよ。すごい傑作。でも、乙一の事、嫌いって言ってたのに。訳わからないね」と呟いた。条件反射で「あーはいはい」とは言ったものの、その後が続かない。ちょっと状況がつかめなかった。何で乙一の話がここで出てくるんだろう? 聞き間違いか? 平静は保っていたが軽いパニック状態になっていた。

妻は静かに、「乙一と中田永一は同一人物」「そんな事は本好きの人なら誰でも知ってる」「文体が嫌いと言っていた乙一の本、一冊も読んでないでしょ」。そして、「いつか言おうと思ってたけど、君の知ったかぶりはすぐにわかるよ」と……。

マジかよ……。同じ人なの……。名前違うじゃん……! 恥の多い人生を送ってきましたが、こんなに恥ずかしい思いをしたのは初めてだった。まさに悶絶という感じで、この先、どうやって生きていこうと思ったほどだった。苦しみの中、布団に潜り込んだ。

でも、一晩明けた朝、なぜか、ものすごくすっきりしていた。すぐに、その日から乙一さんを読み始めた。当たり前だが、どれもこれも面白かった。あの時、僕の知ったかぶりを妻が指摘しなければ、乙一さんの作品の面白さは一生わからなかったと思う。この病は、人の進歩を止める。40年以上生きてきて、やっとわかった。いや、知っていた。誰かに、お前かっこ悪いよと言ってほしかったのだ。あの日から、僕は、この病を克服しようと生きている。

でも、時々、「あーはいはい」と言いそうな自分がいる。体の奥深くまで入り込んでいた病は、生半可なものではない。ただ、そんな時は、家に帰ってきてから、本棚で表紙が見えるように飾ってある『百瀬、こっちを向いて。』を見て、自分を戒めるのである。


白泉社「kodomoe(コドモエ)」編集長
安藤三四郎 ―ANDO Sanshiro

1972年生まれ。花とゆめ編集部、販売宣伝部を経て、2015年より「kodomoe」編集長を務める。


「kodomoe(コドモエ)」
「親子時間」を楽しもう、がテーマの育児誌。知的好奇心旺盛なママが読者の中心です。毎号、付録絵本が付くのも大きな特徴。最新2月号(1月7日発売)の特集は、買い物・育児・ダイエット・フリマなんでもできちゃう「ママのための魔法のスマホ術」。

kodomoe (コドモエ) 2016年 02月号
著者:
発売日:2016年01月07日
発行所:白泉社
価格:690円(税込)
JANコード:4910138310260

(「日販通信」2016年1月号「編集長雑記」より転載)

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