• 絵は“才能”or“学ぶもの”?東京藝大の狭き門に挑むスポ根受験物語『ブルーピリオド』

    2018年12月11日
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    ほんのひきだし編集部
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    ブルーピリオド 1
    著者:山口つばさ
    発売日:2017年12月
    発行所:講談社
    価格:680円(税込)
    ISBNコード:9784065105863

    1日中好きに絵を描くことができる夢のような学校があるらしい──

    小さい頃、美大に通ってみたいなぁと思っていました。しかし、美大のない田舎に住んでいたのでいまいちリアリティがなく、「美大」は自分で想像するしかできませんでした。

    もしあの頃、この漫画に出会っていたら、私の人生は今とは少し違うものになっていたかもしれません。読みながら「あぁ25年前に読みたかった!」と思いました。

    もしかするとこれは、中学生や高校生の未来を変えるきっかけになる漫画かもしれません。美術が好きだけれど好きの先になにがあるかわからず不安な人、美術がなんのためにあるのかわからない人、美大にいく意味が見つからない人など。美術に関わりたい・美術を学びたい若者向けに、美大受験のアレコレがとてもわかりやすく紹介されています。

    子が美術に興味を持ち、美大に進みたいと言っていて、なかなか理解ができない親にもはまると思います。子どもを理解するのに、親に理解してもらうのに、言葉の説明以上に理解できる解説書のような丁寧さです。

    もし友だちが美大へ進もうと悩んでいたら、一緒に読むと良いと思います。きっとわかり合えて友情も深まると思います。

    この本は、漫画というカタチをした、未来への道しるべになるでしょう。人生は1冊の本で大きく変わることがあります。もし、今、なにかを変えたいと思っていたら、この漫画をぜひお手に取ってみてください。

    少し余談ですが、漫画のタイトル『ブルーピリオド(blue period)』はピカソ初期(二十歳ごろ)の「青の時代」の英語表記です。深く碧い独特の青年期を感じる色合いの絵のシリーズで、1巻冒頭で出てくる早朝の渋谷を描こうとするシーンを、私はピカソの青の時代の絵をイメージして読みました。もしご興味のある方は「ピカソ 青の時代」で検索して絵をいくつか見てから漫画を読み進めると、より楽しめるかと思います。

     

    思春期ならではの葛藤を抱えていたあの日

    『ブルーピリオド』は、無難になんでもこなせるけれどイマイチ熱中できるものが見つからない男子高校生・矢口八虎の日常から始まります。友だちと悪さはするけど、成績は優秀。勉強することや努力することはもともと得意です。

    しかし、いくら努力ができても、上手くその場をこなせても、実際のところは夢中になれるものがなく、宙ぶらりんな気持ちでいます。他人からの称賛にも、手応えのない虚しさを感じています。なんでもできるのに、なにもない。そんな空虚さに、少しの焦りと歯がゆさを感じます。

    本当の自分に「足りないもの」があることはわかる、それがなんなのかがわからない。思春期に起きる「心の所在」と「未来のズレ」に葛藤を垣間見ることができます。

     

    絵という、ふんわりした優しいコミュニケーション方法

    そんなある日。八虎は通う学校の美術部と出会います。先輩が描く大きな天使の絵。その前に立ち、透明感のある人肌の描き方、並外れた表現力に驚いたのでした。どうやって表現しているのかと先輩に質問すると、才能ではなく技法だと答えをもらい、絵や美術も「学ぶもの」だと知ります。たしかに学校などで一斉に絵を描くと、絵はセンスや才能だと思いがちですが、好きで描いている人は、描く枚数が多いので、自然と上手くなっていくもの。絵は学ぶもの、という感覚は気づきにくいのかもしれません。

    八虎は先輩に自分が好きだと感じた早朝の渋谷の風景の話をします。先輩は馬鹿にしたり笑ったり、誤魔化したりせず、真っ直ぐに「あなたの見えた色で良い」と優しく声をかけます。

    不思議と絵の魅力に気づき始める八虎。美術の時間に、自分が感じて好きだと思った渋谷の早朝の風景を描きます。壁に貼られた絵を、みんなが眺めているなか、仲間たちから絵を褒められました。あの日の渋谷の早朝の空気や世界の色、匂いをみんなと共有できた。言語を越えたコミュニケーションでふいに涙します。

    今、このレビューを書く私も、長いことイラストレーターをしていますが、絵は言葉にできない感覚を、感覚のままアウトプットできる面白さがあります。言葉にすると消えてしまう大切な五感が、絵に変換すると消えずにふんわり身体の中に残っているように感じます。この感覚が、他人と共有できたとき、不思議な幸福感があります。

    言葉はわかりやすくYESやNOで確認できますが、芸術は他人とわかり合えているかどうか、なかなか確認が難しいジャンルです。自分と他者の間にどれくらい感覚差があるかはわかりません。生涯、誰かと分かり合うことはないのが真実です。真実ではありますが、それでもなんとなく、音叉(おんさ、いつも同じ音程の音がする、二股に分かれた金属製の棒)が共鳴するような感覚を他人と感じられるときがあり、心がぐにゃりと解けて他人と混ざるような感覚があります。そのとき、芸術の面白さ素晴らしさを知ります。

    八虎が感じた仲間たちや、美術部員・ユカにかけられた言葉は、こんな体験や感覚だったのではないかなと、読んでいて思いました。孤独の先にあるわかり合えるかもしれない希望。それは人が生きていくために与えられた素敵な感覚です。

     

    国立美大という狭き門への挑戦が始まった

    描くことの楽しさに目覚め始めた八虎は美術室へ通うようになります。美術部の顧問の先生や、個性豊かな部員たちと関わりを持ち始めます。

    美術を専攻し、美大へ進もうとする人であれば、「食べていけるのか」で悩む人も多いはずです。八虎も、自分にとって絵を描くことは、楽しいだけ・好きなだけ・趣味で良いのでは?と葛藤します。

    家庭の経済状況、好きというエネルギー、潔い目標を見つける八虎。東京芸大という国立美大一択。狭き門であり、簡単に越えられない壁。しかし、八虎の心は今までにはないワクワクと生きる実感を感じます。

    腹が決まった八虎。いよいよ長い戦いが始まります。

    後半は美大への受験方法や、絵の技法、美大予備校の話が続きます。美大を目指す人だけではなく、絵を描くのが好きな人にとっても、参考書や入門書のようにためになる良質な知識がたっぷり詰まっています。

    レビューするのがもったいないほど、絵を愛する気持ちで溢(あふ)れたページが続くので、ぜひ本編で読んでいただきたいと思います。

    おまけです。

    この漫画、たくさんのデッサン画が出てきますが、どれもちゃんと個性があったりキャラ毎にタッチが違ったりするので、漫画家さんが描き分けているのかなぁと思っていました。巻末にどのコマのどのデッサンを誰が描いたかの一覧がありました。なんと! こんなに参加者がいたという! 本当に描き分けていました。

    このキャラならこのデッサンを描きそうだなぁという雰囲気が、私が絵を生業にしているからか、なんとなくわかりました。このページを見ながら、なるほど、そういうことか!」と納得です。これほどまでの細かさ、丁寧さが、本編に素晴らしい深みを出しています。

    再読するときに、このページと出てきた絵を照らし合わせて読んでも面白いと思います。

    絵を愛するすべての人へ届けたい漫画です。ぜひあなたの本棚へ。

    (レビュアー:兎村彩野)

    ブルーピリオド 1
    著者:山口つばさ
    発売日:2017年12月
    発行所:講談社
    価格:680円(税込)
    ISBNコード:9784065105863

    ※本記事は、講談社コミックプラスに2018年4月7日に掲載されたものです。
    ※この記事の内容は掲載当時のものです。




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