• 『トニオ・クレエゲル』『火星のプリンセス』……風野真知雄さんが昭和40年代に買い集めた文庫たち

    2018年11月06日
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    日販 ほんのひきだし編集部「日販通信」担当
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    テレビドラマ化された「妻は、くノ一」のほか、「耳袋秘帖」「若さま同心 徳川竜之助」「わるじい秘剣帖」など数多くの時代小説シリーズで人気の風野真知雄さん。

    「風野さんといえば歴史・時代小説」という方も多いかと思いますが、平成最後のこの年、まさに“歴史”へ変わろうとしている「昭和」をテーマにした新シリーズがスタートしました。

    昭和探偵 1
    著者:風野真知雄
    発売日:2018年09月
    発行所:講談社
    価格:691円(税込)
    ISBNコード:9784065125878

    今回はそんな「昭和」にちなんだ本屋さんにまつわるエッセイを、風野さんにお寄せいただきました。

    風野真知雄
    かぜの・まちお。1951年福島県生まれ。立教大学法学部卒。フリーライターとして活動したのち、1992年に「黒牛と妖怪」で第17回歴史文学賞を受賞しデビュー。2015年、「耳袋秘帖」シリーズで第4回歴史時代作家クラブシリーズ賞、『沙羅沙羅越え』で第21回中山義秀文学賞を受賞。「この時代小説がすごい!2016年版」で文庫書き下ろし部門作家別ランキング1位。「若さま同心 徳川竜之助」「妻は、くノ一」「隠密 味見方同心」「わるじい秘剣帖」「姫は、三十一」「大名やくざ」「占い同心 鬼堂民斎」など時代小説の人気シリーズ多数。

     

    文庫と男は  風野真知雄

    人生でいちばん書店に通った時期は高校生のときだろう。その書店は、高校と家のあいだにあったわけではなく、まったく別方向の道にあった。だから、その書店に寄ると、正三角形をつくるような道筋になってしまうのだが、それでもわたしは欠かさず日参した。それどころか、毎日、三十分から一時間くらいは、そこで時間をつぶしたような気がする。

    書店の名も、店主の顔も覚えていない。小さな書店だった。畳敷きでいうと、十畳一間ほどが店のスペースで、真ん中に本棚が二列、背中合わせに並んでいた。この二列が文庫本専用の棚で、ほかの棚を見た記憶はまったくない。

    文庫はいまのようにたくさんの出版社は出していなかった。岩波文庫、新潮文庫、角川文庫、ハヤカワ文庫、創元推理文庫はいまもあるが、近ごろあまり見られなくなった春陽文庫がけっこうスペースを取り、ほかに現代教養文庫があった。あまり買わなかったが、旺文社文庫もあった気がする。まだ講談社文庫も文春文庫も光文社文庫もなかった。記憶だけで書いているので、ほかにも文庫があったかもしれないが、たぶん買ってはいないと思う。なぜなら、高校生のときに買った本はほとんどすべて覚えているからである。

    その書店には文庫用の平積みの棚がなかった。床近くまで、びっしりと文庫本が並べられていた。だから、下のほうにある文庫本は、かがんで背表紙を読み、取り出さないといけなかった。

    文庫には、カバーのないものもかなりあった。岩波文庫はパラフィン紙と、いまでは表紙に合体してしまった色違いの帯が巻かれ、値段は星の数で示されていた。星一つが五十円だったはずで、星一つではトオマス・マンの『トニオ・クレエゲル』や永井荷風の『濹東奇譚』が思い出深い。

    新潮文庫は、当時から作家別にデザインの違うカバーがついていた。異彩を放っていたのは角川文庫で、後に角川春樹社長が映画の画面を表紙に使って次々にベストセラーを生み出したが、その前から外国映画の原作に映画の画面を使っていた。「さすらいの青春」というタイトルで映画になった『モーヌの大将』とか、フィツジェラルドの『雨の朝パリに死す』とかは、ひどく懐かしい。

    だが、いちばん衝撃だったのは、創元推理文庫SF部門で登場した『火星のプリンセス』というSF小説だ。これは当時まだ珍しいフルカラーの絵で、しかも胸の谷間もあらわな美女が描かれていた。もともとわたしの読書は、映画「猿の惑星」の原作から始まったみたいなもので、SFを中心に読んでいたが、これは別の楽しみでたまらず購入した。「週刊プレイボーイ」などもその前からときどき買っていたが、こっちのほうが恥ずかしく、ドキドキした覚えがある。これはシリーズ物で、結局、十一巻まですべて揃えた。

    頑張っていた春陽文庫は熱血アクション物などが多数並び、同級生に愛読者もいたが、わたしは江戸川乱歩の短編シリーズしか買わなかった。

    こうした文庫本の品揃えを、毎日チェックしに行っていた。よほど暇でないとできないことだろう。立ち読みは怒られるからしなかったが、背表紙を見、表紙や粗筋を確認し、買おうかどうかさんざん迷うのである。もっとも、迷うことが楽しかったのだ。

    高校生のこづかいなど高が知れていたが、それでも一週間に一冊くらいは文庫本を買っていた。四段ほどの本箱が部屋にあったが、卒業するころには文庫本でいっぱいになっていた。

    近ごろの書店では、売れるのはほとんど平積みの本だという話を聞いたことがあるが、わたしに言わせれば、本と男は背中で買うものじゃないですかネ。

    【著者の新刊】

    昭和探偵 1
    著者:風野真知雄
    発売日:2018年09月
    発行所:講談社
    価格:691円(税込)
    ISBNコード:9784065125878
    昭和探偵 2
    著者:風野真知雄
    発売日:2018年10月
    発行所:講談社
    価格:691円(税込)
    ISBNコード:9784065132265

    西新宿の雑居ビルで開業22年のおっさん探偵・熱木地潮に、起死回生(?)の依頼が舞い込む。テレビ局の友人が特番「昭和探偵」に協力してくれというのだ。お題は絶世の人気を誇ったモデル、アグネス・○○が落とした水着を捜すこと! 懐かしい昭和の謎を、ユーモアたっぷりに解き明かす新シリーズ。

    講談社BOOK倶楽部『昭和探偵1』より ※試し読みできます

    (「日販通信」2018年11月号「書店との出合い」より転載)




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