• 『破裂』『無痛』の著者・久坂部羊さん最新作『虚栄』は、がん治療の最先端を描く医療サスペンス!

    2015年11月20日
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    日販 商品情報センター 「新刊展望」編集部
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    現役の医師であり、医療を題材としたミステリーやエッセイで知られる作家・久坂部羊さん。最新刊『虚栄』は、がん治療開発の国家プロジェクトが引き起こす事件と、それに関わる人々の有り様、医学界とメディアの問題を描いた医療サスペンスだ。作品に込められた思いと、誰の身にも起こり得る病と死への覚悟について、お話を聞いた。

    虚栄
    著者:久坂部羊
    発売日:2015年09月
    発行所:KADOKAWA
    価格:1,836円(税込)
    ISBNコード:9784041019948

     

    「見込み」と「期待」のすれ違い

    2人に1人ががんになり、3人に1人ががんで死ぬといわれる現代。著名人が急激に進行するがんで次々と死亡し、がんに対する注目が高まる中、「凶悪化」するがんの撲滅を目指す国家プロジェクト「G4」が総理の鶴の一声で発足する。G4とは手術(外科)、抗がん剤(内科)、放射線治療(放射線科)、免疫療法(免疫療法科)の4グループを指し、それらの総力を結集した「集学的治療」を目指すものだったが、水面下では巨額の予算を巡り、各科の覇権争いが激化していく。

    久坂部さんは、がんを作品のテーマにしたきっかけについてこう語る。

    「『虚栄』の巻末にも参考文献をたくさん並べましたが、がんの治療に関する新しい情報やニュースは新聞記事などにしょっちゅう出ます。もともと外科医としてがんの治療に携わっていましたので、興味があって見ていると、いまにも抗がん剤でがんを克服できそうとか、転移や再発のメカニズムがわかったとか、ナノテクを使った新しい治療といったニュースが多数報告されるけれど、現場では少しも実用に至っていない。どうしてそういうことが起きるのかというと、研究者が自分の研究について、マスメディアに非常に楽観的、希望的観測に基づいた情報提供をするからです。医療者もマスメディアも、がんに対して“虚栄”を張ったような情報があまりに多い。それを見た人たちは、なんとなくもうがんは克服できるようになったと思っているかもしれないけれど、実際は全然違う。その実態と流れている情報の落差を描きたいと思いました」

    とはいえ、「記事も嘘を書いているわけではなくて、この研究がうまくいけば、がんの転移は抑えられるだろう、という“可能性”を書いている」。ニュースバリューのある「見込み」を報じるマスコミと、病気を治したいと切望する患者や家族の期待。そのすれ違いが大きな認識のズレを生んでしまうのだ。

    プロジェクトのキャンペーン報道を担当する新聞記者の矢島塔子は、そんな報道の在り方に疑問を抱く。身内ががんに罹った経験から、統計の“数字のトリック”や続報のないニュースの羅列では、患者は必要な知識を得られないことを実感している。医療界の仕組みにも疑念を抱く彼女は、取材を続け各グループの分析を行ううちに、プロジェクトの先行きに不安を感じるようになる。

    「がんの治療法には4つのグループがあって、患者さんはそれらが協力してがんを治してくれるだろうと期待すると思うのですが、ここにも書いたように実は競合関係にあります。

    小説としてかなり誇張しているので、実際はそれほど醜い争いはしていないと思うのですが(笑)、ひとつにはがんにはまだ完全に有効な治療法がないということがあります。初期のがんなので手術で切除するのがいい、転移や進行があるので抗がん剤のほうがいいとはっきりしているケースもありますが、どの治療法がいいのかグレーゾーンの症例もたくさんあります。単独では治すことができないのでお互いにもたれ合っている状態ですが、今後、例えばがんのメカニズムの根本に働き掛けるような抗がん剤ができたりすると、放射線科も外科も大弱りでしょう」

    つまり、がんを完治できる手法が一つでも開発されれば、そのほかのグループの治療法は必要なくなってしまうということ。まさに死活問題である。

    〈患者からすれば、どんな方法であれ、とにかくがんが治りさえすればいい〉。その点、四大治療の長所を生かし、短所を補い合う「集学的治療」はまさに理想的だが、プロジェクトに参加するのはそれぞれの分野のエキスパートたち。自分たちの科の権威と生き残りをかけて、熾烈な闘いが繰り広げられていく。

     

    「がん」は未だわからない病気

    プロジェクト「G4」では、各グループの代表として4つの大学が選ばれ、それぞれ教授、准教授、講師が参加している。阪都大学の筆頭講師としてプロジェクトに加わった外科研究医の雪野光一は、国家が取り組むこのプロジェクトにがん克服の期待を寄せていたが、その理想も虚しく争いの渦に巻き込まれていく。

    多弁で外交的な抗がん剤の専門家・朱川。彼の部下で、雪野とは高校時代の同級生であり功名心の強い赤崎。雪野の上司で外科学会の重鎮・玄田と、ロボット手術に強いこだわりを持つ冷酷な陰謀家・黒木。放射線治療の第一人者であり皮肉屋の一匹狼・青柳。アメリカで研鑚を積み、物腰は知的で謙虚なプロジェクトの紅一点・白江……。医療者としては優秀でありながら一癖も二癖もある人物たちが、自グループを有利に導こうと画策するうちに、事態は思わぬ方向に転がっていく。

    「一般的には外科医はイケイケで内科医は知的というイメージがあると思うので、それを逆にしたり、女性や偏屈な医者を入れてみたり」。ほかにも「がんの放置療法」を推奨する医者、がんに罹った体験をルポするベテランジャーナリストなどさまざまな人物が登場し、それぞれの立場から見た現代におけるがん治療の実態や、医者と患者の心理、死と向き合う人々の苦悩を描き出していく。そして、医療者も病と死の前では平等であることも―。

    「患者さんももちろんそうですが、医療者にもさまざまな人がいて、現場は混とんとしている。同じようながんで同じようなステージでも、薬や手術に対する反応が全く違って予想外の結果になることもある。一言でいうと、〈がんにはまだまだわからないことが多い〉と最近わかってきた、ということです」

    「300年後、500年後に21世紀のがん医療を振り返ると、おそらく当てずっぽうや原始的であったと見られるでしょう。でもいまはそれしか方法がない。患者さんにはそういうものだということをわかってほしいと思います。絶対に正しいがんの治療を受けたいと思っても、それはいまの医学では難しいんです」

    どんな病気も、これまで多くの症例や研究の積み重ねで治療法が確立されてきた。つい「がんはもう治る病気」と考えがちだが、本作を読むと、多くの病気と同じように未だ解明途中にあるということが見えてくる。

    国家主導のプロジェクトに多くの人間たちが翻弄される『虚栄』だが、久坂部さんは、これまでも作品に社会や政治を絡めて執筆してきた。

    「以前外務省の医務官として海外の日本大使館の医務室に勤務していて、外交官の話を聞く機会も多く、官僚、政治家の人たちの動きを身近に感じていました。病院の中だけで展開する話は、どうしても世界が狭くなってしまう。社会全体の人たちに物語が伝わるように生活の要素も入れていますし、政治や社会の問題はドロドロしているところもあって、ドラマティックで面白いですよね。自分の興味を引く部分でもあります」

    「病気になったらどうしよう」という不安は誰もが感じるものだが、では治癒した後はどのように社会で生きていくのか。読み進むうちに視野は自然と広がっていく。

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