〈西加奈子さんインタビュー〉祝福がふりそそぐ物語『ふる』文庫版発売

2015年11月04日
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日販 商品情報センター「新刊展望」編集部
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〈西加奈子さんの『ふる』文庫版がこのほど発売されました。単行本刊行(2012年12月)の際のインタビューを再掲載します。〉

ふる
著者:西加奈子
発売日:2015年11月
発行所:河出書房新社
価格:572円(税込)
ISBNコード:9784309414126

―主人公は、池井戸花しす(いけいど・かしす)、28歳。誰の感情も害さないようにと常に受け身で生きてきた彼女が、あることに「気づく」までの物語です。読み終えた瞬間、「自分が生まれてきたこと、生きていること」に思いを馳せ、幸せな気持ちがふわーっと湧き上がってくるような小説でした。どのようにして生まれた作品ですか。

西:
以前、友達に「こういうイメージの小説を書きたいねんけど」と話していたことがあります。何か白くてふわふわしたものをみんながそれぞれ持っていて、それは人によってカバンに見えたり、サーフボードに見えたりするんだけど、それが人を貫いてつなげているような感じ。すごくぼんやりしていて、本当に「こんな感じ」というものでしかなくて、これは書くのは難しいなと思っていました。

それと別にもうひとつ書きたいと思っていたことがあって、それは、女性器のことなんです。すごく変な形じゃないですか。私たちが持っているものなのに自分が一番見られないし、すごく不思議な存在だなと思っていたんです。でもそれを書くのもまた難しい。そういう2つの「書きたいけど、どうしていいかわからない」ものが私の中にあったんです。

去年、高野山の宿坊に泊まりにいく機会があって、その前に仏教の本をたくさん読みました。そのうちの1冊、『えてこでもわかる 笑い飯哲夫訳般若心経』の中にあったのが、人間というのは、ドロドロドローとした液状の中にたまたまぽこぽこっと浮いている米粒みたいなもの、と。

えてこでもわかる笑い飯哲夫訳般若心経
著者:笑い飯哲夫
発売日:2009年02月
発行所:ヨシモトブックス
価格:1,337円(税込)
ISBNコード:9784847018251

それを読んだとき、ビビッときたんです。「白くてふわふわしたもの」のことが。上から見たら人間は粒粒で、でもミクロで見たらそれぞれの人生があって……。それともう1冊、別の本で一休宗純の逸話に惹かれました。一休さんは、川で洗濯している女の人の露になった性器に手を合わせてこう言ったそうです。「女をば 法の御蔵と 云うぞ実に 釈迦や達磨もひょいひょいと生む」。この2つがいっぺんに自分の中に入ってきたときに「あ、書けるかも」と思いました。

よく書けたなと思います。自分でもぼんやりとしかわからない、「こういう感じ」としか説明できなかったものを文字にしていくのはすごく難しかった。

―そうやって苦労して書き上げられて、今までと違う何かをつかんだ感触はありますか。

西:
「今回は今までと違うかも」と思いながら書いて、それが書けたのはうれしかったです。でも結局私は「生きているってほとんど奇跡だ」「生きているだけですごいんだ」ということを書きたくて、どの作品でもそれは変わらない、そのことがわかって安心もしました。ずーっと、私が書きたいことはこれなんやと再確認できた。だから、新境地でもあるし、今までと変わらないなという思いもあります。

―言葉が「空から降ってくるように、書いてある」という場面が繰り返し出てきます。

西:
それも「感じ」としか言えないんだけど、白くてふわふわしたものの中に孕んでいるイメージです。「あんしん」「わらって!」「かんぱい!」「おいしいよ」などポジティブな言葉ばかり。日常の中で、言葉がぱっと飛び込んできてはっとさせられる瞬間があるんです。それが「止まれ」とか「合流注意」みたいにネガティブな言葉だとドキッとするんですよね。自分の精神に言われているみたいで。でも逆にかわいい言葉もたくさんあって、いっぱい目につく。私たちはそれらに囲まれて生きているんだということをイメージしました。「空から降ってくる」はラストへの伏線にもなるものです。

―どんな読者に届けたいですか。

西:
装幀のかわいい本だし、女性器の話ではあるけど、男の人にもぜひ読んでほしいです。男性女性にかかわらず、花しすみたいな性格の人はいると思う。嫌われないようにすることに一生懸命で、でもそれは優しさじゃないとわかっていて、つらい。そういう人に読んでもらえたらうれしいです。

(2012.12.14)


nishikanako

西 加奈子 Kanako Nishi
1977年イラン・テヘラン生まれ。エジプト・カイロ、大阪で育つ。2004年『あおい』でデビュー。2005年『さくら』がベストセラーに。2007年『通天閣』で第24回織田作之助賞、2011年咲くやこの花賞を受賞。2013年『ふくわらい』で第1回河合隼雄物語賞、2015年『サラバ!』で第152回直木賞受賞。その他の小説に『きいろいゾウ』『しずく』『きりこについて』『白いしるし』『漁港の肉子ちゃん』『ふくわらい』『舞台』など、エッセイに『ミッキーかしまし』『まにまに』など。


(「新刊展望」2013年2月号より)

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