「謎の人物X?」 駅前の小さな書店で桂望実さんが体験した、ドラマみたいなホントの話。

2015年11月01日
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日販 商品情報センター「日販通信」編集部
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『県庁の星』や『ハタラクオトメ』『恋愛検定』など、共感度大のお仕事小説や元気の出るエンタメ小説が人気の桂望実さん。『嫌な女』では、映画化にあたり女優・黒木瞳さんが初めて監督を務めることでも話題になりました(映画は吉田羊さん・木村佳乃さんのW主演で2016年公開)。そんな桂望実さんの、書店にまつわるエッセイを掲載します。まるで短編小説のような、とある町の駅前書店でのお話です。

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桂 望実
かつら・のぞみ。1965年東京都生まれ。会社員、フリーライターを経て、『死日記』でエクスナレッジ社「作家への道!」優秀賞を受賞しデビュー。2005年『県庁の星』が映画化されベストセラーとなる。主な著作に『嫌な女』『ハタラクオトメ』『恋愛検定』『エデンの果ての家』『僕とおじさんの朝ごはん』など。

 

謎の人物X?  桂 望実

以前住んでいた町の駅前に小さな書店があった。

その限られた空間には本だけでなく、文房具があり、コピー機があった。写真の現像の取次ぎもしていて、スタッフはかなり忙しそうだった。忙しいなかにも、くつろげる時間はあるようで、女性スタッフ二人のお喋りが聞こえてくることもあった。昨夜一緒に行った居酒屋で、人生について語り合ったと思われる二人が、その続きをしているのを耳にしながら、客たちは本を立ち読みするのだった。

ある日のこと、文庫の棚からなんとなく一冊を手に取った。それはアメリカの作家のミステリー小説だった。当時の私は翻訳小説しか読まないという偏食だったので、海外の作家の名前はそこそこ知っているつもりでいたが、その著者の名はまったく知らなかった。購入して自宅に戻った。読んでみるととても面白くて、心に残る作品だった。

一週間後、再び文庫の棚の前に立った。すると、私が空けた場所に、同じ作家の別の作品がささっていた。小さなその店では、海外作品の文庫に割り当てられた棚は一つだけだったので、激しい競争があると思われた。私が買ったことで、ほかの作家に場所を奪われる可能性もあったわけだが、別の作品を並べて貰えていた。私は別の作品を読めることに喜び、購入した。

これがすこぶる面白い。すっかりその作家のファンになった私は、また文庫の棚の前に。

なんということだろう。私が空けた場所には、件の作家のまた別の作品がささっていた。三回続くと、偶然とは思えない。明らかに、私をピンポイントで狙っている。「次はこれを読んでみたら?」と棚から声が聞こえるようだ。文庫を取り出し奥付を確認すると、発行されてから五年が経っていた。在庫として書店にあったものか、わざわざ仕入れたものなのかはわからない。私はきょろきょろと辺りを窺った。だが、私の行動を見張っている人物はいない。入口付近から、女性スタッフ二人のお喋りが聞こえてくるだけ。若い方の女性スタッフが、独身の叔母さんと自分を重ね合せて、将来を心配していた。この二人のどちらかの作戦なのだろうか。お喋りに夢中なフリをして、客に油断をさせておきながら、その実次になにを買わせようかと虎視眈々と狙っているハンターなのかもしれない。それとも姿を現さない三番目の人物の仕業なのか。事の次第は不明ながら、私はこれに乗っかることにした。レジへ文庫を持っていき、女性スタッフをじっと見つめてみたりしたが、二人とも無表情で、そこからはなにも窺えなかった。

なんとこれが六冊続いた。七冊目を買おうと文庫の棚の前に立つと、一冊目に買った作品がささっていた。私は凄くがっかりして、長い時間その棚を見つめ続けた。私は交流をしている気持ちだった。「次はこれ」「オッケー」といった会話を。私がもう少し純情だったら、涙の一つも零していておかしくないほどの痛手だった。

後になって、この作家の文庫は当時六冊しか出ていなかったと知った。となると、謎の人物Xも次の作品を提案できず無念だったのかもしれない。

ドラマであれば恋が始まっているべき展開だが、現実はそんな風にはならない。その後私は引っ越しをして、その書店に行かなくなったというしょうもない結末。この中途半端な終わり方が、現実の真骨頂ともいえる。

ただ日本のどこかに、棚を通して客と交流するこのような書店がいくつもあって欲しいと思う。そして私のように次に読む本を指南され、読書を楽しむ人がたくさんいて欲しいとも。

今、私はこの書店をとても懐かしく思う。女性スタッフ二人のお喋りも。彼女たちは人生への答えを見つけただろうか。

 

 著者の新刊 

ワクチンX
著者:桂望実
発売日:2015年09月
発行所:実業之日本社
価格:1,728円(税込)
ISBNコード:9784408536712

[BOOKデータベースより]
仕事の成功、円満な家庭―ただ、幸せになりたいだけだった。加藤翔子は、20年前にワクチン製造会社・ブリッジを起こし、会社は大きな成長を遂げた。ブリッジが製造する“ワクチン”は、「人生を変えたい」と願う人間にとって必需品だったが、ある日突然、原材料が死に始める。原因は不明。ワクチンの効果は20年で切れるため、このままだと接種者がパニックに陥る可能性がある。だれよりもそれを恐れたのは、ワクチン接種第一号である翔子だった…。成功とは何か、幸福とは何か価値観をゆさぶる感動傑作。


(「日販通信」2015年11月号「書店との出合い」より転載)

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