• 戦後貧しい日本でなぜ「野球」が流行したのか?『夏空白花』で須賀しのぶが描く「高校野球第100回」の凄み

    2018年07月29日
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    ほんのひきだし編集部
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    今夏、100回を迎える全国高校野球選手権大会。7月24日(火)に発売された須賀しのぶさんの『夏空白花』は、その節目の年にふさわしい、敗戦後の日本で「高校野球の再建」を賭けて戦った人々の姿を描く作品です。

    須賀さんは『革命前夜』『また、桜の国で』など近現代史をテーマにした骨太な歴史大作で注目される一方、『雲は湧き、光あふれて』『夏の祈りは』といった、野球がテーマの青春小説でも知られる作家。

    そんな須賀さんが「野球」と「歴史」を結びつけて今作を執筆したのは、お父さんの少年時代のエピソードがヒントになっているのだそうです。どんな点に着目したのか、また“父の記憶”をどのように作品へ昇華させていったのか。その過程と、本作に込めた思いを綴っていただきました。

    夏空白花
    著者:須賀しのぶ
    発売日:2018年07月
    発行所:ポプラ社
    価格:1,836円(税込)
    ISBNコード:9784591159521

     

    “あの時代”、人々が野球にこめた思いとは

    今年、高校野球は第100回記念大会を迎えた。100回。途方もない数字だ。

    私は近現代史を題材に小説を書くことが多いが、野球、とくに高校野球の作品もいくつか書いている。どちらの立場から見ても、100は無視できない。この機に、歴史から見た野球、あるいは野球から見た歴史というものを書いてみたいと思ったのが、今作の執筆のきっかけだった。

    ちなみに第100回記念大会は今年だが、高校野球100周年は3年前である。この3年の差は昭和16年から20年まで大会が中止になったために生じたもので、この時期の高校野球を題材とした短編も、私は15年ほど前に書いている。当時に比べると扱う題材が幅広くなったこともあり、野球――とくに高校野球についての見方もだいぶ変わってきた。同時に、日本が経験したあの戦争についての見方も変化している。今の自分が書ける野球と戦争とはなんだろうかと考えた時、ふと頭に浮かんだのは、父のことだ。

    日米開戦の年、すなわち高校野球大会が中止となった年に東北の山奥で生まれた父は、物心ついたころからの生粋の野球少年だった。食べ物もろくにない戦後の時代に、毎日飽きもせず神社の境内で野球をやっていたという。布を丸めただけのボールとバットがわりの木の棒、誰もグローブなぞもっていないからキャッチも素手。ちゃんと用具が揃ったのは中学に入ってからだった。

    なぜ極端に貧しい時代に、スポーツの中でもコストがかかる野球がそんなに流行っていたのか。不思議に思い尋ねてみると、父は首を傾げ、「たしかに。でも中学校にあがっても運動部は柔道部と陸上部、野球部しかなかった」と言った。柔道と陸上はわかるがなぜそこに野球が入るのかとますます疑問が深まった。

    その日の記憶が、戦後の野球という題材に、すっと結びついた。あの時代、野球とは人々にとってどんな存在だったのか。なぜここまで野球が優遇されたのか。戦後といえば日本の支配者はGHQ、そして野球は当時のアメリカの国技である。ああ、そうか。目から鱗が落ちたような気がした。

    これは戦後史としても比較文化的にも面白いぞ! と盛り上がったはいいが、いざ書き始めてみると資料が本当に乏しくて苦労した。結局、連載後に有効な資料が出てきたこともあり、書籍化の過程でまるまる書き直すこととなった。資料と取材に奔走して担当氏は日に日に痩せ細っていき、私も脱稿後に倒れた。失礼ながら、まさに戦後身を削って野球復活に懸けた人々の思いを追体験しているような気になったものだ。

    見本誌表紙の素晴らしい夏空を見た時には、ああこれがゼロの状態から初めてぶじ大会復活の日を迎えた彼らの感動か――と思うぐらい感動した。我々の方向性のおかしい感動はともかく、読者の方々にも、この本で当時の人々が野球にこめた思いの一端なりとも味わっていただき、改めて現代の夏空の下で躍動する球児を見て、100回という数字の凄さを噛みしめていただければと願う。

    須賀しのぶ Shinobu Suga
    1994年『惑星童話』でコバルト・ノベル大賞読者大賞を受賞しデビュー。2013年『芙蓉千里』三部作で第12回センスオブジェンダー賞大賞受賞。16年『革命前夜』で第18回大藪春彦賞受賞、第37回吉川英治文学新人賞候補。17年『また、桜の国で』で第156回直木賞候補、第4回高校生直木賞受賞。17年『夏の祈りは』で「本の雑誌が選ぶ2017年度文庫ベストテン」1位、「2017オリジナル文庫大賞」受賞。

    夏空白花
    著者:須賀しのぶ
    発売日:2018年07月
    発行所:ポプラ社
    価格:1,836円(税込)
    ISBNコード:9784591159521

    1945年夏、敗戦翌日。
    昨日までの正義が否定され、誰もが呆然とする中、朝日新聞社に乗り込んできた男がいた。全てを失った今だからこそ、未来を担う若者の心のために、戦争で失われていた「高校野球大会」を復活させなければいけない、と言う。
    ボールもない、球場もない、指導者もいない。それでも、もう一度甲子園で野球がしたい。己のために、戦争で亡くなった仲間のために、これからの日本に希望を見せるために。
    「会社と自分の生き残り」という不純な動機で動いていた記者の神住は、人々の熱い想いと祈りに触れ、全国を奔走するが、そこに立ちふさがったのは、思惑を抱えた文部省の横やり、そして高校野球に理解を示さぬGHQの強固な拒絶だった……。

    ポプラ社 公式サイト『夏空白花』より〉




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