歴史小説家・伊東潤さんが、昔も今も好きな本屋さん(有隣堂伊勢佐木町本店)

2015年05月01日
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作成者:日販 商品情報センター「日販通信」編集部
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(c)松山勇樹【伊東潤氏写真】 - コピー伊東 潤
いとう・じゅん。1960 年神奈川県生まれ。
外資系企業に長らく勤務の後、執筆業に転じる。2013 年『国を蹴った男』で第34回吉川英治文学新人賞、『義烈千秋 天狗党西へ』で第2 回歴史時代作家クラブ賞作品賞、『巨鯨の海』で第4 回山田風太郎賞および第1回高校生直木賞、『峠越え』で第20回中山義秀文学賞を受賞。著書に『王になろうとした男』『天地雷動』『野望の憑依者』『池田屋乱刃』『死んでたまるか』ほか多数。

 

ぼくは“ゴン”が好きな子供だった  伊東 潤

私は横浜生まれの横浜育ちである。実は、生まれた場所に今も住んでいる。
子供の頃は市電に乗せられ、よく伊勢佐木町に連れていかれた。伊勢佐木町には、大きなデパートや様々な商店があり、いつも活気に溢れていた。

母によると、私は三、四歳の頃、伊勢佐木町に行って「何か一つ買ってあげる」と言われると、野澤屋や松屋といったデパートのおもちゃ売り場を、さんざん回った末、結局、向かいの有隣堂伊勢佐木町本店に入り、「ゴン」と言って絵本を買ってもらう子供だったという。

有隣堂には中二階があり、そこから一階が見下ろせるようになっている(今も同じ)。手すりにつかまり、様々な人が様々な本を買っていくのを見ていると、子供心に、本とは人の数ほどあるのだと思った。そしていつの日か、ここにあるすべての本を読み尽してやろうという野望に取り付かれたものである。

中学時代、友人と遊ぶ予定も部活もない日曜は、必ず有隣堂に行った。本を買ってから、近くにあった名画座で映画を観るのが楽しみだった。
生まれて初めてのデートは高1の時である(中高一貫の男子校だったので遅いのです)。関内の東宝会館で封切り映画を観た後、有隣堂の地下にあった喫茶室に行った。当時、町中に腐るほどあった純喫茶は、総じて照明が暗く、少年には敷居が高かったからである。
生まれて初めてブラックコーヒーを飲み、その苦さに顔をしかめながら、トホホな映画について語ったのを覚えている(ジェームス・コバーン主演『スカイ・ライダーズ』)。

今、その思い出の喫茶室は辞書売り場となっている。
大人になってからも、なぜか有隣堂の前に立つとわくわくする。それだけ子供の頃から通っていた書店には、多くの本から得た喜びが詰まっているからだろう。

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