• 一歩先を照らす、小さな光が『未来』を作る――湊かなえインタビュー【後編】

    2018年07月06日
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    日販 ほんのひきだし編集部「新刊展望」担当 猪越
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    デビュー10周年を飾る作品として、『未来』を上梓した湊かなえさん。本作は、10歳の章子のもとに「未来の自分」から一通の手紙が届き、彼女がその存在にむけて、自身のつらい現状を綴っていく……というところから始まる物語です。

    「章子」「エピソードⅠ」「エピソードⅡ」「エピソードⅢ」の4章から成り、後半で物語が思いもよらない姿を見せ始める本作。スケールの大きな作品でありながら、作中には虐待やいじめ、AV出演の強要など、現実にも起こっているさまざまな問題が織り込まれています。

    インタビュー後編では、その理由から、「書くこと」や「読むこと」への思いなどについてお聞きしています。

    未来
    著者:湊かなえ
    発売日:2018年05月
    発行所:双葉社
    価格:1,814円(税込)
    ISBNコード:9784575240979

    前編はこちら
    物語を“外側”から見ることによって広がる『未来』の世界――湊かなえ『未来』インタビュー【前編】

     

    小さな光を辿ることで、未来へと行き着く

    ――「未来の自分」から手紙をもらい、20年後の自分に思いを馳せることで希望を見い出していた章子ですが、中学生になった彼女をさまざまな困難が襲います。学校では同じクラスの実里にいじめられますが、章子が不登校を“選んだ”理由は、「自分のために別の生徒が学校に来られなくなってしまう」という意外なものでした。

    章子は自分が直接いじめられれば意地でも立ち向かうけれど、自分がいることによって学校に来られなくなる子が出てきたら、その子のためにも不登校という選択をするのではないかと思いました。実里が章子をいじめた結果、本谷くんという男の子があるトラウマを負ってしまうのですが、ついには先生の心無いひと言で章子は完全に学校に行けなくなります。

    不登校については作中にも書きましたが、問題に向き合うことなしに、「その子が学校に来れば解決」と思われているふしがある気がして。だからこそ「無理して学校に行かなくてもいい」という解釈もあるのかもしれませんが、それは学校に行くことを望んでいない子の解決パターンです。本作では、章子のように「本当は学校に行きたいのに不登校になってしまっている子」の解決方法を提示したいと思いました。

    ――定時制高校もその一つとして登場しますね。章子と同じように家庭に問題を抱え、不登校気味になっている亜里沙は、先輩から定時制の話を聞き、進学について前向きに考えはじめます。

    定時制については、私も働いていたことがあるので、いつか書きたいと思っていました。定時制は全日制に比べて、「学力的に劣るのではないか」「素行が悪い生徒がいるのでは」といった偏見を持って見られている面がありますが、そのような思い込みだけで選択肢から外されてしまうにはもったいない場所です。

    ただ定時制は、亜里沙にとっては解決策になりうるけれど、章子にとってはそうではありません。章子は亜里沙がたった一言、「味方は学校の中にもいる」ということを提示しただけで動き出すことができます。

    不登校になるほど気に病んでいたことも、誰かが「大丈夫。問題ない」と断言してくれるだけで心が軽くなる。そんな味方の存在は、誰にとってもすごく大事ですよね。そこから章子は、自分と本谷くん双方が学校に通える方法を選択していきます。

    ――作中にも「人生は初期化できない」というセリフがありましたが、「人生はそうした一つひとつの選択の積み重ねだ」というメッセージも伝わってきますね。

    童話の「ヘンゼルとグレーテル」が道しるべにした小石のように、一歩先を照らす小さな光があって、それを辿って行けばいつか目的地に着く。遠い先のことでなくても、そうした一つひとつの光が未来であり、本作は、場面ごとにその小石を考えていったような話なのかもしれません。

    ゲームはリセットできるし、SNSならちょっと誰かと揉めたらすぐにアカウントを削除できます。でも自分の過去はリセットできないし、それを踏まえて生きていくのが人生ですよね。そういったことも、本作で書きたかったことのひとつです。

     

    虐待、いじめ、AV強要…… 小説が被害者に寄り添う一助となるように

    ――本作には虐待、いじめ、AV出演の強要など、さまざまな社会問題も取り入れられています。それらの状況がリアルに描かれているので、「自分の近くにも被害者がいたとしたら」と思い描きながら読む人も多いのではないでしょうか。

    小説を上回るような大変な事件が日々起きているなか、作中の描写を読んで「もしかしたら、あれもそうなのでは」と自分の周囲に思い当たることがあるかもしれない。

    AVの強要についても、やっぱりどこか「ついて行ったほうが悪い」「逃げられたんじゃないか」と自己責任論にもっていきたがる風潮があるなと感じています。でも、「私もこういうふうに声をかけられたら行ってしまうかも」「こんなふうに逃げて帰れない状況だったのかも」と思えるシーンを読むことで、当事者に寄り添った想像ができるかもしれません。小説がその手助けになればと思っています。

    ――同時に「被害者の側が勇気をもって声を上げること」の大切さについても触れられていますね。

    つらい状況の中では、「何を言っても変わらない」という気持ちになってしまうこともあるかもしれません。でも勇気を出して声を上げてみることで、誰かが手を差し伸べてくれるかもしれない。

    人は誰かと関わることによって、救われたり、救ったりしながら生きています。この作品を読んでくれている方も、そんな相手を思い出したり、この先新たに出会えるのではないかと思っていただけたらいいですね。

    ――勇気をもって「ハイテンション!」で、ですね。

    「ハイテンション」は亜里沙の家族にまつわるキーワードなのですが、わりとみなさん、この作品から1ワード選ぶならこれ、という方が多いんです。印象に残ったひと言として挙げていただくのは、章子以外のセリフばかりなんですよ。主役は彼女なのに(笑)。

    ――エピソードⅢに出てくる「幸せの物語を綴るのは僕でなくてもいいはずだ」というセリフも印象的ですね。これは、湊さんのお気持ちを表している言葉でもあるのではないかと感じました。

    これは、デビュー作である『告白』の編集担当者に言われた言葉です。『告白』は小説推理新人賞を受賞した「聖職者」をもとに書いた長編なのですが、周りの方に「受賞作を読んだよ」と言われるうちに、私が『告白』の内容をハッピーエンドに寄せていこうと軌道修正をし始めたんですね。そんな時に「そういう話はあなたが書かなくてもいいんです」って(苦笑)。

    ただ、当初から小説を書く上で「いい人と思われたい」という気持ちはまったくないんです。

    他の作品でも「ここまで書いてしまっていいのかな」というところまで書き切ったことによって、「書いてくれてありがとう」とか、「こういう気持ちを持っているのは自分だけじゃなかった」「気持ちと折り合いをつけることの大切さがわかった」という声をいただいています。その声に後押しされて、「思うままに突き進んでもいいんだな」と思えるようになりました。

    ――章子と母親の文乃の名前を合わせると、「文章」になるという意味が込められていたり、物語が力になるということが書かれていたり、本作は「書くこと」「読むこと」の力が感じられる、10周年にふさわしい作品になったのではないですか。

    そもそも私がしんどかった時に「未来の自分に手紙を書いた」ということが取っ掛かりになっている作品ですし、青年海外協力隊でトンガに2年間行っていたときにも、日本語が恋しくていろいろな人と文通をしていました。現代ではメールが主流ですが、手紙にはまた違った魅力があるし、そもそも「書く」というのは大事なことだと感じています。

    小説を書いていなければ今の私はないですし、書き続けたからこそたくさんの人とも出会えました。そうして過ごしてきた10年は、私にとってかけがえのないものです。

    「書くこと」「読むこと」が生きる力になったり、自分と向き合うことや誰かとつながるきっかけになったり。そんな喜びについても本作から感じ取っていただけたらうれしいです。

    湊かなえ Kanae Minato
    1973年広島県生まれ。2007年「聖職者」で第29回小説推理新人賞を受賞。08年同作品を収録したデビュー作『告白』は「週刊文春08年ミステリーベスト10」で第1位、第6回本屋大賞を受賞。また14年には、アメリカ「ウォール・ストリート・ジャーナル」紙のミステリーベスト10に、15年には全米図書館協会アレックス賞に選ばれた。12年「望郷、海の星」で第65回日本推理作家協会賞(短編部門)を、16年『ユートピア』で第29回山本周五郎賞を受賞。18年『贖罪』がエドガー賞〈ペーパーバック・オリジナル部門〉にノミネートされた。

     

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