• 物語を“外側”から見ることによって広がる『未来』の世界――湊かなえ『未来』インタビュー【前編】

    2018年07月05日
    楽しむ
    日販 ほんのひきだし編集部「新刊展望」担当 猪越
    Pocket

    デビュー作『告白』で大ブレイクを果たし、その後も話題作を続々と生み出している湊かなえさん。最新作『未来』は、湊さんの作家生活10周年を飾る書き下ろしミステリーで、第159回直木賞の候補作にも選ばれています。

    ある日、10歳の章子のもとに、「未来の自分」からだという一通の手紙が届きます。家庭に恵まれずつらい境遇にある章子は、その手紙に半信半疑の思いを抱きつつ、「未来の自分」に向かって返事を書き始めるのですが……。

    登場人物たちの哀しく、壮絶な人生が絡み合い、救いのない状況に陥っていく様子が湊さんならではの筆致で描かれていく本作。しかしタイトルが示すように、最後には懸命に生きる彼らに一筋の光が差し込む、『未来』への可能性を感じさせる作品となっています。湊さんは本作にどんな思いを込めたのか、お話をうかがいました。

    未来
    著者:湊かなえ
    発売日:2018年05月
    発行所:双葉社
    価格:1,814円(税込)
    ISBNコード:9784575240979




     

    10代の自分も書いていた「未来の自分への手紙」

    ――『未来』は、黒字に金が映えたシックな装幀が印象的です。デザインには、湊さんの希望も生かされているそうですね。

    これまでの自著にはない、地が無地で真っ黒な本を作ってみたかったんです。最初は10歳だった主人公が終盤で中学3年生になることもあって、『未来』の文字と月桂樹の葉が金色に輝く、卒業アルバムのような雰囲気にしていただきました。『未来』の文字は武田双龍さんに書いていただいています。

    ――主人公の章子は、まだ10歳なのに父親を亡くしたばかり、さらに母親が精神的な問題を抱えており、子どもである自分が保護者のような役割を強いられているというつらい環境にあります。前半のパートは、“未来の自分”からの手紙を受け取った章子がその一通に対して書いた、中学3年生までの返信で構成されていますよね。こういう形式をとったのはなぜでしょうか?

    本作では、家にも学校にも居場所のない、追い詰められた状況の子どもを主人公にしようと思っていました。それは、現実につらい思いをしている子どもたちがいるという問題について、私自身が考えてみたかったからです。また、読者の皆さんにとってこの作品が、そういった問題について考える足がかりとなるようなものにしたいという思いもありました。

    保護してくれる大人のいない、逃げ場さえ失った小学生が、どうやったら少しでも前を向いて生きていけるのか。そう考えたときに、私自身が生きづらさを感じていた10代の頃、未来の自分に向けて手紙を書いていたことを思い出したんです。

     

    “手紙”だからこそわかる、つらい出来事との距離感

    ――日記ではなくて「手紙」だったんですね。

    思いを書きつけるという点は共通していますが、日記は、結局自分で抱えておかなくてはなりません。でも手紙なら、宛て先が自分であっても、その思いを誰かに託すような気持ちになれますし、書いている間は“なりたい姿”として未来の自分をイメージできます。それが「前を向く」ということにつながると思うんです。

    小説を書き進めるうちにわかってきたこともありました。たとえばしんどい出来事があったとして、オンタイムで手紙に書けるものもあれば、いじめや暴力を受けているときは「恐怖や痛みでいっぱいになってしまって、渦中にいる間はとても書けそうにないな」という場合もある。

    ものすごくつらい出来事があったとしても、時間が経過したからこそ冷静に見ることができて、皮肉った言い方ができたり、違った対処法が見えてきたり。手紙という形にしたからこそ、その出来事との距離感の違いや、章子がそれをどのように受け止めていったのかということまで表現できたのかもしれないと思います。

    ――手紙をにわかには信じられなかった章子も、一緒に入っていた「ドリームランドのしおり」に心を動かされます。ドリームランドは20年後にちょうど30周年を迎えることになっており、しおりはその30周年記念グッズという設定です。

    「未来の自分から手紙が届く」というお話なので「湊、初のSFか!?」と期待してくださった方もいらしたみたいです(笑)。でも、いくら「未来から」といっても手紙だけなら誰でも書けるし、消印も操作できてしまうかもしれない。そこで、確実に証拠になる、偽物が作れない未来のものとして記念グッズを入れることを考えました。

    ドリームランドは『望郷』に収録した「夢の国」という短編にも登場させていますが、『未来』においても、この遊園地は誰にとっても憧れの象徴となる場所として書いています。実在の遊園地にしてしまうと、読者にとっても“それそのもの”になってしまうけれど、呼び名を変えることで、自分だけの憧れの場所をイメージすることができますよね。私もアトラクションを新しく作れますし(笑)。

    登場人物についても、ドリームランドという“象徴”に対するそれぞれの思いを描くことで人となりが表現できますし、何より、そんな場所の未来のグッズが手紙に入っていたら奇跡を信じたくなるんじゃないかなと思いました。

     

    物語の姿をガラッと変える、3つのエピソード

    ――「章子」の章のあとには、それぞれ彼女に関わる人物が主人公の、3つのエピソードが収められています。いずれも一つの物語として読み応えがありましたが、それ以上に、すべて読み終えたときに思いもしなかった全体像が見えてくるという構成に驚かされました。

    「章子」の章を書き始めたときに、あまり物語が広がっていかなくて、わりと初めのほうで筆が止まってしまったんです。「それなら周りの人物のことから描いていこう」ということで書き始めたのが、章子の友人・亜里沙が主人公の〈エピソードⅠ〉。そうしたら2人の関係性が見えてきて、〈エピソードⅡ〉では章子が「未来からの手紙」を信じる根拠となる“しおり”の種明かしを、〈エピソードⅢ〉では章子の両親の過去について書きました。

    そうやって物語を外側から書いていくうちに、章子が見えていたものと見えていなかったものがはっきりしてきました。読者の方にとっても、一編ずつ読んでいくと最後にガラッと色が変わって、はじめから読み返してみるとまったく違った物語が見えてくる、そんな作品になっていたらいいなと思います。

    ――同じ人物でも異なる視点や時間軸の中で描かれることによって、彼らの人物像が立体的になり、物語の世界が大きく広がっていくような感覚がありました。

    たとえば母親の周囲に現れる男たちによって、章子は次々とトラブルに見舞われますが、彼女の手紙を読んだだけでは、彼らは章子を追い詰めるための駒のような存在に過ぎないかもしれません。でもそんな周りの人物たちにも、その人を形作るさまざまなエピソードがあるはず。

    「つらい状況にある女の子に、幸せで余裕のある人が手を差し伸べる」という単純な話ではなく、同じように苦しみをもつ人たちが、影響しあいながら一緒に前を向いていくような話にしたいと思いました。

    後編(2018年7月6日公開)に続く
    一歩先を照らす、小さな光一つひとつが『未来』を作る――湊かなえインタビュー【後編】

    湊かなえ Kanae Minato
    1973年広島県生まれ。2007年「聖職者」で第29回小説推理新人賞を受賞。08年同作品を収録したデビュー作『告白』は「週刊文春08年ミステリーベスト10」で第1位、第6回本屋大賞を受賞。また14年には、アメリカ「ウォール・ストリート・ジャーナル」紙のミステリーベスト10に、15年には全米図書館協会アレックス賞に選ばれた。12年「望郷、海の星」で第65回日本推理作家協会賞(短編部門)を、16年『ユートピア』で第29回山本周五郎賞を受賞。18年『贖罪』がエドガー賞〈ペーパーバック・オリジナル部門〉にノミネートされた。

     

    関連記事

    善意は、悪意より恐ろしい――湊かなえ『ユートピア』が文庫化!
    失踪し記憶を失った姉は「本物の姉」なのか? 湊かなえが人と人のつながりを問う長編ミステリー『豆の上で眠る』


    common_banner_tenbo

    タグ
    Pocket

  • GoogleAd:SP記事下




  • GoogleAd:007



  • ページの先頭に戻る