• プロのシェービングは「顔が皮膚呼吸している」気持ちよさ!――上野歩『キリの理容室』インタビュー【前編】

    2018年06月30日
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    日販 ほんのひきだし編集部「新刊展望」担当 猪越
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    『削り屋』や『わたし、型屋の社長になります』など、町工場を舞台としたお仕事小説で知られる上野歩さん。最新作『キリの理容室』は、20歳の新米女性理容師が、「人気店を開く」という目標を胸に、旧態依然とした業界に縛られない“新しい理容店を作ろうと奮闘する物語です。

    「理容室は男性のための場所」というイメージが強い一方、美容室に通う男性も多いことから、あまり注目を浴びてこなかった理容室。しかし実はコンビニよりも軒数が多く(!)、近年では理容室ならではの強みを活かした女性向けサービスに力を入れているところも多いのだそうです。

    『キリの理容室』は、そんな知られざる理容業界の現状と、ひたむきに仕事に取り組む人々の姿を生き生きと描き出しています。

    執筆のための、徹底した取材でも知られる上野さん。今回は、上野さんが本作を書くきっかけとなった理容室「Hair Salon SKY」代表取締役の池田弘城さんとともに、お話を伺いました。

    ▼上野歩さん(左)と池田弘城さん(右)。「Hair Salon SKY」のウェイティングスペースには『キリの理容室』が飾られています。

    キリの理容室
    著者:上野歩
    発売日:2018年05月
    発行所:講談社
    価格:1,620円(税込)
    ISBNコード:9784062210874

    お金を稼げて、女性も通える理容店を開いて、自分と父親を捨てて男と出ていった理容師の母親を見返すため、理容専門学校を卒業したキリ。カットが下手なキリは、千恵子が1人で切り盛りするバーバーチーで修業することになるが、雑用ばかりの毎日。幼なじみの淳平は毎日のように実家に来るし、理容学校の同級生のアタルの存在も気になり始めて――。

    講談社BOOK倶楽部『キリの美容室』より〉

     




    理容室が舞台だけれど「女性を意識して書いた」

    ――まずは、理容室を舞台にしたきっかけについて教えてください。

    上野 「かながわ産業Navi⼤賞」(一般財団法人神奈川県経営者福祉振興財団主催)という事業があって、その授賞式で配られるパンフレットのインタビュー記事を僕が書いています。

    同賞は神奈川県内の中小企業による優れた商品やビジネスモデルを表彰する事業で、お仕事小説の題材もその取材を通して見つけることが多いんですが、池田さんから「Hair Salon SKY」についてお話を聞いたとき、「これは小説になるな」と思いました。

    池田さんはシェービングを柱にしたメンズエステに力を入れていて、「次世代のメンズトータルサロン」として2015年に奨励賞を受賞されました。パンフレット用のインタビューで一度取材はしましたが、小説に書くと決めたあと、改めて小説用にお話を伺うことにしたんです。

    ――理容師と美容師の違いって意外と知らない人が多いと思うんですが、「カミソリを使った施術ができるか」という点が大きな違いなのだそうですね。主人公のキリは、カットの技術はいまいちながら、シェービングは「どんなお客様でもうとうとさせてしまう」ほどの腕前を持っています。作中の描写に、思わずこちらもうっとりさせられてしまいました。

    上野 僕も「SKY」でシェービングしてもらいましたが、施術後は本当に顔が皮膚呼吸をしている感じ。顔には20万本の産毛が生えているといわれていて、特に日本人は髪の毛だけでなく体毛も黒いので、剃った産毛を集めると真っ黒になります。女性は、その産毛の上にファンデーションを塗っているのと同じなんですね。プロに処理してもらうと、メイクの仕上がりにも大きな差が出るそうですよ。

    理容室は特に女性にとっては馴染みのない場所だと思いますが、レディースシェービングは理容店ならではのサービスなので、強くおすすめしたいです。今作は、女性の皆さんに「理容室ってこういうところだったんだ」と知ってもらう機会になればうれしいなと思って書きました。

     

    『キリの理容室』は「上野さん、床屋さんだったっけ?」というくらいリアル

    ――池田さんは、ご自分の体験が小説に活かされると聞いて、どのように思われましたか?

    池田 上野さんの取材は「小説のため」というよりも、友だちが、自分の思い出話を聞いてくれるという雰囲気だったんです。僕が店を立ち上げた頃からの悔しかったことや楽しかったことなど、思いのたけを伝えることができました。

    上野 僕が書くお仕事小説の主人公は、決して大企業に勤めている人ではないですし、取り上げる業種も逆風の中にあったり、まだ注目されていなかったりと、花形ではありません。理容店も、どこの町にもあるけれど「衰退産業」と言われている。取材ではビジネスモデルのお話から入って、修業時代のことや理容師として、また経営者としてどういう悩みがあるのか、多岐にわたるお話を伺いましたね。

    池田 実際に小説を読んでみたら、僕の話を上野さんがうまく作品に取り込んでくれていて、うれしかったです。主人公のキリちゃんの性格も、僕自身の性格がそのまま映されているようなイメージだったので、読んでいて自分を客観視することができました。

    それに、僕も理容師になって長いんですけれど、この本から学ぶことが多かったんです。「こんな理論をここで学ぶとは!」と驚くほど詳しく書いてありますよね。

    上野 あれは本を読んだり、実際に理容学校で授業を受けたりして学んだ知識を盛り込んでいます。

    池田 「上野さん、床屋さんだったっけ?(笑)」というくらいリアルに描かれていますよ。

     

    上野さんが小説にしたいと思った「理容室ならではの困難」とは?

    ――池田さんは理容室「SKY」と美容室「SKY AZUL」の2店舗を経営されていますが、お客様の男女比率はどのくらいですか?

    池田 美容室は半々、理容室は9割以上が男性です。

    20年ほど前に「カリスマ美容師」がブームになった時期があって、男性のお客様もどんどん美容室に流れていってしまったんです。2000年にオープンした「SKY」は、男性はもちろん女性も通えるような理容室として始めたんですけれど、それを実現するのはなかなか難しかった。そこで原点に戻って、メンズエステのメニューを充実させて、「男性のための理容室」を打ち出したところ、現在は多くのお客様に来ていただいています。

    上野 僕がこの本を書きたいと思ったのはまさにそこで、経営者にとってはもちろんお店はうまくいったほうがいいのですが、読者にしてみれば、さまざまな困難が立ちはだかって、主人公がどうやってその苦境を脱するかというところを読みたい。

    「SKY」は技術があるからオープン当初は女性客にも評判を呼ぶのですが、男性と女性双方にとって、居心地のいい空間を作るのは大変ですよね。女性客が多いと男性はウェイティングスペースでくつろげなかったり、「理容室はふらっと立ち寄るところ」という男性のイメージを大切にすると、予約できないことが女性に不評を買ってしまう。

    職人としての理容師はもちろん、そういった経営の難しさについても書くことができるので、「これはおもしろい物語になるぞ」と思いました。

    本作のラストには、キリが目指す「男性も女性も通いたくなるサロン」の構想について書いているのですが、池田さんのお店もリニューアルの予定があるんですよね。

    池田 僕はこの本を主人公の気持ちになって読んでいるので、その部分を読んで「そうだ、変えなきゃ!」と思って(笑)。美容室を理容室と融合した店に改装することにしました。

    ――すごい行動力ですね!

    池田 主人公と同じで、負けず嫌いなんです(笑)。

    後編(2018年7月1日公開)に続く
    “理容”とは、その人が本来持つ輝きに磨きをかける仕事――上野歩『キリの理容室』インタビュー【後編】

    上野 歩 Ayumu Ueno
    1962年、東京都生まれ。専修大学文学部国文学科卒業。94年に『恋人といっしょになるでしょう』で第7回小説すばる新人賞を受賞してデビュー。著書に『鳴物師 音無ゆかり 依頼人の言霊』『削り屋』『わたし、型屋の社長になります』『墨田区吾嬬町発ブラックホール行き』『探偵太宰治』などがある。

    池田弘城 Hiroki Ikeda
    有限会社スプリングアート代表取締役。
    http://www.sky1987.com

    『キリの理容室』特設サイトはこちら

    墨田区吾嬬町発ブラックホール行き
    著者:上野歩
    発売日:2016年12月
    発行所:小学館
    価格:1,620円(税込)
    ISBNコード:9784093864572
    わたし、型屋の社長になります
    著者:上野歩
    発売日:2015年10月
    発行所:小学館
    価格:745円(税込)
    ISBNコード:9784094062274
    削り屋
    著者:上野歩
    発売日:2015年03月
    発行所:小学館
    価格:702円(税込)
    ISBNコード:9784094061390

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