• 「クラフト・エヴィング商會」吉田篤弘の、小説を書き始める前の“儀式”とは

    2018年06月08日
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    日販 ほんのひきだし編集部「新刊展望」担当
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    小説家として、また「クラフト・エヴィング商會」名義の著作や装幀の仕事でも、多くのファンを持つ吉田篤弘さん。

    5月18日(金)に発売された『あること、ないこと』は、世界を繙く事典や探偵譚、思い出深い食堂、長い置き手紙などをモチーフにした、「エッセイでも小説でもなく、そのどちらでもある」といった読み心地の物語を7つ収めた作品集です。

    独特の文体と作品世界が魅力的な吉田さんの作品ですが、実は吉田さんは、執筆前にある“儀式”をしているのだそう。キーワードは「である」と「ですます」なのだそうですが、一体どんなことをしているのでしょうか……?

    あること、ないこと
    著者:吉田篤弘
    発売日:2018年05月
    発行所:平凡社
    価格:1,944円(税込)
    ISBNコード:9784582837759

     

    「である」と「ですます」

    文章を書くとき、まず最初に決めなくてはならないのは人称の選択です。一人称ということになれば、「ぼく」を使うことが多く、少し前は「僕」で、たまに「私」や「わたくし」なども使っていました。

    次に決めるのは文体で、簡単に云いますと、「である」体か「ですます」体か、という問題です。どちらも大変に魅力的ですが、お読みいただいているとおり、最近は「ですます」体に、より魅かれております。

    そんなことから、「ですます」体で書かれた本を自分の書棚から探し出してきて読むというのが、目下の楽しみになっていて、まず、いの一番に挙げたいのが、伊丹十三ヨーロッパ退屈日記』(新潮文庫)です。

    ヨーロッパ退屈日記
    著者:伊丹十三
    発売日:2005年03月
    発行所:新潮社
    価格:594円(税込)
    ISBNコード:9784101167312

    ぼくはこの本を高校生のときに読みました。以来、ときおり取り出してきては、ニヤニヤしたり感心したりしながら再読してきたのですが、これがどうにも、「である」的な「ですます」体で、しかも明らかに書き言葉でありながら、話し言葉でもあるような、じつに絶妙なバランスによって成り立っている文章なのです。こういう文章を書きたい、こういう本を書きたいと、初読以来、40年間にわたり憧れつづけてきました。とりわけ、「スパゲッティの正しい調理法」という短い文章などは、腹を空かせた高校生にとって大変に刺激的なものでした。

    もう一冊──。

    たしか太宰治の小説は「ですます」体で書かれたものが多かったような記憶があり、いそいそと書棚から取り出してきたのは太宰治『グッド・バイ』(角川文庫)です。この文庫、現在はなぜか『ヴィヨンの妻』というタイトルになっているのですが、中身はそっくり同じで、最晩年に書かれた5つの作品が収録されています。

    ヴィヨンの妻 3版
    著者:太宰治
    発売日:2009年05月
    発行所:角川書店
    価格:555円(税込)
    ISBNコード:9784041099117

    中学生のころ、クラスでいちばん頭のいい女の子が休み時間に太宰治の『斜陽』を読んでいるのを知り、さっそく真似をして読み始めたものの、なかなか読み進められなかった苦い思い出があります。そのせいで、太宰治を読まずに過ごしていた時期があったのですが、あるとき、この『グッド・バイ』を読んで夢中になりました。苦しかったり悲しかったりすることが、ずいぶんとたくさん書いてあるのですが、どこか妙な明るさがあり、おいしい煎餅を、かりっと食べたときのような喜びがありました。

    その文体はといえば、先の伊丹十三のように話し言葉に近く、語尾はことごとく「ですます」であったと思い込んでいたところ、最近、読みなおしてみたら、「ですます」で書かれているのは『ヴィヨンの妻』だけで、残りの4篇は、すべて「である」体でした。

    この「である」なのに「ですます」の印象をのこす文章こそ、成熟した文章の真骨頂で、読めば読むほど、太宰治はどうしてこんなに面白い小説を書いているときに死んでしまったのだろうと残念な思いが募ってきます。

    もし、このまま書きつづけていたら、はたして、どんなものを書いていたのか。一人称は「僕」か「わたくし」か。文体は真骨頂の「である」体か、それとも「ですます」体で遊んだか──。

    そんなことを考えながら、自分の小説を書き始めるというのが、最近のちょっとした儀式のようになっています。

    吉田篤弘 Atsuhiro Yoshida
    1962年東京生まれ。小説を執筆するかたわら、吉田浩美とのユニット「クラフト・エヴィング商會」名義による著作と装幀の仕事を手がける。2001年講談社出版文化賞・ブックデザイン賞受賞。著書に『つむじ風食堂の夜』『それからはスープのことばかり考えて暮らした』『レインコートを着た犬』『モナ・リザの背中』『遠くの街に犬の吠える』『京都で考えた』『金曜日の本』など多数。

    雲と鉛筆
    著者:吉田篤弘
    発売日:2018年06月
    発行所:筑摩書房
    価格:734円(税込)
    ISBNコード:9784480683250
    レインコートを着た犬
    著者:吉田篤弘
    発売日:2018年05月
    発行所:中央公論新社
    価格:713円(税込)
    ISBNコード:9784122065871

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