• 3児の父、門井慶喜さんに質問「子供に本を読ませるには、どうしたらいいですか?」

    2018年06月02日
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    日販 ほんのひきだし編集部「日販通信」担当
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    2018年1月に『銀河鉄道の父』で第158回直木賞を受賞した門井慶喜さん。受賞後第一作となる『新選組の料理人』が、5月18日(金)に発売されました。

    人気作家として数々の作品を生み出しながら、自身も幼い頃から読書好きだったという門井さん。現在は3児の父でもあり、「子供に本を読ませるには、どうしたらいいですか?」という質問をよく受けるそう。

    それに対する門井さんの答えは、決まって「それほど簡単なことはありません」。明快な回答の背景には、どんな考えがあるのでしょうか……? 新刊『新選組の料理人』の発売にあわせて、エッセイを寄せていただきました。

    門井慶喜
    かどい・よしのぶ。1971年群馬県生まれ。栃木県宇都宮市育ち。同志社大学文学部卒(文化史学専攻)。2003年「キッドナッパーズ」で第42回オール讀物推理小説新人賞を受賞しデビュー。2016年『マジカル・ヒストリー・ツアー ミステリと美術で読む近代』で第69回日本推理作家協会賞(評論その他の部門)受賞。2018年『銀河鉄道の父』で第158回直木賞受賞。にっぽんの履歴書』『屋根をかける人』『ゆけ、おりょう』『家康、江戸を建てる』『新選組颯爽録』ほか著書多数。最新刊は『新選組の料理人』。

     

    子供に本を読ませる法  門井慶喜

    本屋とは、行くところではない。

    本屋のほうから来るものだと、子供のころ私は信じていた。

    実際、父にはそうだった。父はしばしば家へ本や雑誌をもちかえったが、それは店へ行って買うのではなく、

    ――川俣さんが、持って来た。

    という言いかたをした。父は小さな会社の経営者で、ちかくに川俣書房という本屋があり、そこの主人がひんぱんに来ていたのだ。

    父は「歴史読本」「文藝春秋」「芸術新潮」などを定期購読していたから、それを配達するだけでも月三回。ほかにもいろいろ注文の本をとどけたし、あるいは注文されなくても、今度この版元から、

    ――こんなムックが出ますよ。

    とか、

    ――こんな全何巻のシリーズが出ますよ。

    などと勧めに来たという。

    ときには現物を持ってきたという。その「出ますよ」の対象は、もちろん歴史ずきの父のこのみを忖度した上であらかじめ主人がえらぶわけだ。

    「俺がどんどん買うもんだから、川俣さんがまた来ちゃってさ」

    などと私に話すとき、父はちょっと自慢気(げ)だった。単なる一店舗というより大きく、この国の文化そのものを、

    ――ささえている。

    と言いたかったのかもしれない。くりかえすが父は会社の経営者だった。高校の先生ではなかったし、研究者でもなかったし、会社はもっぱら料理を売るので歴史の本など一冊もなくても商売にさしつかえはなかったのである。これは宇都宮の郊外の話だけれども、この当時は、こういう店主とお客の関係が全国にあったのではないか。パトロンとコンシェルジュの関係というか。たしかに文化のささえ手だった。

    とにかく父はこういう人だったから、私がやや大きくなり、中学生になると、

    「本を買う」

    とさえ言えばお金をくれた。

    満額くれた。もちろん読むのは文庫本ばかりだから大した額にはならないのだが、それでも赤川次郎など、一か月だったか二か月だったかのうちに百冊くらい買って読んだこともある。これは文庫ではなくノベルスだけれど、『三姉妹探偵団』シリーズには夢中になりました。私自身が妹ふたりの長男だったせいか、ことに長女の綾子に共感しましたね。そうそう、妹にこんなことされると困るんだよなあ。私のこんな景気のいい買いっぷりは、高校生になると、さらに勢いがついた。少々こむつかしい本も読みはじめたようだ。

    いま思うに、これはどうも、学校の遠さと関係がある。

    そんな気がする。何しろ片道十六キロ、自転車で一時間かかるので、退屈で退屈でしかたがない。行きはともかく帰りは寄り道ががまんできず、またちょうど市街の中心部を通るので、

    ――用はないけど、本屋へ寄ろう。

    という例の習慣が定着した。「例の」などとついうっかり言ってしまったが、この気持ち、本ずきの人にはわかってもらえると思う。オリオン通りの新星堂……とこうして書くだけで私の胸は熱くなる。お世話になりました。もちろん立ち読みもけっこうしたから、いまこの店がそこに存在しないことの責任は、少しは引き受けなければならないかもしれないのだが。余談ながらオリオン通りの東武百貨店側の出口ちかくには上野文具という店があり、ビルが丸ごと(だったかな)文房具屋で、これまた私の好きな店だった。こちらはいまもおなじ場所にある。

    私はいま、三児の父である。

    彼らがわりと本を読むからか、それとも私自身の職業柄か、ときどき同世代の親御さんにこんな質問をされる。

    「子供に本を読ませるには、どうしたらいいですか」

    「それほど簡単なことはありません」

    と、私の答はいつもおなじ。

    「簡単です。親が読めばいいんです」

    私はただ育てられたように育てているだけ。そう言えることのありがたみが身にしみるようになったときには遅かった。ことしは父の十七回忌である。

    【著者の新刊】

    新選組の料理人
    著者:門井慶喜
    発売日:2018年05月
    発行所:光文社
    価格:1,620円(税込)
    ISBNコード:9784334912222

    入隊しろ。新選組に。俺が局長に言ってやるよ、お前は、まかない専門にしようって。
    元治元(1864)年の京の大火、「どんどん焼け」で住んでいた長屋を焼かれた菅沼鉢四郎。妻子ともはぐれ、薩摩や会津の炊き出しの世話になる日々だ。ところが、会津の炊き出しが滅法まずい。思わず「まずい」 と言った相手が新選組幹部・原田左之助だったことから、運命が変転をはじめる。果たして、鉢四郎ははぐれた妻子と再会できるのか──。
    新選組の知られざる内証を活き活きと描く、新直木賞作家の野心作。

    光文社公式サイト『新選組の料理人』より)

    (「日販通信」2018年6月号「書店との出合い」より転載)

     

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