• 伊吹有喜さんの思い出の中にある「甘い香りの書店と、美しい木の名の響きを持つ書店」

    2018年03月08日
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    日販 ほんのひきだし編集部「日販通信」担当
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    『ミッドナイト・バス』が原田泰造さん主演で映画化、『カンパニー』が宝塚歌劇団で舞台化、『彼方の友へ』が第158回直木賞と第39回吉川英治文学新人賞にノミネート……と、最近多くの著書が注目されている伊吹有喜さん。今回は「書店との出合い」をテーマにエッセイをお寄せいただきました。

    三重県生まれで四日市市観光大使も務める伊吹さんが「美しい木の名の響きを持つ書店」と綴る本屋さんとは?(四日市にゆかりのある方は、おわかりですよね!)

    伊吹有喜
    いぶき・ゆき。三重県生まれ。2008年「風待ちのひと」でポプラ社小説大賞・特別賞を受賞しデビュー。第二作『四十九日のレシピ』がドラマ化・映画化され話題に。ほかの著書に『なでし子物語』、『ミッドナイト・バス』(映画化、現在公開中)、「BAR 追分」シリーズ、『今はちょっと、ついてないだけ』、『カンパニー』(宝塚歌劇団にて舞台化、現在公演中)、『地の星 なでし子物語』、『彼方の友へ』などがある。最新刊は『天の花 なでし子物語』。

     

    甘い香りの書店と、美しい木の名の響きを持つ書店 伊吹有喜

    私が幼い頃「本屋さん」と呼んでいた近所の書店は、商店街の一角にあった。その店は扉を開けると、いつもかすかに甘い香りがした。レジの右手にあった文房具コーナーから香ってくるものだ。そこには花の香りがする鉛筆やボールペン、バニラや果物の匂いを付けた消しゴムなどがたくさん置かれていた。

    そんな香りがほのかにする店で、本を買ってもらうのがたまらなく好きだった。出版界にいる多くの方々と同じく、私も本が好きだ。誕生日やクリスマスのプレゼントはいつも本。父の出張のおみやげも本。何かを頑張ったときのごほうびも本。何がほしいと聞かれたら、答えはいつもひとつ。ページをめくると、知らない世界に入っていけるのがとにかく楽しかった。誰かと遊んでみたいけれど、人を誘うのが苦手な子どもにとって、読書は一人でいるようで、決して一人ではない時間をくれる。

    やがて、お小遣いをもらい、自分で本を選んで買えるようになると、ますます甘い香りの「本屋さん」が好きになった。この店を通して私はベイカー街に住む探偵や、アヴォンリーで暮らす女の子と知り合い、伊賀や甲賀の忍法帖の破天荒さとお色気にドキドキしたり、眠という男の無頼な行動の控えにときめいたりしながら、十代前半を過ごした。

    高校生になり、バス通学をするようになると、今度は町の書店に行く機会が増えた。その学校は放課後の寄り道を厳しく禁じており、制服姿で繁華街を歩いていると、すぐにOBから学校に通報がいき、生徒指導の先生に叱られる(という話だった)。ところが何事にも抜け道はあるもので、その際には「書店に立ち寄って参考書を見ていた帰りです」と言い訳をすると、たいていのことは許されたそうだ。

    お叱りを受けたことがないので、どこまで本当かわからないが、土曜の午後は甘味の店で、学生には三百八十円で出してくれる鉄板ナポリタンを食べたあと、町一番の大きな書店に寄るのが当時の楽しみだった。

    繁華街の中心地にあったその店は、アーケードの屋根に隠れて見えないが、たしか六階建ての大きなビルで、一階は雑誌と小説、二階は専門書、三階に児童書、四階から六階のフロアに学習参考書、映画や美術、アニメなどの書籍、レコード売場があった。通りに面したウインドウには話題作の大きなポスターや、作家の横顔の写真などが飾られ、まさに本の殿堂だった。

    この店に着いたらまず、一階の雑誌と小説のフロアを丹念に見て、そのあと最上階に上がる。そこから階段を使って各フロアを眺めて降りてくる。読みたい本が多くて、どれを買おうか悩んだり、高校で出会った友人の影響で、これまで読んだことがなかったジャンルの小説やコミックにのめりこみ、シリーズ全巻をそろえたことなど、とてもなつかしい。

    それから上京して二十数年後。いろいろ遠回りをしたが、ようやく作家としてポプラ社からデビューが決まった。偶然だが、高校時代に通っていた書店の名前は「白揚」。漢字が一文字違うが、日本産のポプラの木も「はくよう(白楊)」という。

    美しい木の名の響きを持つ書店でたくさんの本に出会い、同じ木の名を掲げる出版社から作家として世に出るのだと思うと、とても感慨深かった。

    振り返ると、思い出のなかにはいつも書店がある。

    本と過ごして四十数年。今は読むことに加え、書き手としても本に携わる場をいただいている。甘い香りがした小さな「本屋さん」は閉店してしまったが、デビュー以来、多くの書店の皆様にたくさんの応援をいただいてきた。自作の登場人物の言葉を借りれば「友よ! ありがとうございます」という気持ちでいっぱいだ。この思いをしっかりと作品にこめ、これからも励んでいこうと思う。

     

    【著者の新刊】

    天の花
    著者:伊吹有喜
    発売日:2018年02月
    発行所:ポプラ社
    価格:1,620円(税込)
    ISBNコード:9784591156667

    ●あわせて読みたい
    夜を駆け抜けていくバス、その道の先にある希望―伊吹有喜さん『ミッドナイト・バス』文庫版発売


    (「日販通信」2018年3月号「書店との出合い」より転載)




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