• 三浦しをん近影

    「そしてますます本好きになった」三浦しをんさんが学生時代にアルバイトしていた本屋さんの思い出

    2015年09月09日
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    日販 商品情報センター「日販通信」編集部
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    『まほろ駅前多田便利軒』(直木賞)、『舟を編む』(本屋大賞)などで知られる人気作家の三浦しをんさんに、書店の思い出を綴っていただきました。学生時代にアルバイトをしていたという、街の小さな本屋さんでのお話です。

    三浦しをん近影三浦しをん
    みうら・しをん。1976年生まれ。2000年『格闘する者に○』でデビュー。2006年『まほろ駅前多田便利軒』で第135回直木賞を受賞、2012年『舟を編む』で第9回本屋大賞を受賞。小説に『風が強く吹いている』『仏果を得ず』『神去なあなあ日常』『木暮荘物語』、エッセイに『悶絶スパイラル』『あやつられ文楽鑑賞』など著作多数。

     

    そしてますます本好きになった  三浦しをん

    学生時代、新刊書店でアルバイトしていた。近所の商店街のなかにある小さな本屋さんで、小学生のころから通っていた店だ。

    働いてみてわかったのは、本屋さんの仕事とは相当の重労働だということだ。問屋さんから届く新刊を本棚に並べる。問屋さんに返品する本を段ボール箱に入れ、たくさん積みあげる。いずれも非常に腰にくる。

    さらには、手先の器用さも要求される。付録を雑誌に挟み、抜け落ちないようにビニール紐で縛る。ブックカバーをきれいに折っておき、お客さんに求められたら文庫や単行本や漫画にすばやくかける。私はこれがどうにも苦手だったので、家でもカバーかけの自主練を繰り返し、ついには目にもとまらぬ手さばきで(あくまでも主観)、あらゆるサイズの書物にぴっちりとカバーをかけられるようになった。

    自主練をしたことからもうかがわれるように、私は本屋さんでのアルバイトが大好きだった。地域密着型の店で、店長は小さなバイクに乗って、定期購読の雑誌を顧客の家々に届けてまわっていた。そのあいだ、店番は私一人で行う。レジ打ち、棚の整頓、お客さんからの問い合わせの電話対応、問屋さんや出版社への発注などなど、てんてこまいである。しかし、楽しかった。

    常連客がたくさんいたからだ。どこの書店でもそうだと思うが、常連客は総じてキャラが濃い。超常現象を扱った雑誌を必ず発売日に買いにくる僧侶。エッチな写真集を毎日一冊ずつ買い(すごい資金力だ)、「経費だ」と言いたげにレシートの裏に書名をメモする男性(そのわりに正式な領収書は求めない)。夕方になるとほろ酔いで来店し、海外ミステリを買っていく商店街の酒屋のご主人。出版社系と新聞社系の週刊誌全誌および女性週刊誌全誌を毎号取り置きし、週に一度、まとめて購入するおばあさん。彼女はあの量を毎週、すべて読みきっていたのだろうか。「寿命との戦い」になるのではと、おおいに気が揉めたものだ。

    ほかにも、なにも買わないのに店に立ち寄り、長時間おしゃべりしていく常連さんがたくさんいた。そういうひとは、なぜか中高年男性ばかりで、「家庭内で邪険に扱われてるんだろうな」という悲哀が感じられるのであった。でも、気のいいひとたちなので、私も愉快な気持ちで話し相手を務めたり、「いま忙しいから、また明日!」とたまに邪険に扱ったりしていたのだった。すまん、おっちゃんたち。

    そうこうするうち、店長が配達から戻ってくる。店長は中年男性だったにもかかわらず、町内の高齢男女のあいだでアイドル扱いされており、ミカンやら靴下やらをしょっちゅう貢がれていた。すごく優しく穏やかな人柄で、老人たちの話をじっくり聞いてあげていたからだろう。貢ぎ物の缶コーヒーを私もわけてもらい、シャッターを下ろした店内で店長と飲んだ。私は店長に、本屋さんの仕事のあれこれを教えてもらった。お客さんにどう接すればいいか。発注や返品のコツ。新刊の情報を毎日チェックし、雑誌の発売日も頭に叩きこんで、いつなにをお客さんに聞かれても答えられるように備えておくこと。

    あの本屋さんは、本や雑誌だけを売っていたのではない。地元の人々が集い、暇をつぶしたり情報交換したりする、憩いの場でもあったのだ。店番をしていて、来訪者に道を聞かれることもよくあった。交番以上に、親しみやすく地域に根を張っている雰囲気を醸しだしていた店だからだと思う。

    いまはもう、私が働いていた本屋さんは店じまいしている。だが、しばしば思い出す。薄いブルーグレイのオリジナルブックカバーの質感を、床に貼られたタイルの色と形を、紙と埃の混じった店内のにおいを、常連のお客さんたちの笑顔を。

     

     著者の新刊 

    あの家に暮らす四人の女
    著者:三浦しをん
    発売日:2015年07月
    発行所:中央公論新社
    価格:1,620円(税込)
    ISBNコード:9784120047398

    謎の老人の活躍としくじり。ストーカー男の闖入。いつしか重なりあう、生者と死者の声…。古びた洋館に住む女4人の日常は、今日も豊かでかしましい。ざんねんな女たちの、現代版『細雪』。


    (「日販通信」2015年9月号「書店との出合い」より転載)

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