• 『伊藤くん A to E』はボツ原稿から生まれた!柚木麻子インタビュー【後編】

    2018年01月12日
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    日販 ほんのひきだし編集部「新刊展望」担当 猪越
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    小説『伊藤くん A to E』が映画化され、1月12日(金)に公開される柚木麻子さん。インタビュー前編では、自身も意外だったという本作の映画化や、一癖あるキャラクターたちを演じる俳優陣の印象についてお聞きしました。

    後編では、モンスター級の「痛男」伊藤がどのようにして生まれたのか、また5人の女性キャラクターに込められた思いについてお話を伺いました。

    伊藤くんA to E
    著者:柚木麻子
    発売日:2016年12月
    発行所:幻冬舎
    価格:626円(税込)
    ISBNコード:9784344425552

    前編はこちら
    岡田将生の「痛男」ぶりに注目!映画「伊藤くん A to E」原作者・柚木麻子インタビュー【前編】

     

    小説『伊藤くん A to E』はボツ原稿から生まれた

    ――原作は2013年に書かれた連作短編集ですね。恋愛ミステリーとしてのおもしろさはもちろん、女性たちが伊藤に翻弄され傷つく中で、新たな一歩を踏み出す姿が清々しく感じられました。

    この小説は、20代の仕事についての話でもあると思っています。20代の時って、自分が何に向いているのか、いまの職場が正解なのか、そもそも自分がどんな人間なのかもわからないですよね。プライベートをうまく充実させるほどの力量もない。

    世の中では「20代はキラキラしていて何でもできる」と言われているけれど、私にとっては一番先が見えない時期だったので、その時の気持ちを忘れないうちに書いておきたいという気持ちがありました。

    ――ABCDの女性たちには、仕事をしているキャラクターもそうでないキャラクターもいますが、仕事があってもなくてもみんな、自分自身の今後に迷いを抱えています。

    それもきっかけの1つではあるのですが、実はAからCの話は、それぞれ1度ボツになった原稿なんです。それをくっつけてできたのがこの作品です。

    AとBは、バレンタインの企画か何かで短編を依頼されて書いたのですが、「あまりにも男の人に対して夢がない」ということでボツになりました。Cも別のところで日の目を見なかったものです。

    ちょっと話がそれますが、実は『ランチのアッコちゃん』もボツ原稿を復活させたものなんですよ(笑)。

    ランチのアッコちゃん
    著者:柚木麻子
    発売日:2015年02月
    発行所:双葉社
    価格:580円(税込)
    ISBNコード:9784575517569

    ――それが“伊藤”の存在を軸に、見事に1つの作品として生まれ変わったわけですね。その伊藤は実在の人物がモデルだそうですね。

    そうなんです。佐々木希さんが演じている「A:都合のいい女」の智美にもモデルがいて、それは私の友人なんですが、彼女から聞かされていたある男性のイメージを膨らませたのが、本作の伊藤くんです。

    ――原作にはAの親友が登場しますが、彼女のモデルは柚木さんなんですか?

    ほとんど私そのままです。Aと親友が、料理教室でケーキを作りながら伊藤くんの話をするシーンが出てきますが、そこにも実際よく行っていて、私も親友と同じく洋菓子メーカーに勤めていました。5年間、小説と同じように「何それ!」と文句を言いながら、Aの話を聞いていました。

    ▼Aの智美は、周囲から一目置かれる美女ながら、伊藤に粗末に扱われる「都合のいい女」。

     

    伊藤くんは自分の“痛い”部分を映し出す、鏡のような存在

    ――5年間! それは長いですね……。

    でも彼女は好きで彼と付き合っているわけだから、私が口を出すことではないですよね。それなのになんでこんなにイライラするのかと考えたら、彼がまだ何も失敗をしていないことが嫌でしかたなかったんです。私は失敗続きだったので「こいつも早く失敗して恥をかけばいい」と思っているんですが、彼は失敗しない。でもある時、「それは彼が何もしないからだ」ということに気が付きました。

    ――「何もしなければ失敗しない」というのは、本作でも重要なポイントになっていますね。

    伊藤くんと接すると、みんな自分の一番悪い面が出てしまう。私もきっと、彼女の話を聞いている間はずっとすごい顔をしていて、私のもっとも意地悪な面が出ていたと思うんです。莉桜にはその時の私が反映されています。

    伊藤くんはかなり痛いけど、伊藤くんに振り回されている彼女たちだって十分痛い。ただ彼女たちは、伊藤くんと会っていないときは、実はいい人なんです。伊藤くんはそういう意味で、反面教師というか、その人の“痛いところ”を反射してくれる鏡みたいな存在といえますね。

     

    “負の感情”をかき立てる存在を見つめてみる

    ――ほかの3人の女性キャラクター、「B:自己防衛女」「C:愛されたい女」「D:ヘビー級処女」は、どのように設定されたのですか?

    ▼志田未来さん演じる「B:修子」は、夢はありながらも無理はしない「自己防衛女」(写真左)。一見奔放なようでいて「愛されたい女」である「C:聡子」は、池田エライザさんが演じています(写真右)。

    Bは学芸員を志すも毎回採用に至らず、「仮の姿」と言い訳して学習塾でやる気なくアルバイトをしているキャラクター。私が学習塾で働いていた時に、まさに同じような感じで毎日怒られていたので、私がかなり投影されています。Cにも、私がデパ地下のケーキ屋で働いていた経験が入っています。

    実はケーキ屋には、見せるために飾っておくケーキがあるんです。一見キラキラして華やかに見えるけれど、売れないとわかっていて置いてある。私が働いていたケーキ屋では売れ残りを店員が持ち帰ることは禁止されていて、廃棄するか、その場で食べるかの二択しかなくて。がんばって食べたりもしていたのですが、誰かが買ってくれないと残ったケーキは捨てることになるので、夕方以降はずっとハラハラしていました。

    ――Aの智美も、お店に飾ってあるディスプレイ用の商品に自分を重ね合わせていますね。

    売れることを前提にしていない、お店の彩りのための商品。社会人になってそういうケーキや鞄を見ると、切ない、割り切れない気持ちになりました。そうした思いも入っていますね。

    「D:ヘビー級処女」の話では、私が常々女友だちに思っていることを、莉桜の後輩脚本家であるクズケンに言わせています。

    ――クズケンこと久住健太郎は、莉桜と伊藤の大学の後輩であり、新進気鋭の脚本家です。Dの実希ともサークル仲間であり、伊藤のことしか見ていない彼女にずっと片思いをしています。

    女の人は、振られたり仕事がうまくいかなかったりすると、自分に非があると思いがちです。でも必ずしもそうではなくて、相手が悪かったり、その職場が悪かったりすることもある。私は女友だちの悩みを聞くたびに、「それは本当にあなたが悪いのかな」と言うことが多いんです。それはいろんなことに悩んでいる人たちに、いつも私が伝えたいなと思っていることでもあります。

    ――とことん落ち込んでしまうと、冷静な判断ができなくなってしまうことはありますよね。

    そういう暗中模索のときには、伊藤くんみたいな人を引き当ててしまうことがあるのではないでしょうか。この小説は、それにくじけないで、彼を反面教師にして、トンネルを抜けていく女性たちの話になっていると思います。

    ▼夏帆さん演じる「D:実希」は、3年片思いした伊藤を親友の聡子に寝取られてしまう「ヘビー級処女」。伊藤の身勝手さとクズケンの思いに直面することで、自分の未熟さに気づきます。

    ――最後に、『伊藤くんA to E』の小説をこれから読む人や、映画を観る人にメッセージをいただけますか?

    この作品は、気持ちのいい話ではないかもしれません。ですが、誰でも同じように周りにイライラしたり、不愉快な思いをすることはたくさんあると思います。その時に、「なんでこんなにイライラするのかな」と自分に矢印を向けてみると、意外と悩みから脱するきっかけをつかめたり、つらい仕事が楽しくなったりすることもあるのではないでしょうか。

    そう考えると、自分の“負の感情”をかき立てる存在をじっと見つめるのも悪いことではないのでは。そんな女性たちの様子を描いたこの小説や映画に触れて、つらい時期を乗り越えていただければうれしいですね。

    映画「伊藤くん A to E」
    2018年1月12日(金)より全国公開
    配給:ショウゲート
    http://www.ito-kun.jp/

    柚木麻子
    1981年生まれ、東京都出身。2008年「フォーゲットミー、ノットブルー」でオール讀物新人賞を受賞し、2010年に同作を含む『終点のあの子』でデビュー。2015年『ナイルパーチの女子会』で山本周五郎賞を受賞。その他の作品に『ランチのアッコちゃん』『その手をにぎりたい』『本屋さんのダイアナ』『奥様はクレイジーフルーツ』『BUTTER』『さらさら流る』などがある。

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    ©「伊藤くん A to E」製作委員会common_banner_tenbo




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