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高校野球に関わる人たちのリアル『敗者たちの季節』著者・あさのあつこさんインタビュー

2015年08月11日
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日販 商品情報センター「新刊展望」編集部
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〈『敗者たちの季節』刊行時(2014年7月)のインタビューを再掲載します。〉

8月6日から始まった夏の甲子園、高校野球全国大会。球児たちの躍動するすがたは私たちの興奮と感動を誘う。しかし、熱い思いを抱いて試合に臨むのはナインだけではない。控え選手、家族、監督、ファン、それぞれに私たちの知らないドラマがある。そんな高校野球に関わる人たちの「高校野球の現実(リアル)」を描いたのが、あさのあつこさんの小説『敗者たちの季節』だ。

敗者たちの季節
著者:あさのあつこ
発売日:2014年07月
発行所:KADOKAWA
価格:1,404円(税込)
ISBNコード:9784041018378

 

あさのさんと高校野球

甲子園初出場をかけた地区予選の決勝で敗れ、海藤高校野球部の夏は終わる。しかし、優勝校・東祥学園が不祥事により出場を辞退。繰り上がりで甲子園への切符を手にした海藤高校の選手たちは、周囲の激励と期待のなか練習に励む。野球に対する情熱、チームメイトとの友情、家族との関係。一方、見守る大人たちもそれぞれに特別な思いを抱いていた――。選手たちはもちろん、彼らを見守る人たちのドラマを集めて高校野球の世界を描くのは、高校野球に深く関わってきたあさのさんならではの視野の広さといえるだろう。

「私の年代では、テレビで放映されるスポーツというと、相撲とプロレスと野球くらいしかありませんでした。でも女の子なので相撲やプロレスにはそれほど興味が湧かなくて……。やはり野球を見る機会が多く、自然と興味を持ちました。また、私は岡山県の北東部の出身で、甲子園が近かったので、高校野球は昔から好きでした。初めのころは単純に、野球をしている人たちはかっこいいな、という思いで見ていましたが、もう少し野球がわかるようになると、6対0で勝っていたものが一挙にひっくり返されてしまうような、野球の面白さに惹かれるようになりました。最近では大会が始まると新聞のコラムを書いたり、2014年1月には春のセンバツ大会で21世紀枠の選考委員を務めたりなど、仕事として高校野球に関わる機会が多くなりましたが、時間に余裕があるときは自分で試合を観に行くこともあります。

私自身はスポーツの経験がまったくないので、実際に競技をしている選手たちの視線とは全く違うはずですが、物を書く立場からすれば、引いたところから周辺まで含めて見ることができるのは良いことかなと思います。それに、経験がないからこそ、スポーツのできる肉体や才能に対する憧れは強いです。もし私にスポーツの能力があったら、野球の小説は書かなかったかもしれません」

この作品は、「敗者」にスポットライトを当てて描かれている。地区予選の決勝で一度敗れた海藤高校のナイン、レギュラー争いに敗れた控え選手、進学校での野球の指導に挫折を味わった監督、かつて甲子園で自らのエラーにより敗れた苦い思い出を持つ新聞記者。彼らが味わった「敗者の苦み」。負ける経験がもたらすものは何なのだろうか。

「『小説 野性時代』から、連作短編の形で高校野球を書いてみませんか、という話をいただいたとき、今回は勝者ではなく敗れていく者たちをキーワードに書いてみたいという気持ちがありました。高校野球の大会は、負けてしまえば明日はありません。地区予選から合わせると何千もの高校が敗れ去っていきます。野球はとても深いものですから『こういうものだ』なんて確固としたことは言えないけれど、それでも、勝者には見えない風景、味わえないものが確実にあるのではないかと思っています。それは人によって嘆きであったり、落胆であったり、絶望であったり、本人にしてみればものすごく辛いものではあるけれど、しばらく時間が経てば、それは人としての厚みや強さに変わっていくのではないかと」

 

高校野球を描く、ドラマを描く

あさのさんにとって高校野球を描くことは、そこに関わる人たちのドラマを描くことである。

「この作品を書いていて感じたのは、高校野球では本当にさまざまな人が関わりあっているということです。選手だけでも、グラウンドでプレイしている9人のほかに、例えばコーチャーズボックスに立っている選手や、3年間ずっとベンチを温め続けてきた控え選手、ベンチにも座れないで、アルプススタンドで応援している子もいる。さらに両親、監督という大人の存在があり、もしかしたら、今回は登場しませんでしたが、女子マネージャーのように野球に濃密に関わりながらグラウンドに出ることを許されない子もいるかもしれない。

試合の後も、勝って大喜びしてるチームの傍らで泣いている選手たちがいて、別のところではグラウンドキーパーが機材を担いで出てきて次の試合の準備をしていたり。たった一つの場面でいくつものドラマがあります。私は野球をやったことがないし、野球を深くは知りません。でも人に対する興味、人のすがたを自分の文章で書きたいという欲望はとても強いので、今回のように野球という題材に取り組むときも、野球そのものの面白さより、人がどうしても生み出してしまうドラマを書きたい意識があります。この作品では、野球の周辺にいて、その人のやり方で野球と関わっている人たちのドラマを描くことができました。

甲子園で取材をした際のことです。これから試合に臨む高校生たちが室内で練習をしているようすを私は廊下から見ていたのですが、練習場から出てきたときに、おそらくキャプテンの選手が『行くぞみんな! 甲子園だ!』と叫んで、それからグラウンドに向かって行ったシーンを偶然目にすることができました。テレビにはもちろん映らないし、誰も知らないけれど、こうして子どもたちは試合に挑んでいく、たぶんものすごい緊張や不安があるはずなのに、それを敢えて言葉で自分を鼓舞しながら出ていく、ああこの一瞬が見られてよかったという経験でした」

あさのさんの作品では、固い絆で結ばれたピッチャーとキャッチャーの関係が際立つ。海藤高校の直登と郷田、東祥学園の翔と紘一。本作以外にも『バッテリー』の巧と豪、「さいとう市立さいとう高校野球部」シリーズの勇作と一良など。直登を激励する郷田の「女房役だからな。亭主を案じるのが役目だし」というセリフからも二人の強い絆がうかがえる。

そして、実際の高校野球においても、名勝負を作り出すのは人と人の強い絆である。

「ピッチャーとキャッチャーの関係というのは本当に独特なものだと思います。野球は9人でするチームプレイですが、その中で常に一対一で向かい合っている。やはり他の野手どうしの関係とは違います。キャッチャーが乱れればピッチャーもしんどいし、ピッチャーが乱れればキャッチャーもものすごく苦労しなければならない。そのような関係をチームプレイの中に含んでいるというのが野球の面白さでもあると思いますし、さらにそこへピッチャー対バッターの勝負があり、キャッチャーが加わるとまた違う関係性ができたりして、興味は尽きません。たとえば、2006年の甲子園大会の決勝戦で、ハンカチ王子の斎藤佑樹君と田中将大君が投げ合い、結局斎藤君が勝ったのですが、その時に『あさのさん、どちらに興味がありますか』と聞かれたことがあります。私はどちらでもなく、斎藤君や田中君の球を受けるキャッチャーに興味がありました。彼らにはあまりスポットライトが当たりませんでしたが、高校野球を代表する好投手の球を受ける立場というのはどんな感じだろう、と非常に気になりました。あれほどの球を捕るためには相当な努力が要ったことでしょうし、嫉妬のような負の感情を抱いたことも何度もあるでしょう。やはり二人の間には特別なものがなければ続けていけないと思います」

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