• リベンジポルノの“加害者”の内面を描いた理由とは――『さらさら流る』柚木麻子インタビュー【後編】

    2017年09月12日
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    日販 ほんのひきだし編集部「新刊展望」担当 猪越
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    少女から大人まで、女性の心理を鮮やかに描く小説で定評のある柚木麻子さん。新刊『さらさら流る』は、リベンジポルノの被害者となってしまった女性の、苦悩と再生を描く物語です。

    「川は人生の象徴である」という担当編集者の言葉をきっかけに生まれ、モチーフとなった“暗渠”を実際に歩きながら生まれたという本作。前編ではそんなエピソードから、「リベンジポルノ」というテーマを通して描きたかったことまでお話を聞きました。

    後編では、リベンジポルノという問題の割り切れなさや、今まで描いてこなかったという“加害者”の内面にまで迫った理由について伺っていきます。

    さらさら流る
    著者:柚木麻子
    発売日:2017年08月
    発行所:双葉社
    価格:1,512円(税込)
    ISBNコード:9784575240528

    前編はこちら
    “リベンジポルノ”から“自分の身体”を取り戻す――魂の戦いと再生を描く『さらさら流る』柚木麻子インタビュー【前編】

     

    リベンジポルノの割り切れなさ

    ――『さらさら流る』は〈学生時代〉と〈現在〉が交互に描かれる構成となっています。主人公の菫と光晴が別れてから6年経った〈現在〉のパートでは、被害者の菫だけでなく、加害者となってしまった光晴の内面にも踏み込んでいて、その点が印象的でした。

    いままで私は加害者のことを「ひどい」としか思えなくて、その内面はあまり考えたくない、被害者を守りたいという気持ちが強かったんです。けれど、その一方で「別れた人の写真をいつまでも持っているのはなぜなんだろう」「それを他人に見せるというのは、どういう気持からなのだろう?」ということがずっと引っかかっていました。

    実際に起こった事件をみても、加害者は相手をものすごく憎んでいるのに憎んでいることも認めようとしない、または愛しているのにそれを認めようとしない。いつまでも写真を持っていて、相手が自分の所有物みたいに振る舞っています。それでも付き合っているときにはいいところがあって、暴力を振るわれたわけでもなかったら、被害者には割り切れなさが残りますよね。

    これまで私は、加害者には単純なヒールでいてほしいと思っていました。それでも事件に至る過程を考えていくと、彼らにも思いがあり、人生があるという当たり前のことに目を向けざるをえません。今回は、そういういままでだったら描いてこなかった部分も突き詰めて想像していったので、光晴の視点からも事件を描く形になっています。

     

    社会からの抑圧は男性にもある

    ――大らかで温かい家族や友人に守られている菫と、複雑な家庭に育ち鬱屈を抱える光晴。今作ではその育った環境の違いが、2人のキャラクターや関係性に大きく影響していますね。

    菫の家を象徴していると感じたのが、父、母、弟とともに「4人それぞれが食べたいものを作ってシェアし、作りたくない日はほかの人のものをもらう」という食事の風景です。こうしたスタイルはどのように発想されたのですか?

    そうだったら楽だなあと思ったんです。家族を作っていく上で、「役割分担が1人に集中しない家だと気楽だな」という、私の単純な希望です(笑)。

    ――光晴はそんな菫の家族に馴染み、一員のように過ごしながらも羨望と嫉妬の入り混じった特別な思いを抱いています。

    光晴が菫に魅かれた理由には、彼女のバックグラウンドも大いにあると思います。なので、“家族”はちゃんと書かないといけないなと思いました。光晴が菫の写真を持ち歩いて人に見せていたのは、もしかしたら光晴の潜在意識下に「菫の家族ごと壊してやりたい」という気持ちがあったからなのかもしれないなと感じています。

    BUTTER』を書いたときにも思ったのですが、男性からの女性に対する抑圧は、実は男性自身の抑圧にもなっているのではないでしょうか。光晴にもあるべき姿があり、現実の自分とその輝かしい自分との間にどうしようもない溝がある。それは光晴が選んだものではなくて、社会から押し付けられたものかもしれないし、自分で自分を縛り付けているのかもしれない。光晴はその溝が埋まらなくなってしまった人のイメージがありました。彼に対する“許し”を描きたいとは思わないのですが、書き終わったいま、理解はできたかなと感じています。

    BUTTER
    著者:柚木麻子
    発売日:2017年04月
    発行所:新潮社
    価格:1,728円(税込)
    ISBNコード:9784103355328

     

    人生という“暗渠”をたどるうちに現れる、宝石みたいな時間

    ――菫は家族や親友に事実を打ち明け、彼らに支えられながら自分の本来の姿を取り戻していきます。そういった「自ら声を上げて助けを求めること」の大切さも『BUTTER』と共通するテーマですね。

    それはとても必要なことだと思います。黙っているだけでは伝わらないし、周りの人が助けてくれなかったと言って、最終的に周囲を恨んでしまうこともあるかもしれません。

    一方の光晴の人生は、これからも暗渠をたどるような長い道のりが続くと思います。でも不思議なもので、そういう道のりって長くてしんどいだけの旅でもないんです。ずっと暗渠を追っていると、ふと水路や井戸が現れることがある。この作品を書くにあたって暗渠を歩いていたとき、私も光晴たちと同じで、渋谷川と玉川上水がぶつかる地点は見つけられなかったのですが、要所要所で思わぬ発見がありました。そういう宝石みたいな時間が、光晴にも今後訪れるのではないかと思っています。

    私は小説を書くときに、前作の反省が次の作品のモチベーションになることが多いんです。この『さらさら流る』もこれから反省点がいろいろ出てくると思うのですが、「光晴が今後どうなっていくのか」も、私の課題になっていく気がしています。

    ――最後に菫が至った「誰かを、世界を、自分を信頼するということを、決してあきらめない」という境地に、勇気づけられる読者も多いのではないかと思います。

    そう伝わって、つらい状況にいる方の気持ちが少しでも楽になればうれしいですね。でもどちらかというと、私自身が「そう思いたい」という気持ちのほうが強いかもしれません。

    被害に遭った方に「自分を責めないでほしい」という気持ちはとても強くあるのですが、それが押し付けになってしまったり、かえってその人を追い詰めてしまったりすることもあるでしょう。今作は特に、読者の方に何かを科すのではなくて、何かしら心に残ったり、時間を置いてでもこの作品に込めたものが届いたりしたらいいな、という思いでいます。そしてこうした問題について考えてもらうために、中高生の若い読者や男性にも手に取っていただけたらいいですね。


    柚木麻子 Asako Yuzuki
    1981年、東京都生まれ。2008年「フォーゲットミー、ノットブルー」でオール讀物新人賞を受賞し、2010年に同作を含む『終点のあの子』でデビュー。2015年『ナイルパーチの女子会』で山本周五郎賞を受賞。ほかの作品に『ランチのアッコちゃん』『伊藤くん A to E』『その手をにぎりたい』『奥様はクレイジ ーフルーツ』などがある。

    本屋さんのダイアナ
    著者:柚木麻子
    発売日:2016年07月
    発行所:新潮社
    価格:680円(税込)
    ISBNコード:9784101202426
    ランチのアッコちゃん
    著者:柚木麻子
    発売日:2015年02月
    発行所:双葉社
    価格:580円(税込)
    ISBNコード:9784575517569
    ナイルパーチの女子会
    著者:柚木麻子
    発売日:2015年03月
    発行所:文藝春秋
    価格:1,620円(税込)
    ISBNコード:9784163902296

     

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