「本屋は「普通」であればいい。」と書かれた帯を見て、感じたこと

2015年04月28日
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馬場進矢(日販 商品情報センター)
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石橋毅史氏の著作は、すべてサイン本で持っている。といっても、まだ2冊目なのだけれど。

彼は1970年生まれで、大学卒業後に出版社勤務を経て、出版業界唯一の専門紙である「新文化」(http://www.shinbunka.co.jp/)の記者となった。2005年に同紙編集長に就任、4年後に退職し、現在はフリーのジャーナリストをやっている。

単行本としての処女作は『「本屋」は死なない』(2011年、新潮社)というルポルタージュで、帯には「だれが『本』を生かすのか」とある。この帯をパっと見た限りでは、刊行後に(主に出版業界で)物議を醸した、佐野眞一の『だれが「本」を殺すのか』(2001年、プレジデント社)へのカウンター的なものをイメージさせるのだが、内容はそうでもなく、彼が思うところの「本屋」たちを丹念に取材し、彼のブレない価値観で「本屋」が「本屋」である理由を紡いでいる。そういう作品である。

「本屋」は死なない
著者:石橋毅史
発売日:2011年10月
発行所:新潮社
価格:1,836円(税込)
ISBNコード:9784103313519

初読時に「ノンフィクションではあるが、なんと私小説的な湿度を持っているのだろう」と感じたことを、よく覚えている。その2年後の2013年3月、「あきらめの悪い本屋たち」というトークディスカッションが、東京都千代田区神保町で開催された。

これは『「本屋」は死なない』の延長線上にあるイベントで、進行は石橋毅史氏、登壇者は岩波ブックセンター(東京都千代田区)の柴田信氏、北書店(新潟市中央区)の佐藤雄一氏、シマウマ書房(名古屋市千種区)の鈴木創氏の御三方。神保町の真ん中に所在する日本屈指の人文書出版社名を冠した書店の経営者と、地方所在の小書店ながら存在感のある店主、MDをしなやかに彩っていく名古屋の古書店のオーナーという面々は、色も質もまったく異なっており、トークには非常に聴きごたえがあった。しかし、その中で私は、ひどく印象的な一言を柴田氏の口から聞いたのだった。

前後を割愛すると上手く伝わらないかもしれないが、それは、「今は普通じゃありません。」というものだった。

私は柴田氏が言う「普通」という言葉の意味がよく理解できなかった。柴田氏は半世紀、本屋をやっている。その氏が「普通じゃない」と言い切っているものは何なのか。それが何にかかっているのか、それが何をさしているのか、トークの中からはぼんやりとしか推測できず、イベント終了後も消化することができなかった。

それからまた2年経ち、2015年4月、石橋毅史氏のひさびさの新刊『口笛を吹きながら本を売る 柴田信、最終授業』(晶文社)が発売された。内容は、柴田氏への3年にわたるインタビューと、そこから石橋毅史が思ったことや考えたことをまとめたものだ。

口笛を吹きながら本を売る
著者:石橋毅史
発売日:2015年04月
発行所:晶文社
価格:1,728円(税込)
ISBNコード:9784794968777

書名の由来は下記のとおり(本文p.60より引用)。

“芳林堂(東京都の書店)の頃、ある日の朝礼でみんなに、「口笛を吹きながら本を売ろう」と言ったんだよね。表向きは口笛を吹きながら売ろう。ということは、それを支える強い仕組みが裏側にある、とうことね。そういうなかで仕事をしよう、と。そのためには帳面を揃えよう、品切れ本はリストにしておこうとか、本を売る、ということをちゃんと為してゆくための仕組みをつくっていった。という意味だ。”

かつ、帯にはこうあった。

「本屋は「普通」であればいい。」

読前、ずっと頭の片隅に残っていた疑問がやっと晴れると思った。そして読後、石橋毅史の3冊目を待つしかないなと思った……。

「普通」という言葉の意味は深い。

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