• 日本からアフリカに届く月5冊の本。千早茜さんを小説家にした“大いなる勘違い”とは?

    2017年06月02日
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    日販 ほんのひきだし編集部「日販通信」担当
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    2008年に『魚神』で小説すばる新人賞を受賞しデビュー。その後、泉鏡花文学賞や島清恋愛文学賞を受賞し、直木賞にもすでに2度ノミネートされているなど、その実力が高く評価されている女流作家・千早茜さん。

    今回はそんな千早茜さんから、書店にまつわるエッセイをお寄せいただきました。千早茜さんが小説家を志したのは、アフリカで過ごした小学生時代に「大いなる勘違い」をしたことがきっかけだったそうです。千早 茜
    ちはや・あかね。1979年、北海道江別市生まれ。幼少期をアフリカ・ザンビアで過ごす。立命館大学文学部卒業。2008年「魚」(改題後「魚神(いおがみ)」)で第21回小説すばる新人賞を受賞しデビュー。2009年『魚神』で第37回泉鏡花文学賞、2013年『あとかた』で第20回島清恋愛文学賞を受賞。著書に『おとぎのかけら 新釈西洋童話集』『からまる』『あやかし草子』『森の家』『桜の首飾り』『眠りの庭』『男ともだち』『西洋菓子店プティ・フール』『夜に啼く鳥は』ほか。

     

    大いなる勘違い  千早 茜

    小学生の頃、私にとって本は貴重品だった。

    海外の、それもアフリカ大陸の赤道下辺りの国に住んでいたからだ。貧しい国だった。識字率も低く、植民地だった歴史から公用語は英語だったが、まともに話せる人は少なかった。なにより、現地の人々は教育よりも食べることを優先していた。

    そんな環境だったので、書店なるものを見ることもなく私は育った。通っていたのはアメリカンスクールだったので、学校にある本はすべて英語やフランス語で書かれていた。

    本が好きだった。そして、日本語に飢えていた。すらすら読める言葉で書かれた物語を読みたいと切望した。母の計らいで日本から毎月五冊の本が送られてきてはいたが、届くと貪るように読んでしまった。読み終えた本を何度も読み返しながら次の月をじりじりと待ち、届くとまた一気に読んでしまう。ゆっくり読めば楽しみを持続させられるのに、まるでできなかった。活字餓鬼道に堕ちていた気がする。

    日本からの本を待ちながら考えた。どうして毎月五冊しか送ってくれないのだろう。漫画ならまだしも、読書は推奨される行為のはずだ。もっとくれてもいいのに。

    結果、幼い私がだした結論は「日本には本が少ないに違いない」だった。おそらく当時読んでいた漫画『はだしのゲン』の影響で、戦時中のように配給制だとでも思ったのだろう。ただし配給されるのは生活必需品ではなく本。

    勝手に「そうか……少ないのか……」と納得して、大切にしなくてはいけないと思った。

    そんなに少ないのなら増やさなくては。そうだ、大人になったら小説家になって物語を書こう。

    飛躍して、そんな誓いまでたてた。勘違いも甚だしい上に身の程知らずだった。

    思い込みが激しい子だったので、海外にいる間中その勘違いは修正されることはなく、私はせっせと文章を書いた。

    そして、帰国。まず学校の図書館で度肝を抜かれることとなる。学校帰りに市の古い図書館に行き、夕焼けの色に染まった無数の書架を眺めては涙したりしていた。いま思えば恥ずかしい話だが、いくらでも読んでいいということが恩寵のように感じられたのだ。

    親にもらった図書券を持って大型書店に行き、私の勘違いは粉々になった。書店には莫大な量の新刊が並んでいた。蛍光灯の光と真新しい紙の匂いで頭が真っ白になった。図書館と違い、別の日に行くと、棚を埋める本は新しくなっている。この世には海の水のように読み物があふれているのだと知った。

    その衝撃は大きく、私はしばらく書くことを忘れた。本だけはいくらでも買ってくれる親だったので、私は手あたり次第に本を読んだ。もう飢えは感じなかったけれど、水や空気のようにするすると吸収し続けた。

    高校生になった頃に、読み切れない、と思った。それからは好きな本や興味がある本を選んで読むようになり、また文章を書きはじめた。

    書店は私の勘違いを粉々にした場所だった。けれど、書く理由は奪わなかった。どんなに本があっても同じ本はひとつもないから、私は私の物語を書けばいいと感じた。

    現代の日本では、本は希少品ではない。でも、誰にもかけがえのない一冊はあると思う。そんな本を作れたらと思いながら私はせっせと文章を書いている。

    今でも、書店は衝撃の場所だ。新刊がでるたび、新しい本屋ができるたび、緊張しながら足を運ぶ。私の本はちゃんと棚にあるのだろうか。膨大な本の海で溺れてしまってはいないだろうか。どうかしっかり泳いで読者の手に届いて欲しい。小説家にとっては試される場所なのだ。

    でも、同時に刺激もくれる。喜んだり、悔しがったり、反省したりしながら、次の本のことを考える。驚くような新刊と出会うこともある。

    新しい物語が供給されなくなる辛さを私は知っている。だから、書店に行くと、いつも「豊かだなあ」とほっとする。この豊かさが当たり前ではないことを、多くの人に知って欲しいと思う。


     

    【著者の新刊】

    ガーデン
    著者:千早茜
    発売日:2017年05月
    発行所:文藝春秋
    価格:1,512円(税込)
    ISBNコード:9784163906447

    植物になら、惜しみなく与えられるのに。

    花と緑を偏愛し、生身の女性と深い関係を築けない、帰国子女の編集者。
    異端者は幸せになれるのか。幸せにできるのか。
    著者会心の感動作。

    文藝春秋公式サイト『ガーデン』より)


    (「日販通信」2017年6月号「書店との出合い」より転載)

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