• 彩瀬まるさんの読書日記:作家の“ぬか床”に放り込まれる「知らない世界の本」とは

    2017年02月23日
    楽しむ
    日販 ほんのひきだし編集部 「新刊展望」担当
    Pocket

    丁寧に紡がれた物語の中に、きっと誰の心にも響く一文がある――。そんな心に灯をともしてくれる作品で、多くの本読みから高い支持を集めている新鋭・彩瀬まるさん。

    新刊『眠れない夜は体を脱いで』は、“手フェチ”が集まり手を鑑賞し合う一風変わった掲示板と、そこに集う人々がそれぞれに抱える「自分自身とうまくつきあえない」「自分がわからない」という悩みを描いた連作短編集。

    書店員や読者の間では物語にちなんで、本とともに“手”の写真を投稿する動きが広がりを見せています(Togetterまとめはこちら)。

    そんな、読み手の心を動かし、愛される作品はどのように生み出されているのか。彩瀬さんの創作の源泉となる“ぬか床”に栄養を与える読書ライフとは――。

     

    いつかおいしいぬか漬けを

    ぬか床みたいなものが頭の中にある。今までに見聞きしたもの、感じたもののなかで「よくわからないけど気になる」「いつか考えなくちゃならない」と感じたものをざっくりと放り込んでおく口の広い壺だ。知らなかったもの、それまで入れたものとは違う価値観を示すものの方が、あとあと面白い発酵をして、面白い考えを作ってくれる。なので、一つのジャンルを熱心に読むよりも、なるべく遠い、知らない世界の本を読むのが好きだ。

    打ち合わせで都内に出た帰り、よく通っている大型書店へ立ち寄る。入り口間近の壁面、新聞で紹介された本のコーナーに面陳されていた『丸刈りにされた女たち 「ドイツ兵の恋人」の戦後を辿る旅』を手に取る。たぶん今日を逃すと二度と会えない本だろうなと思い、購入。第二次大戦終結後、「ドイツ兵の恋人」として同国民から社会的なリンチを受けたヨーロッパ諸国の女性たちの証言を、日本人留学生だった藤森晶子さんがまとめた本。当時の世相を生々しく伝える女性たちの証言はもちろんのこと、土地に縁があるわけでもない異国の学生が社会的にタブー視される「丸刈り」についての証言を集めることの難しさ、その道のりのてらいのない描かれ方に惹かれて読み進めた。自分たちに屈辱を与えた他国の男に心奪われた女たちを、男たちは許せなかったんだなあ、所有物に裏切られた気分だったのかなあと思いながら読了。

    丸刈りにされた女たち
    著者:藤森晶子
    発売日:2016年08月
    発行所:岩波書店
    価格:2,052円(税込)
    ISBNコード:9784000291934

    知り合いの作家さんからSNS経由で新刊の感想をもらい、喜ぶ。

    聊斎志異みたいな話が良かったです」

    「やさい……しい?」

    「りょうさいしいと読みまする」

    さっそくネット書店で注文する。中国の清の時代に世間に口伝されていた怪異譚を、作家の蒲松齢が集めた92編の短編小説集。神仙や狐狸妖怪がわんさか出てきて、とにかく面白い。そして怪異を当たり前のように受け入れ、対応していく人間も変な人ばかり。相手が人間であれ妖怪であれ、すぐに殺すし、すぐに交わる。軽々と危ない橋を渡り、死んでもしょっちゅう化けて出る。善悪も怨恨も情愛もスケールが違う。そして、編訳の立間祥介さんの言葉がとても端正で心地よい。たくさん笑って読了。

    聊斎志異 上
    著者:蒲松齢 立間祥介
    発売日:2010年04月
    発行所:岩波書店
    価格:1,620円(税込)
    ISBNコード:9784000073219

    乳幼児が家にいるので、なかなか話題の映画を観に行けない。原作の漫画を読むべきか、それとも先に映画を見るべきか、うろうろとその界隈の作品を見ているうちに、林京子さんの『祭りの場 ギアマンビードロ』に巡り会う。林さんの被爆体験を記した「祭りの場」を食い入るように読み、「ギアマンビードロ」の冴え冴えと美しい短編小説たちを呆然と読む。端的で視野の広くとられた文章を追ううちに、人はこんなにむごい、五感のすべてをすり潰されるような体験をしてなお、感じることと考えることを止めないのだ、と思う。「ギアマンビードロ」に収録された小説には、被爆した後に生きていくこと、その人生の複雑さが描かれている。少女たちがいて、女たちがいて、母親たちがいた。個別の苦しみを抱き、お互いにそれを感じながら、黙って静かに立っていた。

    祭りの場/ギヤマンビードロ
    著者:林京子
    発売日:1988年08月
    発行所:講談社
    価格:1,296円(税込)
    ISBNコード:9784061960237

    あんまり単行本を置いていない近所の書店に、気になる本が入っている。池澤夏樹さんが個人編集し、古川日出男さんが翻訳した『平家物語』。帯絵はなんと松本大洋さん。枕レベル、人を殴り殺せるレベルの分厚さで、ページは900枚を越えている。すんごく欲しい。一気読みしたい。でもこれを買ったらひと月は仕事が手につかない。悶えたまま、もう2ヶ月経っている。たぶんそのうち買っちゃうだろうなあ。

    日本文学全集 09
    著者:池澤夏樹
    発売日:2016年12月
    発行所:河出書房新社
    価格:3,780円(税込)
    ISBNコード:9784309728797

    彩瀬まる Maru Ayase
    1986年千葉県千葉市生まれ。上智大学文学部卒業後、会社勤務を経て、2010年「花に眩む」で「女による女のためのR-18文学賞」読者賞を受賞しデビュー。2012年東日本大震災の被災記『暗い夜、星を数えて―3・11被災鉄道からの脱出』で注目を集める。その他の著書に『朝が来るまでそばにいる』『やがて海へと届く』『骨を彩る』など。今注目の新鋭。


    【彩瀬まるさんの最新刊】

    眠れない夜は体を脱いで
    著者:彩瀬まる
    発売日:2017年02月
    発行所:徳間書店
    価格:1,728円(税込)
    ISBNコード:9784198643454

    手が好きなので、あなたの手を見せてください!――不思議なノリで盛り上がる、深夜の掲示板。そこに集う人々は、日々積み重なっていく小さな違和感に、窮屈さを覚えていた。ほんとの俺ってなんだ――「小鳥の爪先」女という性になじめない――「あざが薄れるころ」不安や醜さが免除されている子はずるい――「マリアを愛する」社会の約束事を無視するなんて――「鮮やかな熱病」俺はいつも取り繕ってばかりだな――「真夜中のストーリー」連作短篇集。

    徳間書店『眠れない夜は体を脱いで』より


    common_banner_tenbo

    タグ
    Pocket

  • GoogleAd:SP記事下




  • GoogleAd:007



  • 関連記事

    ページの先頭に戻る