• 田中慎弥さんインタビュー:『共喰い』から『美しい国への旅』へ 変わらずに描く「生きる」ということ

    2017年01月31日
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    日販 ほんのひきだし編集部「新刊展望」担当 猪越
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    田中慎弥さんの最新刊『美しい国への旅』は、戦争にさえ置き去りにされ、世界のほんどが濁った空気に覆われたディストピアが舞台。すぐ傍で夜盗に母親を殺された少年は、濁りの源である大きな基地を目指し旅に出る。そこにいるのは、かつて首相候補といわれた司令官――。その旅の過程で、彼は何を見て、どこに行き着くのか。

    タイトルにある「美しい国へ」の言葉が示す通り(※文春新書『美しい国へ』)、話題となった『宰相A』に続き、現首相を想わせる人物も登場する本作。田中さんに、本書に込めた思いについてお話を聞きました。

    美しい国への旅
    著者:田中慎弥
    発売日:2017年01月
    発行所:集英社
    価格:1,512円(税込)
    ISBNコード:9784087710229

    「濁り」に汚染されたディストピアを舞台に、14歳の少年が、母の仇討ちと女兵士の使命を胸に、司令官のいる基地を目指し旅を続ける。『共喰い』から5年、ついに新たな衝撃作!

    集英社BOOKNAVI『美しい国への旅』より)

     

    リアルとは別の世界を描く

    ──『美しい国への旅』はいわゆるディストピアが舞台の小説ですね。本作のアイデアは、どのようにして生まれたのですか?

    ここ数作はリアルでない世界を書いていて、今回もそういう(世界を描く)小説にしようという思いがありました。

    この作品の舞台は、戦争の最中ではあるのですが、その戦争からも置き去りにされている場所です。そのような中で、主人公の少年は母親が殺されたことをきっかけに旅に出ます。拠り所を失った少年はどこへ向かい、何をやるのか。でもそれは最初から考えていたわけではなくて、リアルとは別な世界を描こうと思ったのが最初です。

    ――描かれるのは、大気汚染や放射性物質の象徴である「濁り」に覆われた世界です。街々は廃墟と化し、安全な食料や水もなく、屋外ではマスクなしに呼吸することもできません。そして、作中では「あの兵器」と書かれていますが、核はもはや「時代遅れ」の兵器となっています。

    核の問題も日本では切実なテーマですが、(作中の)人々は戦争や紛争も含め、人間が作り出したにもかかわらず、人間の力ではどうにも制御できなくなったものの中に置き去りにされています。

    呼吸しなければ生きていけない人間を、「濁り」という名の大気が侵してしまう。そういったどうしようもない状況の中で、少年はどうなっていくのか。ただそれも書きながら出てきたことなので、最初からそういうテーマ設定をしていたわけではないです。

    ――少年は、自分の仇を討つように言い残して死んだ母親に、導かれるようにして街を出ます。その後、ハセガワという女性兵士に出会いますが、彼女はどこか母性を感じさせる人物ですね。

    ハセガワのイメージがどこからきたのか、自分でもよくわかりません。少年が旅に出るきっかけとして母親が殺される場面を書いたのだから、それにしたがっていくとどうなるか。

    書き手の欲求として、母親そのものではない、年上の女性が必要だという感覚があったのかもしれません。とってつけたようでもありますがそれでもいいと思いました。

    ――少年は、ある目的を持ったハセガワとともに、濁りの中心にある「基地」へと向かいます。基地には母の仇である連隊長と、「あの兵器」に執着して実験を続けているとされる「司令官」がいます。連隊長は敵でありながら、ハセガワとはまた違った“現実”を少年に見せる、父子を連想させるような部分もありました。

    ハセガワと連隊長に「親」を投影させたわけではないですが、10代の少年が荒涼とした世の中に1人で放りだされたら、まともな人物には出会わないだろうという感覚はありました。ハセガワはどちらかというと少年を導いてくれる人物ですが、連隊長はあくまでも親の仇で、手強い、乗り越えなければならない存在。連隊長が父でないにしても、どこかで父殺しのようなイメージが自分の中にあったのかもしれないですね。

    少年が、最初から是が非でも母の仇を討とうと思っているかというと、そうでもない。たぶんほかにやることがないんですね、彼は。めちゃくちゃな世の中で、友人もいないし、学校教育も受けていない。自分がこれからどこに向かっていけばいいかもわからないし、希望も、絶望もない。

    親が殺されたという大きな出来事があるわけですから、私自身はそれをそのまま終わらせるとは考えていませんでしたが、主人公は私ほど仇を討とうとは思っていない。それをなんとかこちらに引きずりこむために、ハセガワという人物を設定したのかもしれません。それは書き手の私の感覚と、この小説の距離ですね。作品と作者はある程度距離があるものだと思うので、そのズレみたいなものの中で書いていった感じです。

    ――「作品と作者のズレ」について、詳しく教えていただけますか?

    日記を書くのだって、いくら本人が自分の気持ちを書こうと思っても、書いた時点でそれは文字になります。つまりそこにはウソがあるということです。ズレ、すなわちウソです。肉体と違うものが紙にアウトプットされて、言葉になり、文章になるわけですから、距離は必然的にできてくるものだと思います。フィクションの場合は、もっと距離の取り方に気を付ける必要があると思いますね。

     

    首相を作品に登場させるわけ

    ――タイトルに含まれる「美しい国へ」という言葉は、現首相を暗示していると考えてよろしいでしょうか。

    抽象的といえばそうですけれど、この言葉を使っていますからね。『宰相A』でも首相をモデルにしていますが、今回は生身の人間かどうかもわからない形で、司令官として登場させています。

    少年には父親がいない設定ですが、さきほどもお話したように、連隊長および司令官に無意識のうちに父親や父権といったものを投影させているとすれば、絶対的であるはずの父親がわけのわからない状態であることになります。

    いまの内閣では女性閣僚も含め、父性は素晴らしいという考えのもとに政治が進んでいると感じられるのですが、それは無理があると私は思います。それを政治小説として書くこともできますが、戦争も男性的なものの象徴のひとつとして、司令官はその戦争を遂行していく力さえ残っていない、得体のしれない存在として描いています。それがいまの政治とどこまで重なるのかはわかりませんが。

    宰相A
    著者:田中慎弥
    発売日:2015年02月
    発行所:新潮社
    価格:1,728円(税込)
    ISBNコード:9784103041344

    小説の書けない作家Tが母の墓参りに向かっている途中で迷い込んだのは、国民は制服を着用し、平和的民主主義的戦争を行い、戦争こそ平和の基盤だと宰相Aが煽る「もう一つの日本」だった。作家Tは反体制運動のリーダーと崇められ、日本軍との闘いに巻き込まれるが……。獰猛な想像力が現実を食い破る怪物的野心作!

    新潮社公式サイト『宰相A』より)

    ――政治もこの小説のテーマのひとつということでしょうか。

    政治的に何かを訴えるとか、一定の主義主張に則って書いているわけではありません。ただ、現代の政治状況を「変だな」とは思います。それに対して何かアクションを起こすには、いろいろなやり方があるでしょう。ネットで発信する、デモをやる、あるいは作家であっても、ノンフィクションという形で世の中に対して発言する。

    私は本業が小説家ですので、「小説を書くことでそれをやったらどうなるだろう」といつも思っていました。なぜかというと、案外みんな、そこのところはやっていない。作家は誰もそういうことに関してひねくれた考えを持っていて、いろんな見方をしているはずなんです。小説は間口が広いですから、政治的なものも取り込めます。

    それをやったらどうなるだろうという、自分なりの興味ですね。政治的なメッセージではなく、あくまでも小説を書いたというだけです。

    ――郷里の下関から転居されて、本作は東京で書かれた作品になりますね。『宰相A』の前には下関と政治家が登場する『燃える家』を書かれていますが、首相と同郷であることも、作品に繰り返し登場させることと関係があるのでしょうか。

    今の首相や与党を論理的に否定するようなことは考えていないですし、政治家に恨みがあるわけでもありません。ただ自分の生来の感覚として、立派なものや正しいものに対する反発はあって、作家は多かれ少なかれそういうものを持っているのではないでしょうか。私の場合はそれに「山口」という保守政治の風土がある。それも明治維新前は保守ではないわけで、絶対的なもの、称賛されるものへの反発というようなことでしょうか。

    世の中ままならないことが多いですし、東京に出てきて生きていくことはより大変だなと感じています。こんなに大変な思いをしている「自分」という存在は一体何なのか。どこかで自分を否定できないから、自分を存在させた絶対的・父親的なものや、政治的な風土を否定しておかないと、自分自身を孤立させてしまう。「敵がいないと自分がはっきりしない」という感覚はどこかにあると思います。

    燃える家
    著者:田中慎弥
    発売日:2013年10月
    発行所:講談社
    価格:2,484円(税込)
    ISBNコード:9784062186018

    俺たちは生まれつき、捨てられている――。本州西端、800年前に安徳天皇が没した海辺の街で暮らす高校生・滝本徹は、出生の秘密を抱えていた。ニューヨークをテロが襲った年のクリスマス、徹の親友・相沢良男は世界の無意味を唱え、クリスチャンの国語教師、山根忍へのレイプ計画を進める。一方、地元選出の政治家である徹の実父・倉田正司が権力の中枢へ向かうと共に、対抗勢力の陰謀がうごめき始める……。この世を動かす絶対的な力とは、暴力か、権力か、性の力か? 人間の悪に対して神は何をなすのか? 現代日本のテーマを根源から問う傑作長篇小説。

    講談社BOOK倶楽部『燃える家』より)

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