「一枚のPOPが変えた人生」作家・原宏一さんの敗者復活エピソード

2017年01月13日
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日販 ほんのひきだし編集部「日販通信」担当
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原宏一さんの笑って泣ける人情グルメ小説「ヤッさん」シリーズをご存知ですか? 伊原剛志さん主演でドラマ化もされました(ドラマタイトルは「ヤッさん〜築地発!おいしい事件簿〜」)。

ヤッさん
著者:原宏一
発売日:2012年10月
発行所:双葉社
価格:720円(税込)
ISBNコード:9784575515282

今回は原宏一さんから書店にまつわるエッセイをお寄せいただきました。原さんの人生を大きく変えた「書店員さんの底力」のお話です。

原 宏一
はら・こういち。1954年長野県生まれ。茨城県育ち。早稲田大学卒業後、コピーライターを経て、1997年『かつどん協議会』で作家デビュー。『床下仙人』(祥伝社文庫)が書店員の熱烈な支持で2007年ベストセラーに。同書は同年の啓文堂書店おすすめ文庫大賞にも選ばれた。「ヤッさん」シリーズ、「佳代のキッチン」シリーズ、『ファイヤーボール』『握る男』『ヴルスト!ヴルスト!ヴルスト!』ほか著書多数。

 

一枚のPOPが変えた人生  文・原 宏一

「変な電話がかかってきたんだけど」
会社から帰宅すると妻が不審顔でいる。
「変な電話?」
「あなたの『床下仙人』の文庫を重版するって言ってきたの」
「まさか。あれって発売から七年経ってんだぞ」
「やっぱおかしいわよね。重版するから金を払えとか、その手の詐欺だったりして」
「うーん」
ぼくは腕を組んだ。

これ、嘘のようだが、いまから十年前の実話だ。当時のぼくは、作家業に見切りをつけて会社員として働いていた。一九九七年のデビュー以来、単行本と文庫を含めて十冊ほど出したものの、どれもが初版どまり。そんな作家に仕事の依頼があるはずもなく、もうダメだ、とばかりに小説用の資料をすべて売り払って再就職。会社員として人生を全うしようと覚悟を決めていただけに、いまさら重版の話など持ちだされても、にわかには信じられなかった。

ところが翌日、ご無沙汰していた出版社に恐る恐る電話したところ、あっさり告げられた。
「はい、重版させてください。ここにきて急に売れはじめたものですから」

もちろん、金を払えとは言われなかった。

聞けば、有隣堂のある女性書店員さんのおかげだという。あるとき、たまたま『床下仙人』を読んだ彼女が、これ、面白い、と手書きPOPを売り場の片隅に立ててくれた。

この一枚のPOPが引き金になって、突如として売れはじめ、売れ残っていた初版の在庫がみるみる捌けた。そればかりか、もっと売りたいと出版社に再発注したところ重版未定という返事だったため、彼女が熱心に掛け合ってくれた末に重版決定。その後も版を重ね続けてきた。

「世の中、何が起こるかわからないもんよねえ」
妻がつくづく漏らしたものだが、恥ずかしながら、ぼくはそのとき初めて書店員さんの底力を思い知らされた。本を売ってもらっている立場でありながら、一般のお客さん目線でしか書店さんを見ていなかった自分が本当に恥ずかしかった。

それからというもの、異変に気づいた出版社から新たな連載の依頼が舞い込みはじめ、連載をまとめた新作も刊行されて重版がかかるようになった。そして、当初は会社員と作家の二足の草鞋を履いていたものの、ほどなくして腹を括って会社を辞め、ぼくは専業作家として再出発したのだった。

あれから九年。この敗者復活エピソードは、これまでも何度かエッセイに書いてきた。それでも、ぼくの人生における一大転機だったことから改めて振り返ったのだが、こうしていまも物書きの端くれとして書き続けていられるのは、書店員さんの支えがあってこそ。本の目利きともいうべき書店員さんに恥じないものを世に出さなければ、と常に心している。

今回、『料理人の光 ヤッさんⅣ』(双葉社)を上梓できたのも、それゆえだと信じている。敗者復活した直後に依頼され、これで四作目になるこのシリーズは、食の達人にして宿無し男のヤッさんが活躍する痛快物語。連続刊行される『星をつける女』(KADOKAWA)も含めた“食”をテーマにした一連の小説を書くきっかけになった作品だけに感慨深いものがある。

いずれにしても、せっかく敗者復活させてもらったのだ。その恩に報いるためにも、これ面白い! みんなに読んでほしい! と書店員さんに褒めてもらえるものを目指して書き続けることが、ぼくの使命だと考えている。それでなくては、重版詐欺ならぬ執筆詐欺に問われかねない。いやほんとに。

 

【著者の新刊】

料理人の光
著者:原宏一
発売日:2016年12月
発行所:双葉社
価格:1,620円(税込)
ISBNコード:9784575240108

何をやっても中途半端な青年・ショータ。食の達人・ヤッさんの弟子となり、再出発を誓ったショータは料理人にとって最も大切なものを探し求める…。ヤッさんは、シェフ志望の弟子を一人前にできるのか。

(日販MARCより)


(「日販通信」2017年1月号「書店との出合い」より転載)

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